2 帰らない子供たち
さて、星町。
小学校は、あのように賑やかだが、町のほうは。
「思った以上に未開の土地だな、この地球は。煙突なんてありやがる。
まあ、想定内だが」
星町を見下ろしているこの者。
黒い裾をひらめかせ、ひとり立っている。
緑色の髪をグリースで固め、青白い肌に、紫色の薄い唇がいつも笑っているようにゆがんでいる。
大帝国レムウルが特殊任務のため抱えている怪人のひとり、カゲカドワカシである。
「任務は、子供を集めることなんだが」
カゲカドワカシの最も有利な活動ができるのはこの日没後であるが、そこまで全力を出す仕事ではないと見ていた。
「夏休み、だからねえ」
〈遊園地〉も〈プール〉も〈夏期講習〉も。
「日暮れ時の暗がりにちょっと顔を出すだけで、ザクザク集まるときた」
ほくそ笑む。
「あとはざっと見渡して……おっ?」
子供六人と。
付き添いらしき大人が三人。
「こんな時に好都合だなあ」
カゲカドワカシが立っていたのは、〈星の湯〉の煙突だった。
「今日の仕上げは、あいつらとするか」
姿がかき消え、また静かになる。
* *
「えっ、今から体育館で緊急保護者集会ですか?」
天体観測を終え、片付けが済んだあたりから、マモルのスマホは鳴り止まなかった。
「いえ。天文クラブでは特に変わったことは。
あっ、今から〈星の湯〉に行くって出て! でも、大人が三人付き添ってますから! え? 集会の準備の椅子出し? はい、」
学年主任、教頭、校長。
ひっきりなしに送られ話されたその内容は。
〈複数の生徒が出かけた先から帰らない〉
夏休みなので誘惑もある、と、警戒する時期ではあるのだが、それにしてもいなくなった生徒の数が多すぎた。
「どういうことだ、四十人も帰らないなんて」
そんな話を聞いた直後。
屋上から体育館に戻ると、誰もいない。
「……おい、ちょっと待て! ヘイタまでいない、ってどういうことだ?」
まさか。
表へ飛び出し、校舎を見ると、一ヶ所明かりがついている。
「理科室?」
頼む、そこにいてくれ。
二階の理科室まで一気に駆け上がり、
「そこにいるのか?」
ガラリ。戸を開けると。
「……え?」
四ヶ所ある理科室のシンク。
そこにそれぞれひとりずつ裸で入りこんで。
みんな、タオルを使い、ひとりは頭まで洗っている。
「こんな時に、何やってんだお前ら~!
ヒロ、トモッチ、スター☆トンゴロン、
お前まで何だ、ヘイタ!」
* *
「四十人も?」
体育館へ戻りながら、いきさつを話す。
「これから緊急保護者会でな。体育館に準備しておいてくれと教頭からな」
「俺たちの荷物あるのに? 仕切りも立てたのに?」
「ごめんな」
残念がるヒロに、マモルはそれしか返せない。
「みんなで片付けておくか」
スター☆トンゴロンがシャンプーハット姿ながら落ちついたことを言う。
「どうして? 先輩」
「ヒロ。学校で問題が起こったら、行事は中止になることがある」
「そんな。お泊まりしたかったのに」
「仕方ないんだ。ひょっとしたら町内が危険なのかもしれないし」
そこにトモッチが、
「先輩だって、小学校最後の観測会だったんだ。仕方ないことは仕方ないよ」
「僕らだって、先輩たちと過ごせる最後の観測会だったじゃないか」
黙り込む三人に、マモルもヘイタも一瞬なんとすればよいのか躊躇う。
「仕方ない!」
スター☆トンゴロンが、張り切った声を出す。
「先生、椅子出さなきゃいけないんでしょ?
俺たちも手伝うからさ、」
「おおい、先生!」
そこに教頭と各学年の主任が駆けつけた。
「すみませんねクラブ活動中に。
君たちも、少し待ってね、保護者の方がもうすぐ来るから」
「……はい……」
保護者へのメーリングリストには、〈クラブ活動は中止〉と既に書かれていたのだった。
「先生、天文クラブのほかの生徒は?」
「……あ、〈星の湯〉に行って……
すみません、俺、迎えに行ってきます! 生徒をよろしくお願いします!」
マモルが飛び出して行ったあとを、ヘイタも追っていった。
「俺たちも!」
ヒロたちも飛び出して行きそうになったところを、四年生の学年主任、泉たまき先生が、
「みんなはダメ」
「どうして?」
「危険かも知れないときは、あまり動かないほうがいいわ」
「マモル先生たちは行っちゃったよ?」
「そこは、大人だから」
「えー」
「こういう時はね、大人を信じて待ってほしいの」
保護者集会の準備はみるみるうちに進み、
「
「お母様」
スター☆トンゴロン先輩の着物姿のお母様までご到着だ。
「先輩の名前、馨っていうんだ……」
「うん……」
ヒロとトモッチの手が止まる。
「いえ、お母様!」
スター☆トンゴロン先輩がお母様を説得している。
「僕は、クラブのみんなの無事が確認できるまではここにいます!」
「お母様。どちらにしても、保護者会が終わるまではここが安全ですよ。こちらへ」
生徒たちは泉先生に誘導され、体育館の隅で待機することとなった。
「大丈夫かなあ」
集まる大人たちが、みな落ち着かない様子なので、子供たちの心にもじわじわと不安が広がってゆく。
「待つんだ」
「うん」
三人はまとめたみんなの荷物を守るように座っていた。
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