醉象

中田もな

醉象

 研究室の片隅で、俺は同回生と向き合って、将棋の盤上を眺めていた。次の講義が始まるまでの、暇潰しの時間だった。


 彼は両腕を組んだまま、飛車の動きをどうするか、そればかりを考えている。俺は少々飽きてきて、持ち駒であった角行を、適当に弾き飛ばしてみた。


 本将棋の飛車と角行は、チェスで言うところのルークとビショップだ。与えられた範囲の中で、自分の成せる動きをする。この点では、将棋もチェスも似たようなものだ。


 似ている点もあれば、違う点もある。将棋では、取った駒は持ち駒として、自分の陣地に組み込むことができる。チェスのルールでは、これができない。一度盤外に置かれた駒は、構築されたゲームが終了するまで、再び姿を現すことはない。


 考えあぐねいた彼は、結局のところ作戦を変え、再び駒を動かし始めた。俺は飛車を敵陣に進め、龍に成らせた。


 特定の条件を満たせば、駒の動きが変化する。これは将棋にもチェスにもあるルールだ。将棋の歩兵は、と金に成る。チェスのポーンは、クイーンにもルークにも、ビショップにもナイトにも昇格する。ただし、王にはなれない。全ての盤に共通するのは、王が王であることだ。


 俺は背の高い本棚を見つめ、教授の書籍を引っ張った。それは古代日本史の、古墳に関する論文だった。今では否定されている、古めかしい学説だった。


 かつての時代の将棋には、「醉象」という駒があった。醉象は成ると「太子」になり、例え玉が取られても、太子が盤上にいる限り、対局は終わらなかった。


 ゲームはいつか幕を閉じるが、盤は再び構築される。駒は出会いと別れを繰り返し、そしていつか、同じ動きを果たすだろう。俺はそう思いながら、書籍を棚に戻した。覆された学説も、再び構築すれば良い。ただ、それだけだった。

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醉象 中田もな @Nakata-Mona

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