ふとした出会い、すぐにのお別れ

川清優樹

ふとした出会い、すぐにの別れ

 私、姫原美都は旅が好き。死ぬ程に――だなんていうと何か終わりに向けて歩んでいる方だから、旅こそが生の活力といっておこう。


 とはいえバードを敬してそれを気取れる訳でもなく、ヘディンやナンセンに憧れこれを目指せる訳でもなく。


 そもそも私の旅のスタイルは、行き先で目的を探す形。よくいえば気ままで悪くいえば適当。そこには日常と地続きのちっょとした非日常がある場所、そこを気ままに過ごすのが私の普段のやり方だ。


 ……時にはそこを踏み出したジャーニーもするけど、まあそれは常ならぬ閑話休題のオハナシ、という所で。


 私にあった適当さ。そんなサイズのトラベルは、ただの日々の楽しみの糧であるが、それはとても貴重なものだ。


 さてさてこれまでこそ本当の閑話休題。今日私は週末を利用してとある地方の港町に来ていた。


 宿を取っている県庁所在地からローカル線で一本約二時間ほど。以前は門前町としてもそこそこ栄えていて、歴史の本ではそれなりに名前を見る有名な戦国大名! ……の臣下が城を築いていた事もあったらしい。


 何故こんなところに、というとなんの事はない。とある小説にその武将の名前が出ていたので、足跡を辿りたくなっただけって話だ。


 冬の終わりが近いとはいえ海沿いの港町を通り抜ける風は寒く厳しい。


 海鳴りを背に背面に迫る山を見れば、まだ頂に向かう肌は白く染まっている。

今立つ場所は薄明かりだけど遠く、遠くの方の雲は暑い。そういえば山間は雪だってニュースで言ってたっけ。


 駅前のこの付近唯一というドラッグストアでホットコーヒーを買って観光図を見る。


 小さな町だ。神社と県文化財に指定されている城跡は近く時間は少しだけ余りそう。だったら港の方を歩いてみるのも良いかもしれない、そこには私の知らない画家の記念館があるようだし。


 帰りの時刻表だけ確認して私は散策へと乗り出す。鞄に入れた携帯傘の出番が無い事を祈りながら。


 * * * * * *


「……迂闊だった」


 夕闇が迫り来る頃、私は散策を満喫して戻ってきた駅の電光表示を見て愕然とした。


 ――現在雪の影響により上下線に大幅な遅れが発生しています…――


 ただでさえ一時間に一~二本しか来ない電車の遅れ。地方の路線はかなり長い区間を走る物もあって遠く遠くの影響を受ける事もある。スマホで調べた情報も見るに山間部の雪が想像以上のものだったらしい。


 駅員さんに聞くと(ここが無人駅じゃなくて助かった!)目星をつけていた電車の到着はちょうど六十分程後だという。ありがとうございますとお礼を言い再び昼に訪れたドラッグストアの前に立った私は「しまったな」と独りごち。


 見上げた空は群青と薄い雲の幕の後ろに月、もっと離れた場所のそれをもっと思っておけば良かったねと。


 まあこれも出たとこ勝負の旅の醍醐味なのだけど一つ残念なのはホテルの傍で目星をつけていた店のラストオーダーに間に合いそうにない事。


「しょーがない」


 それならここで食べていくのも良いんじゃないかなと気を切り替えて。歩き回ってる最中にいくつか店は見たけれど遅れてくる電車も逃してしまっては元も子もない。駅前の小さな商店街で食べる場所を探すのが良いだろう。


 こういう時は、調べない。スマホは鞄にしまい込んで、か細く灯りだしたライトを頼りに私はこの町でのアディショナルタイムを過ごす事にする。


 * * * * * *


「うん、ここがいいかな」


 店の並ぶ道の入り口近くにあったチェーン店舗は流石にパス。ご近所にもあるからね。その隣の隣のまた隣、栄えたあたりの出口に近い所にあった中華料理屋の前で私は立ち止まった。


 昔ながらの、って風情の店。CSの番組で時々見るような懐かしの風景みたいなののワンシーンに出てくるような所だった。営業中の札と中の灯りを確かめて頷き、私は店の戸を開く。少しだけ軋んだ音と一緒に空いた店内には数人の先客。


「ひとりです」


 と声掛けし店主のおじいさんの案内されたカウンターに置かれたメニューを見て、点心を中心にいくつかの料理を頼む。


 へえ地ビールもあるんだと、定番料理の名前が並ぶ中で唯一特別仕入れとの主張のあるそれが目を引いた。でも今は我慢しよう、お酒を飲んでこの後寝過ごしたらたまんないもんね。


 到着までの間、ぐるりと店内を見渡した。歴史、じゃなくて時間の刻まれている店だった。古いけれど綺麗な店は動いている今がここにある事を感じさせる。


 おっきなテレビが置かれている土台、前にはきっとブラウン管のそれがあったのかもね。貼られたメニューは何度も値段が書き換えられてる、色んな事があったんだろう。


「はいお待たせしました」


 ……なんてやってると、頼んだ料理が運ばれてきた。春巻と大根餅、野菜炒めに卵スープにエビチリにご飯。頼みすぎたかな? ううん、歩いてお腹は空いている。だからデザートに頼んだ杏仁豆腐を含めても平気、きっと。


 そしていただきますと呟いて一口。


「わ」


 美味しい、どれも味がはっきりしている。しかも濃すぎない。ぼんやりしたものがなくてしっかりと芯が通ってる。歯触りもそれぞれぱりっと、もっちりと、しゃくしゃくと。温かさもちょうどよくて、そういえば一つ一つに気取った名前が付いていないのも嬉しいね。定番の嬉しさだ。お値段を思い出してこんな安くていいの? って気分になる。


「これは……うん」


 この偶然の出会いには感謝だ。トラブルにも良い事はついてくるらしい。


「また機会があったら来たいかもだなあ……」


 そう、それこそここを目的地に……なんて思っていたら、先客の常連さんと店主さんの話が耳に届いた。


「ねえねえご主人、本当に来月で閉じちゃうの?」

「いやあ勘弁だよ、もうそろそろ休みたくてねぇ……」

「寂しいねえ、お孫さんに継いでもらえばいいのに」

「東京でうまくやってんだ、呼び戻したりできないよ、来週にはお知らせの貼り紙出すさ」


 ……なんて事だ。その「また」はどうやら訪れないらしい。


「すぐに、のお別れかぁ……」


 この味は最初で最後、そう思うと、なんか寂しい。


「……うん」


 思い立って私は注文を追加することにした。


 パレツキーに憧れて、チャンドラーに焦がれるけれど、そんな事をできる場でもない。だから瀟洒でもなんでもないけど。


「すみません」

「はい!」

「この地ビール下さい、ええ、特別仕入れの」

 

 想いだけは、これが私の身勝手なギムレット。格好良くも何でもないけど、これが私に丁度いい大きさ。


 ……寝過ごしてしまったら? それはまあ、その時だ。

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ふとした出会い、すぐにのお別れ 川清優樹 @Yuuki_Kawakiyo

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