ヤツと出あえば、この世とお別れ

ヤミヲミルメ

ヤツと出あえば、この世とお別れ

 地下五階、到達。

 小ぶりなこのダンジョンではこれが最下層。

 占い師ギルドから派遣された調査員のウーラ、すなわちあたしは、これまでの階でしてきたのと同じように階段脇に折りたたみ式の台座を広げ、水晶玉をセットした。

 人の頭ほどの大きさの水晶玉に手をかざして念じると、背負い鞄の中からコウモリのような羽の生えたこぶし大の水晶玉が無数に飛び出して、通路のほうぼうへ散っていく。

「パタパタ丸一号!」


 ……ヴォン……


 羽つき水晶が映した景色が、台の上のマスター・クリスタルに映る。

 代わり映えのしない石積みの通路。

 数百年前の王の墓と云われるが、宝物はとうに荒らされ尽くし、罠が消費されたあとには魔物が入り込んで住み着くばかり。

 魔物が人を襲うとなれば、ときに退治の手が入り、ときに返り討ちに遭い。

 だけど先日から行方不明になっている占い師ギルドの先輩のラナーシェは、このダンジョンに出るレベルの魔物に殺られるような人ではない。


(ほんと、どこに行っちゃったんだろ。みんな心配してるのに……特にあたしが……)


 マスター・クリスタルに分かれ道が映る。

 あたしは念を送ってパタパタ丸の群れを二手に分ける。

 パタパタ丸一号が向かった先では、特に目につくものは見えてこない。


「応えよ、パタパタ丸二号!」


 ……ヴォン……


 マスター・クリスタルに映る景色が切り替わる。

 パタパタ丸二号が進む先には再び分かれ道があり、今度も群れを二つに分ける。

 あたしは上の四つの階をすべてこの要領で調査してきたけれど、ラナーシェ先輩の手がかりはなかった。


(このフロアの奥には王の玄室があるはず。今は空っぽで、骨のカケラまで持ち去られて売り払われたって話だけど)


「パタパタ丸三号! …………。パタパタ丸四号! …………」


 呼びかけて、次々に画像を切り替える。

 代わり映えしない。

 誰もいない。


「…………。パタパタ丸八号!」


 画面の隅で、何かが動いた。


「ラナーシェ先輩!?」


 心臓が跳ね上がるのは何度目だろうか。

 マスター・クリスタルが赤く点滅し、そこにいるのが魔物に過ぎないと告げてきて、肩を落とすのは何度めか。


 このダンジョンはリザードマンの巣窟になっている。

 二足歩行のトカゲ人間で、主食は人間。

 ゆえに討伐対象で、倒した証拠にしっぽ以外の体の一部を持って帰れば、役所で賞金がもらえる。

 しっぽは簡単に切れるしすぐまた生えるので倒した証拠にはならない。


塔を砕く雷サンダーボルト!」


 今日もすでに何匹か倒している。

 マスター・クリスタルに両手をかざして魔力を送ると、遠く離れたパタパタ丸八号から電撃が打ち出され、こちらに全く気づいていない魔物の背中に突き刺さる。

 本来あまり強くないあたしの魔力は、二つの水晶玉を通過する際に増幅され、魔物は声を上げる間もなく息絶え、身につけた装備に炎が上がった。

 倒した証拠はパタパタ丸では運べないので放置する。

 このレベルのダンジョンなんかに来るのは、あたしみたいな事情のある者を除けばド新米の冒険者ぐらいだから、拾った人が自分の手柄にしておけばいい。


 パタパタ丸があればあたし一人でもダンジョンを手早く隈なく調査できるし、魔物も安全に倒せる。

 パタパタ丸に何かあればあたし自身は探索済みの上階にさっさと逃げ帰れる。

 これこそが剣も振るえず重い鎧も装備できない占い師の戦い方だ。

 ……占い師なんだから本当は占いでラナーシェ先輩を見つけちゃいたいんだけれど、どういうわけかラナーシェ先輩についてはいくら占ってもさっぱりわからず。

 この探索の成果でさえも、ダンジョンに入る前は『ダンジョン内に答えがある』との文字が水晶玉に浮かんでいたのに、ダンジョンに入った途端に文字が消えてそれっきりになってしまった。

 パタパタ丸の操作には支障がないから、水晶玉の故障ではないと思う。

 となるとダンジョン自体に占いを封じる効果があるのだろうけど、その手の術が施されている様子はない。

 そもそもラナーシェ先輩がこのダンジョンに来た目的というのが、占いが効かない理由を調べるためだったのだ。

 人為的要因でないのなら、そこら辺のコケなり土なりに何かの力があるのかもしれない。

 となれば大発見だ。

 占い師ギルドだけでなく、すべての魔法系ギルドが大騒ぎになり、発見者の名前は歴史に残る。

 こんな明るい話を前に、大好きなラナーシェ先輩の身によくないことが起きたかもしれないなんて、考えたくない……


「……パタパタ丸十号! ……パタパタ丸十一号! ……パタパタ丸十二号!」


 十三号の画面は真っ暗だった。

 すべてのパタパタ丸に暗視の魔法がかけてあるのに。


(故障?)


 パタパタ丸はリザードマンの賞金なんかよりもはるかに高価で、一機だって無駄にはできない。

 あたしはすべてのパタパタ丸に、あたしがそこへ行くための目印として待機するよう命じ、マスター・クリスタルを手に持って歩き出した。

 ライトの魔法はマスター・クリスタルにかけてある。


 もともと武器を振るう職種でない上に、重いマスター・クリスタルで両手がふさがっている。

 曲がり角に差しかかるたび、先行させたパタパタ丸で安全を確認しながら進む。

 マスター・クリスタルに、何か動くものが映った。

 あたしが着ているのと同じ、ギルド支給の占術師ローブ。


「ラナーシェ先輩!」


 あたしはそちらへ走り出した。


「待って! 何で逃げるの!?」


 あたしはその人の腕を掴んだ。

 手首にひなげしのタトゥーが見えて、次の瞬間、あたしは振り払われた。


「何で!? ラナーシェ先輩!?」


 追いかける。

 角を曲がる。


「え……?」


 その人が、倒れていた。

 助け起こそうとしたけれど、人間の体温がなかった。

 その顔は、すでに死後何日も経ったあとのものだった。

 手首に掘られたあたしとおそろいのひなげしのタトゥーは、間違いなくラナーシェ先輩のものだった。


「ウソ……何で!?」


 へたり込む。

 だって……さっき確かにあたしはラナーシェ先輩の腕を掴んだ。

 だからゴーストじゃないし、ゾンビの感触でもなかった。


「……何で……?」


 ラナーシェ先輩は、いつも優しい人だった。

 とても暖かい人だった。

 驚きよりも、ありえないという気持ちが強くて、心が悲しみにたどり着かない。

 ここに来る前はラナーシェ先輩にもしものことがあったらあたしは涙の海で溺れ死ぬんだと思っていたのに……


 マスター・クリスタルが点滅する。

 魔物が近くにいると知らせる。


「……該当パタパタ丸!」


 マスター・クリスタルに映る画像が三つに割れる。

 三機のパタパタ丸が三方向からその魔物の姿を捉えている。

 うつむいた顔に、深く被ったフードとローブ。

 両手で大事そうに抱えているのは、あたしのと同種のマスター・クリスタル。

 ……ラナーシェ先輩のマスター・クリスタルは、あたしの足もとで割れて転がっているのに。


「パタパタ丸十六号! そいつの左手首をアップに!」


 明かり魔法のかかったマスター・クリスタルを抱える手もと。

 だけどまるであたしの声が聞こえたかのように、ローブの魔物は身をひるがえして走り出した。


「待ちなさい!!」


 あたしも走る。

 逃げても無駄だ。

 ヤツの居場所はパタパタ丸が教えてくれる。

 あたしとヤツは走るスピードはほぼ同じ。

 普通に走っても追いつけないけど、パタパタ丸を駆使してヤツを追いつめる。

 行き止まりで足を止めたヤツの姿を、五機のパタパタ丸が映し出す。


「顔を見せなさい! アンタはいったい何モノなの!?」


 あたしはマスター・クリスタルに向かって怒鳴った。

 ラナーシェ先輩とそっくりな背格好。

 占術師ギルドのローブとクリスタル。

 それでどんな顔をしているの!?

 ヤツが振り向きながらフードに手をかける。

 手首にひなげしのタトゥーがある。

 あたしのマスター・クリスタルに、ヤツの顔が正面から映った。


「え!?」


 ヤツはあたしの顔をしていた。


「……ドッペルゲンガー……」


 どうして今までその存在を忘れていたのだろう。

 獲物に選んだ人間と同じ姿で獲物の前に現れ、獲物に死をもたらす怪物。

 獲物の多くは突然死という形で最期を迎え、それが毒によるものか呪いによるものか、事例が少なく研究が進まずにいるが、これで謎が解けた。

 このダンジョンで占いが効かない理由。

 このダンジョンで水晶玉を使っても運命が見えない理由。

 ドッペルゲンガーは、獲物の運命を操って殺していたのだ。


 あたしの手の中、マスター・クリスタルに映る、あたしのドッペルゲンガーがニタリと笑った。

 気がつけばあたしのパタパタ丸が、あたしを取り囲んでいた。

 あたしの?

 あたしのパタパタ丸?

 本当に?

 だってあたしは、あたしを見張れなんて指示はしていない。


「パタパタ丸……?」


 反応がない。

 冷たい小さな水晶たちが、じっとあたしを見つめている。


 ……戻らなくちゃ。

 ラナーシェ先輩のところへ。

 ヤツが来る前に。

 死ぬならせめて、ラナーシェ先輩のそばで……

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