わたしだけのヒーロー

野林緑里

第1話

 世界は混沌としていた。世界に勃発する魔物の襲来により多くの村や人々が犠牲になっていったのだという。


 そんななかで私たち家族は最北の村でひっそりと暮らしていた。


 暮らしは決して楽ではなかったのだが、もうじき生まれる命があることに喜びを見いだしてたのだ。魔物との戦いはさらに激しさを増しているというのだが、私たちには正直関係ないことのように思えた。夫と生まれてくる子供、三人で暮らしていければそれでよかったのだ。


 夫が私たちだけのヒーローであり続けること。それだけが私の望みでもあった。


 だけど、世のなかはそんなささやかな願いも打ち砕くのだ。


 ある日突然夫が言い出した。


「俺はいくよ」


「どこへ? どこへいくのよ! もうじき子供が生まれるのよ」


 その答えはわかっている。夫は魔王を倒すためにいくのだ。そうさせたのは、いうまでもなく夫が彼らにであってしまったからだ。後に英雄と歌われることのなる少年たちと出会い、若い頃騎士をしていた夫はすぐさま感化されてしまった。自分も出来ることはないのかと模索しはじめたのだ。

 

 おそらく夫なりに悩んだに違いない。妻子を残していっていいのかたくさん悩んだことは知っている。


「でも、いかなければいけないんだ。これは生まれてくる子供のためなんだ。この子が幸せにいきられる世の中を作るために俺がいくよ」


 彼は決意に満ちた眼差しを向けながらそう言った。


「でも......」


「大丈夫。きっと戻ってくるからな。お前の笑顔がまたみたいからな」


 そういって彼は旅立ってしまった。


 けれど、彼は戻ってはこなかった。


 魔王は封印されたという報告があった時、もうじき戻ってくるんだと思ったのに彼の姿が私に目の前に現れることはなかったのだ。その代わりに彼と共に旅だった男が彼が死んだという知らせを持ってきただけだった。


 私は泣いた。


 泣いて泣いて


 涙がかれるまで泣いた。


 なぜいってしまったのか。


 なぜいかせてしまったのか。


 後悔ばかりが募る。


 彼は称えられた。この世界を救った英雄として村中から賞させたのはいうまでもない。


 だけど、私はそんなことを望んではいない。私は彼が世界の英雄であってほしくなかった。


 ただ私たちだけのヒーローであればそれでよかったのだ。


 ずっとそばにいて一緒に笑って泣いて、私たちを愛して守ってくれるヒーローであればそれでよかった。


 それなのに、彼は逝ってしまった。


 その悲しみは言えなかった。


 一人息子が生まれ、子育てに必死になりながらもここに彼がいてくれたらいいのにと何度も思って泣いた。


 命日が来るたびに息子を寝かしつけたのちに密かに泣いていたのだ。


 それからどれくらい時が過ぎたのだろうか。


 息子はすでに七つになっていた。


 こんなに大きくなったのよ。


 あなたによくにているわ。


 何度お墓でそう話しかけたのだろうか。息子は本当に彼ににていた。元気で食いしん坊なところなんて本当にそっくりだった。それを見るたびに彼と重なって涙がでそうになる。それを息子にみせまいと必死にこらえていた。


 そんなある日だった。


「母さん。今年も泣いているのか?」


 食事の時に突然息子が言い出したのだ。


「え?」


「母さんはいつも泣いている。父さんの命日になるといつも泣いているの俺はしっているよ。どうして泣くんだ?」


「それは.......」


 私は言葉につまった。どう息子に伝えるべきなのだろうか。

  

「俺、さっき父さんのお墓にいってきたよ。心配しないでって伝えた」


「え?」


「これからは俺が母さんのことを守るって伝えてきたんだ。父さんのぶんまで母さんのことを守るんだってさ。俺は母さんだけのヒーローになるんだ」


 その言葉に私ははっとする。


 脳裏に浮かぶのは彼からプロポーズされたときのことだった。


「俺は君だけのヒーローになりたいんだ。だから、結婚してください」


 そういって、赤い花束を顔を真っ赤しながら渡してくれたのだ。


 その事を思い出すと、なぜか笑いが込み上げてくる。


「なんだよ。笑うなよ。俺は本気だぞ」


 息子はムッとする。


 そんな息子の姿を見ていた私は、息子を抱き締めながら頭をなでた。


「ありがとう。よろしく頼むわよ」


「うん」


 息子は明るくうなずいた。


 そうね。いまはこの子がいるもの。


 この子はわたしだけのヒーローになってくれている。


 だけど、この子はずっとわたしだけのヒーローでいられるわけじゃない。


 いつか愛する人をみつけて、その人だけのヒーローになってほしい。


 私はそんなことを願っていた。

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