サヴォイ・トラッフル(サボア風トリュフ)
■ 海洋博物館
バスを乱暴に着陸させるなり、セラはギガランチャーを昇降口から放り投げた。狙撃を防ぐためだ。案の定、殺意センサーが反応し、瑠璃色のビームがコンクリート建屋に吸い込まれた。高い窓の内側に吐瀉物の様な物が張り付いた。
セラは飛び出そうとしたミーチャを抑えた。まだ、安心できない。案の定、銃はパスッパスッと光の棘を生やした。
「うっ!」「あ゛~!」「ぐぇ!」「痛ぇ!」 さまざまな断末魔が聞こえてくる。
掃討完了を意味するグリーンの表示を確認してから、セラは銃を拾いに出た。
凶悪犯を待ち受ける予定だった武装車両はすべてレーザーで蜂の巣にされており、まだ弾痕が燻っている。セラは突っ伏した警官を見て気の毒に思う反面、浪賊でないという保証は何処にもないとうそぶいた。これまで関係者に化けたり、寝返った浪賊を何人も射殺してきた。事務的な死に対して感情をオンオフできてこそ一人前だ。
大時代的なエントランスホールは武骨な鋼材を組み合わせた重厚な造りで古びた工業プラントを連想させる。入場料は三カペイカ。ただ同然の値段だ。受付の女は回数券を握りしめたまま、白目を剥いていた。
固く閉じたガラスドアを銃で爆散させ、ヒールを鳴らして階段を上がる。エントランスは吹き抜けで中央に大昔のエネルギヤロケットが鎮座している。人気の海軍戦闘機実演コーナーは二階の奥にある。刑事二人はバサバサとスカートとテニススコートを脱ぎ捨てて、動きやすいアンダースコート姿になる。うっすらと透ける聖サラキアのブルマー。臙脂色に白の三本線だ。障害物競走のようにつづら折りになった導線を飛び越える。
待ち行列を飽きさせないために、長大なパネルが
「わぁ♪ わたしも着てみたい」
「ミーチャ! 鼻の下をのばしてる場合じゃないでしょ」
セラが装飾たっぷりの軍服を取り上げた。
試乗コーナーには駐機スペースが二つあり、片方が開いている。
「あった、あった。これだ」
セラがAUTHO-RUSSIAN STATIONAL NAVYと書かれた戦闘機に近寄った。ミーチャが人影を察して銃を構えた。
「何だよ」
金髪の白人肌が車輪に持たれている。スカートが半ば焼け焦げて、右足が無い。
「ミーチャ、この子をどけるの手伝って! 離陸できない」
セラが体操服とレオタードを脱ぎ捨てて、スク水姿で犠牲者を引っ張る。バシャバシャと血しぶきが跳ね上がる。
「うぇええ」
タチアナがしゃがみ込む。
「傷痍軍人の娘の癖に腰抜けだねぇ。ほら、ポンコツ男どもみたいにビビるで無いよ。オンナはねぇ! 銃を持って最前線に立たなきゃ」
セラが発破をかけて、何とか三人で障害を除去した。
「戦闘機パイロットの免許、持ってるんですか?」
ミーチャが先輩のヒップを見上げる。コクピットに向かう脚立の上にはスクール水着の前垂れと優雅な曲線が揺れている。
「多くは語らないよ。あたいの黒歴史にゃ、ベッドで座学を捏ねるオンナもいたんだ」
「
耳学問で戦闘機を飛ばす先輩を呆れつつも羨望する。彼女とその顧客はどんな夜を過ごしたのだろう。
二番機は整備中だったらしく、エンジンが完全停止している。大型の電源車とコンプレッサーを調達せねばならない。
「ミーチャ、常設の動態展示があるはずさ。三番機。オソロシアは用意周到だからねぇ」
セラの言う通り、展示パネルの奥まった場所にピカピカのミストラル戦闘機が吊り下げてあった。キラキラと計器類が点滅して、稼働状況を見せびらかしている。爆装も完璧だ。もちろん、安全装置付きの実弾だ。ただし、誤って飛行しないように頑丈な留め具でフロアに固定してある。
「どうします? 突破ります?」
ミーチャが固定具にギガ・ランチャーを向ける。
「馬鹿をお言いでないよ! 満タンのフル装備だよ。あたいを殺す気かい?」
セラが
「
ダメもとでスキンケアを発動。あっさりとロックが外れる。戦闘機はそのままクレーンで誘導路へ運ばれていく。
「「あれ?」」
二人は口々に叫んだ。冷血方程式機構は本当に「仕事」をしているのだろうか。
タチアナは階段をよろめきながら上がった。手すりを支えにする体力もなく、一段ずつ這うように進む。膝が鉛のように重い。どんよりと淀んだ心の片隅がチクチクと痛む。まるで炭酸飲料の喉ごしに似た爽快感すらある。
彼女は心の命ずるままに大型水槽をめざした。あと十段だ。それを乗り越えれば平らなフロアに出る。
縁起物のコーナーは三階の突き当りだ。ビリビリと確率変動の鼓動を感じる。彼女は波動から少しだけ元気を貰った。
スカートの裾を整え、お尻のアンダースコートから土をはらい、ふうわりと中が見えるように立ち上がる。スカートの内側を優雅に晒すのも当代女性の立ち振る舞いだ。
顔をあげると肌色の柱が並列していた。モスグリーンのタイトスカート。
「お客さン? 非常階段はあっちじゃありませン?」
厭味ったらしいソプラノ声。
「先輩さん?!」
学芸員スタイルのセラと鉢合わせて、驚くタチアナ。
「確率変動魚にエラくご執心じゃありませンこと?」
女刑事は靴先でコツコツと案内板を蹴る。《女の子のための縁結びコーナー♪ 素敵な娘と赤い糸結んじゃお☆》
真紅の魚群がひらりひらりと舞う天井。その下に無数の色紙や手芸品が捧げてある。
同じように着せ替え人形のペアが赤い糸でたくさん縛りつけてある。典型例はボーイッシュな人形と乙女チックなドール。例えば主婦役はジーンズの平ミニにボーダー柄のトップス。嫁役はガーリーでフリフリの膝丈ドレスといったいでたち。『美奈とリリアーナ。ギュッとずっと一緒だY♡』とか歯の浮くコメントが添えてある。
「だから、何?」
切羽詰まった女は開き直る。
「ラノベキャラはあんたのおとっつあん。だけじゃないわ。あんたもでしょ?」
「は? でっていう!」
確率変動エネルギーを得てタチアナが吼える。それがどうした。殺すなら早く殺せ、とオーラがにじみ出ている。
「もう、やめてあげたら?」
凛とした声がセラの頭上から降り注ぐ。全館一斉放送だ。水槽横の大スクリーンに宣教師があらわれた。
「貴女ってオンナは女の子をいじめることしか生き甲斐がないの?」
「うっさわね。あたいは参考人質疑をしているだけさ」
「それはご苦労様でした」
セラが振り向くとフロアの非常口からしずしずと魔王が進み出た。
「――ッ?! まるであたいが間違っているような言い方じゃないか」
女刑事は自信たっぷりに答えた。
「冤罪ですよ。その子は純然たる被害者遺族ですよ。まるで犯罪者扱いじゃないですか。それどころか『人間じゃない』だなんて、人権侵害も甚だしい。特別公務員暴行陵虐罪だ。直接的な決定証拠がない」
トラックは完膚無きまでに論破した。
「状況証拠は山ほど上がってんだ。確率変動の話になると妙な素振りする。それに、あたしゃエアランド・トランスポーターにガサ入れした時からどうもおかしいと思ってたんだ」
タチアナの不審な行動をあげつらうセラ。
「不審者は片っ端から嫌疑して逮捕するか射殺するの? 邪魔者は無辜の市民であろうと、まっとうな商売人であろうと力ずくで排除するの? 正義の名目で破壊と殺戮を振りまくの?」
イオナは顔を真っ赤にして激昂する。
「浪賊だって同じ事をする。利益追求のために善悪見境が無い。あたいは災厄のセラ。そういう輩を抑える公権力さ」
ギガランチャーを水槽にピタリと向け堂々と己の正義を主張する。
「じゃあ、仲良くしましょう♪」
宣教師はとつぜん態度を変えた。
「は?」
「お友達になりましょうって誘っているのよ」
満面の笑みを浮かべて手をさしのべる。
「どういうつもりだってばよ?」
拍子抜けするセラにイオナは特典を提案した。
「入信お試しキャンペーン情報として特別に教えてあげるわ。突破刑事の捜査方針は朗読教徒の信条そのものよ。ルール無用の残虐正義。無差別テロとおんなじ」
「……」
またもやセラは口ごもってしまう。自分が寄りかかるべき正義は国家権力であることに揺らぎはないが、公権力の正当性を何が担保するのだろう。
「タチアナちゃんを起訴したいならそれでいいでしょう。ただ、公平な裁判で彼女が無罪とされた場合、責任の所在は何処にあるのかしら」
確かにイオナの言い分はもっともだ。嫌疑不十分で善良な市民を逮捕した。通常ならば警察に落ち度がある。だが、虚構警察機構インターリーブは超法規的な強権を与えられている。基本的人権より公益が先立つからだ。
「公平性を担保するのは誰でしょう? ……神に他なりません。人間を超越した存在こそが人間社会を俯瞰し公平に采配できるのです」
とつとつ、とイオナが静かに託宣をのべた。人間は誤謬性の生き物である。少なくとも機械の正確性に及ばない。だから朗読教徒は人類圏の埒外に人間社会を俯瞰できる物見やぐらを建てようとしている。彼女はそう語った。
「神……か。ターニャを裁いたのはギガランチャーだ……あたいじゃない」
セラはまたもやフラッシュバックに捕らわれた。能面のような妻の顔を思い浮かべる。握りしめた銃。
「先輩!!」
ミストラル戦闘機がフロアに突入した。牽引ビームがセラとタチアナを捕縛する。
イオナが我に返り、モンスキートをけしかける。
だが、戦闘機の三十ミリ量子機関砲が唸り、展示物を倒壊させた。その隙をついて港の上空へ急上昇する。
「先輩。ババアのペースに乗せられちゃダメでしょ。もう、メッ! ですよ」
ミーチャが前部シートで華麗に機体を操って見せる。モスグリーンのスカートから同色のブルマがちらりと垣間見える。
「えへへ♡
「いつ、どこで戦闘機の操縦習ったのよ?」
「えへ♪ 変容、変容」
ブロンド娘は操縦席のコンソールに指を伸ばす。そこには色とりどりのお菓子が盛り付けてある。ホワイトチョコの一粒一粒に文字が入っており、「みさいる」とか「飛ぶ」とか「みぎ」とか「ひだり」とか記入されている。
「貴女ねぇ!」
セラは後輩の食い意地というか能天気ぶりにあきれ返った。
「ほい! アンタも食べな。要らないキーは食っちゃっていい。おやっさんのカタキを討つんだ」
セラは火器管制装置のコンソールをタチアナに差し出した。誘導ミサイルの発射ボタンにはゆるキャラ化した骸骨が描いてある。この間抜けなデザインの下には百万人規模の移民船に風穴をあけ、冷血方程式機構という守り神を
旗艦フローシァは対処できるのだろうか。
「あのね。先輩」
「うふはい。はたいも、はだ、ふぇってんのお。ころ、ハーモンロ、はたいネ」(煩いね。あたいも腹へってんのよ。このアーモンド硬いね)
タチアナは思いつめた様にじっとアーモンドチョコを見つめている。
「ろしたの? は、はにゃた、カラトーなんら。みーひゃ、ポレチれも、つふったべな、ポレチ」
セラは発射ボタン以外のチョコをつまみ上げ、ポリポリと貪り食う。
タチアナは逡巡したあげく、ボタンに手をかけた。
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