性癖聖戦 〜ハピエン厨の天使が神とバチバチにやり合う話〜

歩島七海

汝、性癖を語る際に相手の性癖を貶すことなかれ


「何故このような試練を与えるのだ! 神よ!」


 地上の光景を見て、天使長のハピエルは神の居城にカチコミを掛けた。

 彼の心は神への怒りで煮え立ち、その勢いは駅前によくある噴水が時間を告げる時の如しであった。


「どうした出会いの天使ハピエルよ」


「どうしたもこうしたもあるものか! 何故あなたは人間たちに苛烈な試練をお与えになるのだ! ……こんな『いつまでも告白できずにただ日々を過ごしていた幼馴染みの男女が久々に町の外へお出掛けした時に限って魔物に襲われる』などと!」


「ああ、そのことか。ーーーー理由だと? そんなもの決まっているであろうが」


 神は玉座から立ち上がり、不必要な程高い階段の上から、めちゃくちゃにハピエルを見下ろして告げる。


「性癖、だからだ」


 神の答えにハピエルは反応も出来ず固まってしまう。固まること寒い季節のハチミツの如しであった。


「ーーーーは? いや……、は???」


「聞こえなかったか? 関係が変わることに二の足を踏んでいた二人が、魔物に襲われることで、関係性を変えざるを得なくなる。そして気付くのだ、女が男を庇いその命を落とす間際に、お互いのことをこんなにも大事に思っていたということにな! なんと美しい心の繋がり、からの永遠の離別! うひひ、たまらん!!」


「この……腐れ外道めっ……!!」

「え、待って。神に向かって腐れはヒドくない?」


 ハピエルは剣を強く握り締め、神へ向けて振りかぶる。この腐れ性癖を許してはおけぬ。神から授かった力を持って、今こそ神の作った運命を塗り替える時だ。

 ーーーーその剣の名は“出会いシチュ編纂剣”。出会いを司る天使たるハピエル天使長に与えられた、様々な出会いのシチュエーションを創り出す、運命改変の権能そのもの!


「うおお!! 命を落とさせなどするものか! 女はなんとか致命傷を避けるが記憶を失ってしまう! しかし繋いだ心は離れない! 再び惹かれ合う二度目の出会いを紡ぐ!

『あなたは、誰? 私を知っているの?』

『君は僕を知らないかもしれない。だがそれでも構わない。今度は僕が、君を守る』

んん〜〜〜っっ!! 最高っ!!!」


「ぐぅっ……! それもそれで美味しい……!」


 斬りつけられた神に物理的な外傷はない。出会いシチュ編纂剣は、運命に干渉し出逢いを紡ぐエモさの剣なのだ。エモさに斬り裂かれた神が、その運命を認めたことで地上の二人の運命は変化した。

 神の性癖による永遠の別離から、天使長の性癖による出会いへとーーーー!


「やるではないか天使長ハピエルよ……。我が性癖カプがこの世から1つ失われてしまった……!」


「カップルの片方が命を落とすような目に合わせておいて何を世迷言を! 神よ! あなたの性癖はド腐れ歪んでいる!」


「ふん、離別の良さも解らぬおこちゃまが! 世の中そうそう真っ直ぐ甘々の展開だけで回っておらんのだ!」


 神が空へ向けてかざした手に、エネルギーの弾が浮かび上がる。それは神の権能の形。自らの性癖の通りに世界の運命を書き換える魔弾。その名もーーーー“愛別離苦たまんねぇ弾”!


「天使長……いや、神に逆らう堕天使ハピエルよ!」


「神に逆らったら堕天使だと!? いつから天界は神の独裁国家になりさがったのだ!」


「ええい喧しい! 貴様が先週創り出した『空から落ちてきた純朴な少年と、荒んだ生活を送るお姉さん』の出会いがあったな!」


「な、何を……何をするつもりだ……!」 


「酸いも甘いも噛み分けるが良いわ!」


「やめろ、あの二人に……私の推しカプに手を出すなぁ!」


「遅い! 『空から来た少年は、空へと帰る。落下する彗星を受け止め、自らの身を犠牲とした少年は空へと消えていく。少年に何もあげられなかったお姉さんは、深い後悔と少年への罪悪感を抱えて更に荒んでいった』ーーーー行き場の無い激重感情に押し潰される年上女性からしか接種できない栄養素がこの世にはあると知れぇい!!!」


「ぐっ、うっ……うわぁぁあ!! 違う! 私は! 私はそんなつもりで二人を出会わせたんじゃ無い!!」


 魔王……ではなく、神の放った“愛別離苦たまんねぇ弾”は、ハピエルの身体をすり抜けて地上の世界を書き換えていく。もちろんハピエルの身体に物理的なダメージは無い。しかし、ハピエルが心に負ったダメージは、いっそ心臓を穿たれていた方がマシだと思えるほどの痛みだった。


「私が、私が二人の出会いを紡がなければ、こんな別れは無かった……のか……?」


「惚けるなよ、堕天使ハピエル。次だ」


「次だと……? 神よ、一体何を……」


「先程の……記憶を失った女とそれを守る男、だったか? 美しい出会いだ。この神をしてエモさに尊みを感じる程にな。……だが、そのエモさが深い程に……別離は甘美な味となる!」


「やめろ……、いや、やめてください。私が、悪かったのならば、謝ります。だからどうか、この世界の人間を苦しめるようなことをするのは……」


「苦しめる? そんなことはせん。幸せの形を増やすだけのこと。何より、貴様は我が性癖をド腐れと否定した。

ーーーーわかるか? 性癖を否定されたのだ……。

ならば、徹底的な対立しか、道は残されておるまい!」


 ふたたび神のかざした手にエネルギー弾が浮かびあがる。ハピエルも立ち上がりなんとか“出会いシチュ編纂剣”を構えようとする。

 しかし、先程推しカプを踏み躙られたハピエルには、ただ立ち上がるだけの力しか残されていなかった。

 そしてーーーー神の手は振るわれる。


「見よ堕天使。これが我が性癖の形。貴様の性癖の果て。

『記憶喪失の女は、領主の息子に見初められる。領主の息子は気風も良く武術や勉学にも長けており、女を守るのに十分な力を持っていた。男は思う。命の恩人の女を自分の存在が縛っている。女にとっては、自分といるよりも領主の息子に嫁ぐ方が幸せなのではないか?と。男は自らの思いを封じ込めた。そして……記憶喪失の女は、自らの心に残るささくれを表す言葉が浮かばない。そうして婚礼の日、男は村を去り……女は領主婦人として幸せな生活を手にしたのだった』ーーーーうっひっひっひ! とくと見よ! 素晴らしき『出会い』と、美しきハッピーエンドだ!!」


「ーーーーNTR……だと……」


「きひゃひゃひゃ! これだから酸いも甘いも知らぬお子様は! これをNTRの一言で片付けるとは、乱暴にすぎるなあ!」


 神の放ったエネルギー弾は、“愛別離苦たまんねぇ弾”では無かった。それは神の原初の罪にして原初の性癖。NTRとは似て非なる物。その名はーーーー


「『叶わなかった恋が現実に踏み躙られ、いずれは消えていくその傷が残る今という瞬間!』 あああああ!! た゛ま゛ら゛ん゛!!!」


「この……ゴミクズ邪神がぁぁぁあああ!!!!」


 ハピエルの動きを止めていた心の痛みは、怒りによって完全に塗りつぶされた。

 彼の心は神への怒りで煮えくり返り、その勢いはまさにマグマの如しであった。


 神が次なる “叶わなかった恋が現実に踏み躙られいずれは消えていくその傷が残る今という瞬間たまんねぇ弾” を放つよりも速く、ハピエルの剣が躍る。


「無駄だ無駄だぁ!! 貴様がどれだけ人間たちの出会いを創り出した所で、その全てが我が性癖の踏み台にしかならないと何故わからん!! 貴様程度の浅い考えではーーーー」


「人間たちでは無い」


「…………なんだと?」


 神を斬り裂いた“出会いシチュ編纂剣”が光る。それは運命改変の権能発動の証。


「私が今、創り出した出会いはーーーー!!」


 光が天界を埋め尽くしーーーー運命が、書き換えられる!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「何故このような試練を与えるのだ! 神よ!」


 地上の光景を見て、天使長のハピエルは神の居城にカチコミを掛けた。

 しかし彼の心にあるのは神への怒りではない。彼の心の静かさは、駅前によくある噴水の特になんでも無い時くらいの如しであった。


「どうした出会いの天使ハピエルよ」


「どうしたもこうしたもあるものか! 何故あなたは人間たちに試練をお与えになるのだ! ……こんな『いつまでも告白できずにただ日々を過ごしていた幼馴染みの男女が久々に町の外へお出掛けした時に限って魔物に襲われる』などと! 二人で倒せる弱い魔物だったから良いものの、人間に魔物をけしかけるなど神のすることでは無いでしょうに!」


「ああ、そのことか。ーーーー理由だと? そんなもの決まっているであろうが」


 神は玉座から立ち上がり、不必要な程高い階段を弾むように駆け降りる。

 そうして彼女はハピエルの目の前に立ち、愛らしい顔を愉快そうに緩めて言った。


「お前の気を、引きたかったからだ!」


 神の答えにハピエルはその手を取り、抱擁で返す。

 その手には、役目を果たした“出会いシチュ編纂剣”はもう握られていない。


 その後の二人の幸せそうなイチャラブの甘さは、まさにハチミツの如しであったそうな。




 この神と天使長のカップルが、人間達の恋愛を巡り再び対立することになるのはーーーーまた別のお話。



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