【KAC20227】うちのわんこ

松竹梅

うちのわんこ

 僕はこの家に来て2年になる。お母さんが生まれて間もない僕を見つけてくれた。家にはすでに別の犬がいるみたいで、同種の匂いが僕を抱き上げる指から香ってくる。服にも匂いが付いているから、1年先輩くらいだろうか。多分メスだけど、すでに手術しているから子供は作れない。お母さんもそれは望んでいないみたい。


「黒ぶちの子が欲しかったんですよ~!」

 少し冷めた表情のお父さんとは反対に、興奮した口調のお母さん。そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったから、とてもうれしかったことを覚えている。

 同時に、お母さんにいっぱい甘えようと思ったから、しっかり上目遣いをしておいた。


 家には2人の人間がいた。お母さんの子供で、もう大人と言っていい年齢らしい。僕よりもずいぶん先輩だ。しっかりとアピールしなくては、と思ったのもつかの間、すぐに僕のことを抱き上げて、撫でまわして、いっぱいかまってくれた。

 それだけで僕は幸せだった。


 この家に来てちょうど2年目の今日。なんだか、お母さんがせわしない。

 もしかしたら誰かが来るのかもしれない。誰だろう、いったい。ご飯をちゃんと作ってはくれるけど、どこか上の空というか。少し怪しい匂いがする。

 怪しいやつが来たら、とっちめてやる!

 そう思って念入りに鹿の角で噛む力を蓄えていると、玄関から嗅いだことのあるような、ないような、不思議なにおいがした。

 お母さんが迎えに出るのについていきながら吠えてみると、すらっとした背の高い人間が立っていた。長いコートに、細身のパンツ。目が悪いから、色はわからないけど、パンツが青系だということはわかった。

 誰だろう。

 そう思う僕の横で、お母さんが嬉しそうに微笑む。

「今度は何日くらい居れるの?」「4日くらいかな」「そう、ゆっくりしなね」「うん」

 そう言って土間から上がってくる人間は、見たことないけど、懐かしい雰囲気だった。

「初めまして、碧空そらくん」

 僕にとって、一番年の離れた子供だった。


 その人にもかわいがってもらおうといろいろとした。

 骨のおもちゃを持って行ったり、ボールを投げてもらおうとせがんだりしたけれど、結局遊んでもらうことはほとんどなくて。常にマスクをしているものだから、顔もはっきりわからなかった。リビングにいる時間も少ないから、ちゃんと匂いも覚えられない。

 でも、この家に染みついた匂いの一つだということは、何となくわかった。僕音大好きな家の雰囲気にすごく馴染んでいたから。

 普段は知らない人が入ってくると吠えてばかりだけど、この人にはあまり吠えなかった。

 いい人なんだろうな、そう思った。


 3回夜ご飯を食べて、4回お昼寝をし終えた次の日。

 その人がまた、この家に来た時と同じ格好になって土間に立っていた。ロングコートに、青い細身のパンツ。グレーのスニーカーが、暗いところでも光を反射する素材をつけていて輝いていた。

「じゃあ、戻るね」「もう帰っちゃうのね」「まあ、明日仕事だし」「そう、忙しいのね」「業界丸ごとブラックだから。でもやりたいことだし」「お母さんは、あんたが元気ならそれでいいよ」「ありがとう、お母さんも元気でね」

 会話の雰囲気と、お母さんから漂ってくる鼻を衝くような匂いで察した。

 もう帰ってしまうんだ。

 そうだとわかると、とても悲しく思えた。ほとんど一緒にいなかったし、遊んでももらっていない。少しだけお散歩に行ったのと、調子のよさそうな日に膝の上の乗せてもらったくらいだ。まだ甘えたりない。


 くぅ~~ん


 玄関に手をかける瞬間、柵に足をのせて泣いてみた。

 振り返る顔は少し寂しそうで、でも笑顔だった。


「またね、碧空そらくん。また来るよ」


 きっとまた、会いに来てくれる。外の明るい景色がそう思わせてくれた。

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