貧乏子爵家の俺が"聖女様"なんてあり得ない!

寝村

遭遇、のち買取

第1話 遭遇

「あんたみたいな貧乏人と婚約してるのは、あくまでも家の"慈善活動"と土地の権利の為よ!」


縦巻きロールの髪に吊り上がった目元。

何かの記念日でもないのに豪華絢爛なドレスを見にまとった彼女は、手に持っていたティーカップごと僕に投げつけた。

数少ない僕の制服に紅茶の染みができ、さぞ高値で買われたであろうそれは音を立てて壊れる。


「なんてもったいないことを…」


力任せに怒りをぶつけられたというのに、僕から出た最初の一言はそんな言葉だった。

屈辱とか憎悪とか、そういった感情は残念ながら持ち合わせていない。

貴族といえば聞こえは良いが、実際に僕の家系は貧乏子爵家だ。

しかし、その理由は僕の父が領民に負担をかけないように税の徴収を格安にしている為である。

だから僕はどう貶されようが、国内きってのお人好しである父を誇りに思って生きてきたのだ。


「聞いてるの!?レオナルド様!」


先程ついた紅茶の染みを擦らないように、手持ちのハンカチでトントンと染み抜きしていると…彼女ーーマリア・フォーセットは激昂した。


「あぁ…申し訳ありません、マリア様」


やっと彼女の方に視線を向けて、僕が深々と謝罪した事に少しは気が紛れたのだろう。

ふんっと鼻を鳴らした後、掃除をしておくように告げて彼女はその場を離れていった。

まるで召使いの様な扱いだが、こんな僕の婚約者となってくれた彼女に対して抵抗する気はない。


フォーセット家から僕の家に婚約の話を持ち出してきたのは、かれこれ3年程前になる。

その時僕はまだ13歳だったが、結婚適齢期を控えていた為両親は僕の結婚相手をこっそりと探していたらしい。

しかし、側からみれば貧乏である僕の家柄ではなかなか相手が見つからず。

いよいよ焦りだした両親の元に、フォーセット家からの申し出が来た喜び様と言ったら。


「あの時食べたお母様特製ミートパイ、美味しかったなぁ」


フフっと思わず笑っていると、足元に僕のものではない影が伸びて思わず視線を向ける。


「君は貴族としての立ち振る舞いを、もう少し考えた方がいいんじゃないか」


側に従者を2人も引き連れてそこに立っていたのは、青い髪が綺麗な身なりの整った男だった。

腕を組み見下ろすその姿は威圧的なのに、どこか陰のある表情が垣間見えてマジマジと見つめてしまう。


「貴様、この御方を誰だと心得ている?我がスペディナ帝国第二王子のアルト・スターリッジ様だぞ!」


従者の1人が腰の剣を引き抜こうとした音で漸く状況に気づき、ハッと息を呑んだ。

冷や汗がじっとりと背中を濡らす。

第二王子のアルト様と言えば、この国で知らない者は居ない。

冷酷無比で、誰も笑顔を見たことがないと言われる姿は"凍てつく仮面"という通り名さえつくほどだ。


「制服の替えすら満足に用意出来ないのに、よくこの学園に入学できたものだな」


敬礼の一つもできぬ僕に痺れを切らしたのか、アルト様は溜息を吐きながらぐるりと踵を返した。


「貧乏貴族は貧乏らしく、領地の農民と仲良く畑作業でもしていろ」


ハンッと鼻で笑われ、僕はそこで今日初めて腹を立てた。

貧乏貴族と笑われたこと?

高圧的に馬鹿にされたこと?

そんなのどうだっていい。


「農民を馬鹿にするな!貴方がどんなに豪華な食事をしていたとしても、その裏側には沢山の農家や畜産家達の絶え間ない努力があるんだぞ!」


背を向けたアルト様にそう叫ぶと、アルト様はピクリと肩を揺らして立ち止まった。

それからゆっくりとこちらを振り返る。

ーーまずいと思った時には、もう手遅れだった。

視界の端に捉えた従者達は、今にも無法者である僕を斬らんと剣のグリップ部分に手を添えていて。

次に来るであろう衝撃に備える為に、僕はぐっと目をつぶった。


「今まで生きてきた中で私に楯突いたのは、君が初めてだな」


緊張漂う空間に不似合いな、くつくつという笑い声。

ゆっくりと目を開けたものの、力を入れ過ぎた視界はぼやけていて声の主を確認できない。

眉をしかめながら目を凝らすと、段々とその姿を視認できてきたが、そこには信じられない光景が広がっていた。

その笑い声は紛れもなく、アルト様から発せられているものであった。

僕だけでなく従者を含めて唖然としていると、その視線に気づいたのかアルト様は一つ咳払いをした後に佇まいを正す。


「気に入った。名前を教えてもらっても?」

「レオナルド…レオナルド・ルーカスです」

「そうか、レオナルドか…」


まるで記憶に刷り込ませるように、アルト様は何度か僕の名前を呟く。


「レオナルド、これから屋敷に来い」

「え!?」


思いがけない発言に素っ頓狂な声を上げてしまった。

王族の屋敷になんて、とてもじゃないけど行けない。マナーだって知らないし、さっきみたいに無礼者として処刑されそうになったらと思うとゾッとした。

しかしここで断ってしまっても、待ち受けるのは同じ結果だろう。

僕は震える両手で自分の頬を叩き、大きく深呼吸してから二つ返事で了承した。

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