君の横で

梓すみれ

ふたり

「ねえ、もう一回人生好きなところからやり直せるとしたらさ、いつに戻りたい?」

「何だよ急に」

「なんとなく、いつかなあって思って」

「んー…、綾は?いつなの?」

「私?私は、今の頭のまんま小学校に戻って、天才小学生として東大に入るかな!」

「天才小学生とか言ってるところがもうすでにバカだな」

「なんだと!うるさいなー、じゃあ晴はいつなのさ」

「俺、はそうだな…、うーん、別に戻らなくていいかな」

「えーなにそれ!なんかないの叶えたかった夢とか?」

「別にないよ」

「えー、つまんないやつー」


そう言って綾はまた俺にくっついてくる。

綾と別れて、一ヶ月半が経った今、隣に寝ている綾が笑う。

肌の温度も、くだらないことで笑う姿も、終わったあとにくっついてくるところも、何も変わらない。

変わったのは、もう彼女ではないということだけだ。


一ヶ月半前、俺は急に綾に振られた。

付き合って2年経った、そんな日だった。


俺は綾が好きだった。

なぜ振られたのか、いまだに分からない。

今でも綾が好きだ。

たとえ体の関係でも、綾が俺のそばにいてくれるなら、それでもいいとさえ思った。



_________


「ねえ、もう一回人生好きなところからやり直せるとしたらさ、いつに戻りたい?」


私は、晴にそんな質問をした。

晴は、特に戻りたくないと言った。


晴と別れてから、一ヶ月半が経った。


出来ることなら小学生に戻って、君に出会う前の私になりたかった。


浮気に気づいた。


1年前、晴が浮気をしていることを知った。

友達から聞いた時はウソだと思った。

自分の目で見るまでは信じないと、頑なに意地を張った。


本当だった。信じたくなかった。信じられなかった。


今もこうして、私を抱きしめる腕で、明日は別の女の子を抱きしめている。


別れたいと言った。

理由は、聞かれなかった。


早く忘れよう。と、毎日思った


忘れられるわけがなかった。

寝ても、起きても、生活の一部のように過る晴の姿に耐えきれなくて、LINEを送った。


『あした、ひま?』


返信は早かった。

付き合ってる時と、何も変わらなかった。


『ひまだよ』


そうして今、晴は私の横にいる。

何も変わらない晴がいる。


もし、出会わない世界線があったなら

好きにならなかったなら


こうして結局、そばにいることを選んでしまったずるい私にならなかったなら


望んでいたのはそんな未来じゃない

本当は。


このままでいい。このままでもいい。

必要以上に傷つかない。

この関係性でも、それでもいい。


『すきだよ』


その一言だけが、もう2度と言えない。


別れるまでが恋愛ならば、恋も、愛も、ひとつも残っていないんだろう。


目の奥があつくて、そっと目を閉じた。

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君の横で 梓すみれ @azusa-sumire

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