【KAC20227】ある春の別れは俺にやべぇ女との出会いを運んできた

ゆみねこ

ある春の別れは俺にやべぇ女との出会いを運んできた

 春──それは出会いと別れの季節。人はこの季節で入学と卒業を繰り返して、大人へと成長していく。

 その成長は誰しも必ず通る道で避ける事は出来ない。心がいつまでも子供な奴でも昔よりは多少は成長しているのだ。


 その成長に伴って来るのが別れ、そして出会い。

 親しき者との別れには涙が伴い、そうでないものとの別れには忘却が伴う。


 結局親しくなければ誰しも忘れていくし、人生大体そんなもんだ。


 かく言う俺は友人知人ゼロの超ぼっち人間。ぼっちを愛し、ぼっちに愛された完全なる孤高の存在。

 誰の記憶にも残らないし、誰の記憶も残さない。名前、人相等々余計な情報を入れなくていいから、学べば一通り頭に入る。


 余計なメモリを消費しないでいると考えれば、ぼっちにこそエリートがあり、人の頂点に君臨する者であるとも考えられるだろう。


 高校の卒業式を終えた俺は集合写真にすら顔を出さずに帰ろうとしている最中のことだった。

 運命の歯車が動きを始めたのは──


「八神先輩……あのっ!」


 ふわりと桜舞い散る風景の中で、小柄な少女が服の袖を固く握りしめて立ち、俺の名前を呼んだ。



※※※※※※※※※



 俺の名前は八神和人。有名難関大学二年にして、首席の座を獲得する者。

 今も尚、友人知人ゼロのぼっち男。だが、秀才だから良いのだ。


──八神くんは頭が良いのに他の人と絡まないなんてなんか孤独な王みたいでカッコイイ。


 そう言った話もごく偶にだが聞く。何事も信念を貫き通せば格好良く見えるものなのだ。

 まあ別に、誰とも関わらないのは苦ではないから貫き通すも何もないのだけれど。


 そんなこんなを考えながら俺はキャンパスに足を踏み入れた。


 でっかい噴水を前にして、佇み空を眺める。この広い空に対して、人とは何と小さきものかと考える。──いつもの習慣だ。

 が、今日はその習慣を分断されてしまった。


「いって」

「あっ、すいませ〜ん」


 茶髪に染めたチャラ男もどきが俺の肩に突撃してきた。その上、謝罪はあの軽さ。

 謝る気があるのなら、言葉を伸ばすんじゃねぇ。


 習慣を分断されたのとチャラ男のせいで今日は朝から気分が悪い。畜生、無性にイライラする。

 俺は地面に捨てられたんだか、落ったのかしていた空き缶をゴミ入れに投げ捨てて、ストレスを発散する。


「流石ですね、八神先輩は」


 そんな時だった。急に背後から声を掛けられたのは。

 俺は背後を向くとそこには全体的にふわふわとした雰囲気を纏った小柄の女が立っていた。


「誰……?」

「覚えていないんですか!? えっと、それはちょっと予想外と言うか何というか……」

「声がデカい。近い、近い」


 ふわふわとしていると思っていた雰囲気は一瞬にして剥がれ落ち、本性がチラリとこんにちは。

 そう言えば、前もこんな感じだっただろうか。


「唯だったか?」

「あれ、ちゃんと覚えていてくれてるじゃないですか」

「そりゃあ……当たり前だろ」


 何たってこの女、卒業式の日に俺に告った挙句、答えも聞かずにどこかに行ってしまったのだから。


──答えは次会う時までに考えておいてください。


 そんな事を言い残して。

 まあ、完全に忘れていたのだが、ふわふわとした雰囲気を感じた時に思い出した。


「良かったぁ。しっかりと覚えてくれていたんですね。──それであの時の答え……教えてもらってもいいですか?」


 いや、忘れていたんだけどな。ただ思い出しただけ。

 まあ、そんなこと言ったらどんなウザ絡みをされるか分かったもんじゃないからお口チャックだが。


 そんなお口チャックのまま告げる答えは一つ──


「断る」


 この一言に限る。何故かって、そんなの単純に怖いからさ。

 出会って間もないのに告白されて、「はい、オーケーです」と言えるのはその辺のチャラ男しかいないのさ。


 そうか、こいつをさっきの男に渡せば、万事解決なのでは!?

 やっぱり俺は天才か。


「えっ……どうしてですか」

「どうしても何も付き合いたくないから」

「そんな……あの日から私のことを考えてモヤモヤしたりしませんでしたか? 答えはどうしよう、いつ会えるのかなってなりませんでしたか? 私のことだけで頭が一杯になりませんでしたか?」


 そんな事には……なっていないな。衝撃的ではあったが、少なくとも翌日には忘れていたのだから。

 俺は首を横に振った。すると、女は俺の襟首を掴んで──


「そうしてですか?! 友達にもこれならいけるってお墨付きをもらった案ですよ! それなのにどうして!!!」

「どうしても何も……俺、彼女いるし」


 まあ当然嘘だが、この手の女を引き剥がすにはちょうどいい話だろう。

 そう思って女の様子を確認すると半泣きで喚いた。


「絶対にそんなの嘘です! 万年ぼっちの先輩に彼女なんて出来る訳がないんです!」

「おい、お前失礼だな! つうか、襟元引っ張るな、伸びる伸びる。これ結構高くて良いやつなんだぞ!」

「こんなシャツ程度私がいくらでも買ってあげますから、捨てないで……!」

「おい、変なことを言うんじゃねえ。嫌な視線が集まるんだよっ」


 お前が泣き喚いて、大声で叫ぶ所為で、そこの奴もあそこの女もあっちのチャラ男も皆んな俺を変な目で見てんだろうが。

 今まで積み重ねてきた絶対孤高の俺という存在をぶっ壊す気か!?


 そんな俺の気持ちはつゆ知らず、変な女は依然として襟元を離さないし、泣くのもやめない。


──厄介すぎる。


 まさか、良いと言わない限りこのままで居続ける気じゃねぇよな……?

 嫌な想像が脳裏を過った俺は緊急策として、女を引き剥がして全力で逃げた。帰宅部エースの底力舐めんなよ。


 と思っていたのだが、俺以上の速さで走ってきた女に背後からダイブされて、俺は正面に倒れ込んだ。

 女は周りに下着を見られることなんて気にも留めず、俺の上でバタバタと暴れ出した。


「イヤだ、イヤだ! 私は八神先輩の彼女になるのぉ!」

「この状況でよくそんなことを言えるな! 嫌がらせをしている最中にそんなこと言われたって好意のカケラも感じねぇわ。あと胸、胸当たってる!」


 俺の背中にうつ伏せでバタついている以上、小柄な割に暴力的なまでの大きなの脂肪の塊が俺の背中に当たって変形しまくる。

 今まで感じた事のない様な甘美な感覚に一瞬、脳を支配されながらも俺は必死に抵抗を続けるが──


「別に身体目当てでも構いませんから、私と付き合ってぇ……」

「お前はそれで良いのかよ!?」

「良いですよ! この際どうなっても!」

「何でお前がキレてるんだよ?!」


 俺の背中の上でポヨンポヨンと跳ね出した女。その度に背中に潰れて張り付き、形を戻す胸。

 背中からバリバリと電流のような刺激が送られて、理性が崩壊させられていく。


 もういっその事付き合ってしまえば……これを好きに出来る……?──いや、ちょっと待てぇぇえええええ。

 俺は自分の思考に制御をかけて、女を振り解くのを再開した。


──しかし、結局俺の力ではどかすことが出来なかった。


 衆目の面前で恥を晒しに晒した俺は警備員が駆けつけてくるまで、生暖かい視線と冷たい視線を永遠と感じる事になってしまった。

 無遅刻。無欠席、無早退で首席の完璧男のイメージはとうに崩れ去り、やべえ奴というイメージがつけられてしまった。


──俺はある春の別れをきっかけにやべえ奴と出会い、付き纏われてしまう事になってしまったのだった。

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