ユグドー、大霊殿を目指して編

「良くやったよ。ユグドーは、ジェモーの空を守ったんだ。もっと嬉しそうにしろ」


 ユグドーはディアークに差し出されたタオルで、顔や体を拭いた。汗が次々と噴き出してくる。大霊殿からベトフォン別邸まで、二つの命を抱えてここまで必死で駆けてきた。


 二人をメイドに渡すと、倒れ込むようにベトフォン別邸のエントランスで突っ伏してしまう。


「すぐに戻らないと……マリエル様とアーデルハイト様がいるんだ」


 ユグドーは、震える足を叩くと立ち上がる。


「や、やめろ。そんな体で無理するな。ノルベール様に任しておけばいい」


 ディアークは、ユグドーの肩を掴んで揺さぶる。必死な声と表情を見ても、ユグドーの決意は揺るがなかった。


「僕は行くよ。ノルベール様は、レッドドラゴンロードと戦っているんだ。マリエル様に約束したんだ。今度こそ、僕は!?」


 ユグドーは、ディアークの手を振り払うように立ち上がる。脳裏に蛇蝎人間や人家を一瞬で灰にした光景が浮かぶ。


「ディアーク? あの光はなんなの? 多くの人も魔物も一瞬で消え去った。マリエル様だって危険かもしれない」


 ユグドーの脳裏をよぎった言葉は『不安』だった。あの一発で終わる保証はない。あの光が大霊殿を狙わない保証もないのだ。


「僕は行くよ。この体はどうなってもいい。もう二度と守れないのは嫌なんだ」


「それなら、安心していい。あの光はもう起こらない。あれはな、ユグドー。ルロワ国王が起こしたものなんだ」


「え……そんな。まだ、街には人々がいたんだよ。あの光で逃げ遅れた人は死んだんだよ」


「ああ……そうだな」


 ディアークは、唇を噛みしめる。


 助けを求める人々は多くいたし、助けられる人たちも多くいた。そんな状況をどうにかしようとしていた、無辜の民を救おうとしていた騎士たちも犠牲になったのだ。


 それをルロワ国王は、守るべき民を自らの手で殺したのか。狂っている、ユグドーは叫びたいほどの怒りを覚えたし、実際に叫んでいた。


「落ち着け、ユグドー。気持ちは分かる。でも、人の上に立つものは犠牲を是としなければならない時もあるんだ……」


「そんなのおかしい。僕は、マリエル夫人を助けに行く。ルロワ国王なんて信用できない。レッドドラゴンロードを滅ぼすためにもう一度使うかもしれないじゃないか!?」


 ユグドーは、ディアークを引き離すとエントランスを出ようと入り口に向かう。


 その時だった。


 大きな音とともに、ベトフォン別邸が揺れる。地震かとも思ったが、揺れも音も一瞬だった。


 ドアが開き、息急いきせきかけて衛兵が入ってくる。


「た、大変です。ドラゴンの群れがこちらに向かってきてます!!」


「なに? 龍族どもめっ!! まだ戦力を隠し持っていたのか!?」


 ディアークは、談話用のテーブルを叩く。上に置かれている小物類が散乱した。


 メイドたちは慌てて駆け寄り、落ちた木彫りの人形を拾い上げた。


「ディアーク、僕は大霊殿に行く。マリエル様を助けないと……」


 外に出ようとするユグドーをディアークが引き止める。その手を振り払おうとするユグドー。


「頭を冷やせ!! ここには、避難民とルーナ様、アンベール様がいらっしゃるんだぞ?」


「ディアーク様、ご助力願います。ドラゴンどもの勢いが止まりません」


 槍を構えていた衛兵が助力を願い出たかと思うと、エントランスの柱まで吹き飛ばされた。


「ギュゴゴゴゴ」


 門を突き破って、一匹のドラゴンが現れる。その目玉が、ギョロリとユグドーたちを睨む。


 緑色の鱗に覆われた翼が生えた蛙のような図体を持つ四足獣だ。


「早く、行かなくちゃ!!」


 ユグドーは、再び羅刹の姿になる。四枚の翼が生えて四肢の筋肉が盛り上がる。


「邪魔をするな!!」


 ユグドーは、大声で叫ぶとドアを壊しながら無理矢理に入ってくるドラゴンの頭部を横から殴りつけた。


 本来ならば、ロングソードでも傷一つつけられない硬い緑の鱗。その表面に亀裂が放射線状に広がって、ユグドーの拳を受け入れる。


 巨体が壁にめり込ませ、眼球を破裂させたドラゴンが断末魔もあげずに動きを止めた。


 ユグドーはエントランスの門から外に出て、その光景に息を呑む。


 無数のドラゴンと衛兵や騎士たちが戦っていた。すでに何名かは息絶えていて、ドラゴンも数匹がひっくり返っている。


「ちっ!! ユグドー、片付けるぞ」


 後ろから駆けてきたディアークが、ショートソードを抜いた。


「どうして、こんなことに……」


「ユグドー、危ない!!」


 ドラゴンの腕が、ユグドーを狙う。ディアークが逆袈裟斬りで苔色の腕を真っ二つにした。


 硬い鱗は表面だけで、裏側には生えていない。ディアークは、腕を失ったドラゴンの眼球をショートソードで貫く。


 ディアークは遠くの空を見つめると、小さく頷いた。


「ユグドー、ここは俺に任せろ。マリエル様のところに行け!!」


 先程まで、ユグドーを止めていたはずのディアークが叫ぶ。


「ディアーク……ごめん。僕は……」


「二度も言わんぞ」


「いいか、ユグドー。ドラゴンどもの心臓は、眼球にある。硬い鱗は無視して眼球を狙え!!」


 厳しい口調のディアークに頷くと、ユグドーは邪魔をするドラゴンを蹴散らしながら大霊殿に急ぐのだった。


 【ユグドー、大霊殿を目指して編】完。

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