ヒーローの名を綴りたい

いすみ 静江

ヒーローへ綴るダイアリー

(私だけのヒーローがいる)


 ここは、エドワーズ国。

 教育が進み、天敵とどう戦うべきかを考える国だ。

 エルネ・ロンは、鼻筋、腹側、ぽんぽん尻尾の裏が真っ白い茶うさぎで、耳先が少し黒い所が可愛い。

 片耳にシュシュを付けていた。

 今の季節は、シロツメクサであしらっている。


「ええっと、十二文字だけで終わってしまった。どう書いたらいいでしょう」


 今日は、色々とあり過ぎた。

 もう、陽が暮れてしまったので、彼女は、蜜の蝋燭を灯し、切株のテーブルに向かう。

 大きなバランの葉っぱに日記を綴っていた。

 まだ、恋人がいなくて、妄想の世界に入るのも好きだった。


(私が、ヘレン先生の授業で困っていたときに、彼は救ってくれた。この世の中で、私は、とかくネズミが苦手だ。あの大きな図体には、辟易する。ヤツをやっつけてくれたのが、彼だ)


「ああ、日記に、彼の名前を残さなくて、どうしましょう。誰が読む訳でもないのに」


(その彼の名は――)


「ちょっと、待って」


 キャロットジュースを一口飲み、ない知恵を絞る。


「名前を書くのは、止めにしましょう。もしも、留守中に、誰かに読まれたら、私は恥ずかしさで倒れてしまいます」


 それよりも、如何にやっつけてくれたかを書き記すことにした。


 ◇◇◇


(ヤツは、昼休み、校舎から野に遊びに出ようとしたとき、私の両耳を掴んで吊り上げた)


「キャー! ご無体な!」

「エルネさん! まあ、どうしましょう?」

「先生! 助けてください」


(もっと高い所はと吊り上げられた)


「ガババ。アーンするぞ」


(ああ、食べられてしまうのだろうか)


「止めてください」


(ゾクゾクした私は、耳先まで震えた。滑って落下しそうになる)


「おっと。逃さないぞ。家へ連れて帰るからな」

「そんな……。家族もいるのです。助けてください」


(シュシュのシロツメクサが解けて、落ちてしまった)


「駄目だ、メスうさぎ」

「お助けください」


(私が懇願していたとき、急にヤツが転びそうになった。どうしたのか)


「彼女を離せ! 相手なら俺がする。さあ、人質は交代だ」


(彼の登場に私は驚いた。知った顔だったからだ。その上、今日はカピバラを駆って遠乗りをしている筈だった)


「エルネ、もう一度足を蹴る。体勢が緩んだら、飛び降りろ。俺が抱き上げに行く」

「分かりました」


(私は、緊張しながらも一撃を待っていた。スカートが乱れてしまっても気に掛けないでいよう)


「ウサウサ、キックの一刺し――!」

「な……。小童うさぎめ」


(そうして、前のめりに倒れかけたヤツの力が抜ける。これはチャンスとばかりに、私は、スカートも気にせずに、下へと抜け落ちて行った)


「さあ、エルネ……」


(しっかりと抱き上げられた。素敵なヒーローに救って貰えた)


 ◇◇◇


 私は、バランの日記を文字を内側に巻いて、シロツメクサで留めた。

 家族に見つからないように、自分のお布団の見えない所へ仕舞う。


「続きは、また今度、書きましょうかね。いいこと日記になるといいな」


 そろそろ帰って来る家族の為に湯を沸かす。


「お父さん、お母さん、お帰りなさい」

「ただいま。ご飯のときに、学校の話をしてくれな」


 大好きなお父さんが頭をくしゅりとした。

 照れ臭くて、耳が垂れる。

 白湯を用意していたときだ。

 採集して来たニンジンを母と二人で巣穴の奥に持って行く。


「お利口に留守番できていたようで、助かったわよ。エルネ」

「でも……。ロン家が揃わないです」

「ああ、エルネ。もう直ぐ帰って来るんじゃないかな?」


 木戸を開けて、軽快声が飛び込んで来た。


「ただいま――!」

「遅かったけれども、大丈夫? お兄ちゃん」


 彼は、首肯した。

 何事もないらしい。

 彼の名は、レイポス・ロンで、私と同じく茶に白い平凡な見た目だが、その魂は熱い。

 今日、私の危機を救ってくれたのは、内緒の内緒の話だ。

 恋人のいない私に、夢を与えてくれる素敵な家族だけではない。


「私だけのヒーローです」


 ヒーローは、護ってくれる気持ちがあたたかくて、大好きだ。


【了】

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