3、陽光峠展望台 その2
慌てた様子で自身の両肩から俺の両手を下ろす。そして、コホン、とわざとらしく咳払いをすると真剣な眼差しで俺の目をじっと見つめて言った。
「昴くん、一旦落ち着きたまえ」
「あ、ああ……」
俺は返事をするとふう、と一旦息を吐いた。
「よし、昴くん。順番に話してくれたまえ」
先ほどから何故か探偵を気取っている翠の姿にいささか困惑しながらも、俺は先ほど見た光景を詳細に語った。翠は口元に手を当てながら興味深そうに俺の話に耳を傾けていた。
「つまり、昴が見たのは幼い頃の自分とお母さんだったと」
「だから、さっきもそう言っただろ」
「まぁまぁ、今順番に整理してるんだから落ち着いて?」
翠はにこりと笑うと俺の肩をぽんと叩いた。暫くの間考え込んでいたが、再び口を開いた。
「昴はここで自分が取った行動を覚えてるの?」
「……いや、覚えてない。この風景を見たことは何となく覚えてるが……」
「じゃあ、さっき見た親子が自分とお母さんだと分かったのはなんで?」
「昔、写真で見た幼い頃の俺と若い頃の母さんと同じだったからだ。昔の写真を見てる時ってその記憶はなくても、ああ自分はこんな場所に行ったのかとか、こんなことしてたのかとか思うことあるだろ? さっきのはその感覚に似てる」
「そっか。じゃあ、昴が寂しくないようにってお母さんがここへ連れてきてくれたっていうのを知ってるのはなんで? それは覚えてるの?」
「いや、それは後で母さんから聞いた。さっき映像を見た時に突然思い出したんだ」
「……なるほどね」
うんうん、と頷きながら翠が言った。何かを納得したような表情だった。
「昴も薄々勘付いていると思うけど、これはやっぱり偶然なんかじゃないと思うよ」
「……どうしてそう思う?」
「黄色い車に乗り、カーナビの指示に従ってここに来た。そしたら昴の頭の中に昔の自分とお母さんの映像が流れ出した。そして、その二人がそこで何をしているのかを昴は突然思い出した。偶然にしては出来過ぎだし、この一連の出来事がどういう仕組みの元で成り立っているのかを裏付けるものは何もない」
翠が一体何を言おうとしているのか、俺には分からなかった。
「カーナビに専用プログラムが入っているとか昴の頭の中に特殊なチップが埋まっているとか、そういうのはあり得ないって事だよ」
的を得ない翠の言葉に苛立ちを覚え、俺は声を荒げた。
「つまり、何が言いたいんだよ⁈」
「これは、昴のお父さんからのメッセージじゃないかってことだよ」
俺は我耳を疑った。冗談を言っているのかと翠の顔をじっと見つめたが彼女は真剣な表情を浮かべ、俺を真っすぐに見つめていた。
「……お前、本気で言ってんの?」
「うん、本気だよ」
俺は絶句してしまった。確かに先ほど自身の頭の中に流れた映像が自分の過去のものであることは俺自身も納得している。しかし、それはただの偶然だろう。どこかで見た事のある風景を目の当たりにして、俺の頭が一時的に過去の記憶を引っ張り出した。そうだ。きっとそれだけのことだ。間違っても親父からのメッセージ、だなんてことはあり得ない。俺は翠にそういう自身の考えを訴えたが、彼女はまたしても頑として譲らなかった。
「昴はお父さんとのことに向き合いたくないからそうやって逃げているだけでしょ」
「はぁ⁈ 別に逃げてねぇし!」
「そうやってこれから先も目を逸らし続けていくつもりなの?」
「……」
「そんなの辛いだけだよ」
そう口にした翠の顔はどこか悲しげだった。俺は返す言葉も見つからず、ただうなだれるしかなかった。翠はそんな俺のことを暫く見つめていたが、やがて踵を返すと足早に駐車場へ向かって行った。俺はハッと我に返り、慌てて翠の後を追ったのだった。
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