6、湧き水公園 その3
俺と翠、そして愉は吊り橋を渡って売店の前を通りかかった。
「昴、久しぶりにソフトクリーム食べる?」
色褪せた看板を眺めながら愉が楽しそうに言った。俺はああ、そうだなと呟きながら当時のことを思い返していた。遊具で遊んだ後、俺達はお互いの両親と合流し、最後にソフトクリームを食べてから帰るのが日課だった。自主的に来るようになってからはソフトクリームを食べながらベンチに座って話し込んだこともあった。
「一年前からここに来てるけど、ソフトクリームを食べるのは今日が初めてだ」
「……何で食わなかったんだ?」
俺がそう問いかけると、愉はニコリと笑いながら嬉しそうに言った。
「次に食べる時は、君と一緒に、と決めていたからだ」
「マジか……」
俺は何だか照れ臭い気持ちになり、頭を掻きながら黙り込んだ。隣で翠と愉がクスクスと笑い合っていた。俺達は買ったソフトクリームを口にしながら駐車場へ向かった。自転車で来ている愉は駐車場とは方向が違ったが、親父の車を見たい、というので一緒に向かった。
「懐かしい味だ」
「ああ、そうだな」
湧き水を使ったソフトクリームはとても瑞々しく滑らかでほんのりと甘い後味を残して口の中で溶けて行った。慣れ親しんだ味は今もずっと変わっていなかった。今は春過ぎだが、照り付ける正午の太陽が初夏のように暑い。そんな陽気に冷たいソフトクリームはとても美味しく、冷たさがとても心地よかった。
当時、ここを去る時は決まって夕暮れ時だった。黄昏色に染まる空を見上げながら食べるソフトクリームは、もうすぐこの楽しい時間が終わってしまうこと、友達と別れることと相まって何だか切ない味がしたものだった。
「ところで、昴は今、どんな仕事してるの?」
愉が思いついたように問い掛けてきた。
「俺は自動車メーカーで働いてる。工場で生産する車の数量を決めたり、使う部品とかを管理してる」
「へぇ。やっぱり車関係の仕事に就いたんだね。昴は昔から車が好きだったもんな。特にお父さんのあの黄色い車がお気に入りだったよね」
愉はそう言って嬉しそうに笑った。俺達は当時、将来どんな仕事をしたいかという話もした。俺はその時から車に携わる仕事がしたいと思っていたが、その事を愉は覚えていてくれたのだ。
「お前は? 今、何やってる?」
「僕は食品会社の営業だよ。人と話をすることが好きだからね。まぁ、クレーム対応もしなきゃいけないんだけど」
愉はそう言って苦笑いをしながら肩をすくめた。
「そうか。でも、お前に営業マンの仕事は合ってると思う」
「ははっそうかな。ありがとう」
愉は照れ臭そうに笑った。例えばの話だ。自分が食べた弁当に異物が入ってたと怒ってクレームを入れたとする。だが、担当者がこいつだったら俺は間違いなくすぐに自分の怒りを鎮め、訴えを取り下げるだろう。俺は心からそう思った。それだけ愉には営業の仕事が似合うということだ。
俺達は空白を埋めるように色々な話をした。が、あっという間に駐車場に辿り着いてしまった。ふと視線を先にやると、あの黄色い小さな車が俺達をじっと待っていた。鮮やかな黄色をしている為、遠くからでもすぐに見つけることができた。愉はその姿を見つけると嬉しそうに声を上げた。
「おおっ! 懐かしいな!」
俺は、愉に車内を見せようと車のドアを大きく開けた。
「そうそう、こんな感じだったな。この手回し式の窓とか凄く懐かしいよな」
愉は感慨深い様子で車内をぐるっと見回した。そして、カーナビに目をやると急に真剣な表情になり、それをじっと見つめた。
「これが噂のカーナビだね……」
「ああ、そうだ。電源つけてみるか?」
「いや、いいよ。君とお父さんの仲を邪魔したくないしな。それに僕の出番はたぶんここで終わりだから」
愉はそう言って笑った。まるで自分は小説の中の登場人物だというような口ぶりだ。愛嬌があって人懐こい笑顔でいつも面白いことを言って俺を笑わせてくれた。愉は昔から何も変わっていなかった。そのことが何より俺は嬉しかった。
「それじゃ、また来週」
「ああ、また来週」
俺と愉はそう言って笑った。当時と同じ別れの挨拶だった。愉は助手席に座っている翠に笑顔を向けると、軽く会釈をして言った。
「昴のこと、よろしくお願いします」
「はい! 任せてください」
翠は勝ち気な笑顔を浮かべると拳をどんっと胸に当てながら強い口調で言葉を返した。まるで幼稚園に子供を預ける母親と先生の会話じゃないか。俺は溜息を吐きながらエンジンキーを回した。愉は軽く手を振ると去って行った。俺は窓を閉めようとしたが、その後ろ姿を見て咄嗟に窓から身を乗り出し叫んだ。
「愉!」
驚いた愉が咄嗟に振り返る。
「ありがとう!」
伝えたいことは色々とあった。しかし、今の俺にはこれが精一杯の言葉だった。そんな俺の気持ちを察したのか、愉が大きく手を振って叫んだ。
「こちらこそ!」
愉のその満面の笑顔はこれまで見たどの笑顔よりも、明るくて最高の笑顔だった。
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