手紙

世楽和人

手紙

僕の父親は仕事の関係で、各地を転々としている。母親のいない僕は、その度に転校を繰り返した。まあこんなことを言えば大体の人間は理解するだろう。僕には友達がいない。信頼できる相手もいない。まあ、僕にとってはそれが当たり前、だから深く考えた事はなかった。いや、深く考えないようにしていた。考えたら、辛くなるから。なにがって?心がだよ。

そんな時、僕は彼女に出会った。もう何度目か分からない転校先の高校で。これは、そんな僕と彼女の物語。



秋の深まった10月、今年は平年よりも寒くて、すでにコートを着て登校をしている。今朝、父親に言われた。「頑張って友達作れよ?」と。出来るわけがないじゃないか。たった4週間で転勤?仕事だから仕方がない?父親を責めるつもりはない。でも、そんな無責任なことを言われても困る。1か月程度で仲の良い友達などできるものか。できたとしてもすぐに離れてしまう。それなら友達なんて作らないはうがいい。

いつもどうりの登校、いつもどうりクラスに自己紹介。どうせ馴染めない。友達もできない。そしてまた父親の都合で、どこかに引っ越すことになるんだ。こうしていつも通りの初日が終わった。


帰り際、僕は朝の登校時から気になっていた、時計台へと足を運んだ。僕は昔から時計台が好きで、いろんな写真を撮ったり集めたりしている。近くまで行くと、ちょうど良いベンチがあったので、腰を下ろしてその立ち姿をじっと見つめることにした。この時だけが、僕の唯一の落ち着く時間だった。

しばらく眺めていると、辺りが赤く染まり始めていた。

帰ろう、そう思って時計台を背中に歩きだした。

その時、時計台から、大きな鐘の音(おと)が鳴り出した。びっくりして振り向いた僕。だがその目は、時計台ではなく、そこにいた人へと向けられていた。


美しかった。これまでに見たこともないほど可憐で、宝石のようなその表情に、僕は呑み込まれそうになった。


「こんにちは。よかったら、車イス押しますよ?」


はじめてだった。自然と口から言葉が出た。けど不思議と穏やかで、清々しい気持ちだった。大事そうに抱えたふるびた本をぎゅっと抱きしめ、彼女は口を開いた。


『ありがとう……じゃあ、お願いするね』


その言葉を聴いた僕は、ゆっくりとそれを押し進めた。


「この学校の生徒ですか?」


『うん。けど今日で終わりなの。』


「終わりって…?」


何となく聞いてはいけないような気がしたが、そう思ったときには口が先に出てしまっていた。

だが彼女は嫌な顔ひとつせず話し始めた。


『私、病気を持っててね。治すのがすごく大変な病気。その治療をするために、学校を中退するの』


「そうなんですか。すいません。変なことを聞いてしまって」


『ううん、別に良いの。他に話す相手もいないしね。』


その言葉は、病気や中退のことよりも、ずっとずっと辛そうだった。


「あ、あの……!」


『どうしたの?』


急に大きな声を出したからだろう。彼女は、少しびっくりしていたが、僕は言葉を進めた。


「あの、もしよかったらなんですけど……」


初めてだった。こんなことを言うのは。でももう止まらなかった。伝えたい気持ちが抑えられなかった。伝えたい。伝えたい!


「よかったら僕と、友達になってくれませんか?」


彼女はキョトンとしていた。でもすぐに笑顔になってくれた。


『うん。私でよかったら、友達になってください』


自然と笑顔が溢れた。こんな気持ちは始めてだった。


『君ならきっと……ううん、なんでもない』


ふと彼女はそんなことを口走った。その言葉だけは、彼女の真意をうかがうことができなかった。



それから僕は、彼女の病院へ何度も足を運んだ。

3か月間、彼女が旅立つまでずっと。

彼女が旅立つ前日、僕は彼女から厚紙の箱をもらった。プレゼントだなんて言っていたが、まだ僕は中を見ていない。


次の日、父親から転校のことを知らされた。もう何度目かわからない転校、聞いてもなんとも思わなかった。その話を聞いた次の日から、僕は部屋の荷物を片付け始めた。あらかた段ボールに詰め込んだ頃、ふと机の上に置いた彼女からのプレゼントに目が行った。なぜその時、開けなければという使命感が僕の中にあったのだ。


開けてみると、そこには、彼女と初めて会った日、大事そうにずっと抱えていた本が入っていた。手に取ると、一枚の紙が本のなかから落ちてきた。拾い上げてみると、どうやら手紙のようだった。


『こんにちは。いや、こんばんはかな?これを読んでるってことは、多分私はもう君の前にはいないよね。私ね、実は君と初めてあったあの日、自殺するつもりだったんだ。誰からも見放され、友達も家族も、みんな私を捨ててどこかに消えてしまった。それに重い病気まで持ってる。こんなの、生きていようと思うほうがおかしいよね。でもあの時、君は私に声をかけてくれた。友達になってくれた。ほんとに嬉しかったんだよ?君と過ごした3か月間は、私にとって唯一無二の宝物。本当にありがとう。ほんとはもっと君と話したかったし、笑い合いたかったし、色々な所に出掛けてみたかった。だけどそれは出来そうにないかな。ほんとにごめんね。こんな形で終わりにしたくなかったけど、こんな形で伝えたくなかったけど、なにも言わないでさよならなんて嫌だった。だから、最後に言わせて。どうしても、伝えたかったの。私ね、君のこと、ほんとに好きだった。君のこと、心のそこから愛してた。私、愛って何なのか、正直よくわからなかったの。ずっと誰からも愛されずに生きてきたから。だけど、だけどね、今なら分かる。この気持ちが、愛なんだってこと。ごめんね。今さらこんなこと言って。もっと前に伝ておけばよかった。ちょっと後悔だなあ。ねえ、君ならきっと……幸せになれるよ。きっとね。それじゃあ、ちょっと名残惜しいけど、バイバイしなきゃだね。さようなら。私の愛した人。』

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