第15話 元冒険者の教え

-バスク領 南街道-


領都バスールへ向かう商隊の幌馬車の中にクルスは座っていた。ベルはというとクルスの隣で丸くなって寝ている。馬車の奥には荷物がぎっしり詰まっていた。


(そういえばジムとメラニーに、別れの挨拶するのをすっかり忘れてた・・・)


今生の別れというわけでもないし、そのうち再会できるだろうと、開き直るクルス。向かいに座っている村長のソルトが呆れた顔をしながらクルスに話しかけた。


「朝、突然家にやってきたかと思えば、冒険者になるから領都まで同行させてくれとは。馬車に空きがあってよかったな。」


「決めたからには行動あるのみ、と思いまして。バズールに戻る商隊ですか。思ったより料金が安くて助かりました。それにしても商隊ともなると護衛がいるんですね」


クルスが前方を見ると幌馬車が2台と、左右には護衛が歩いているのが見えた。1人は剣、もう1人は弓筒を背中に背負っている。

商隊は3台の幌馬車で移動していた。そして護衛は全部で9人。中規模商隊といったところだろうか。大規模商隊ともなると馬車が10台以上になり、護衛の数も増加する。


「護衛は2組の冒険者パーティーが担っているらしい。見たところ経験豊富そうな連中だ。道中盗賊に襲われる危険があるから、当然と言えば当然だな」


「盗賊!?」


あまり聞き慣れない言葉がソルトの口から出てクルスは驚いた。


「ナムル村や近隣の村々の周辺は畑と草原で起伏もない。そして森は街道からだいぶ離れている。つまり待ち伏せや隠れる場所がないのだよ。それに盗賊からすれば、都市付近の方が実入りが良いはずだ。ただし他の町や村はその限りではないだろう。クルス君。冒険者に関わらず、気を付けるべき存在は魔物よりも人間だよ」


「肝に銘じます・・・」


元冒険者だけあって言うことが重いと、クルスは眉間にシワを寄せる。そしてここぞとばかりに冒険者の話をソルトにせがんだ。


「もっと冒険者の心得のようなものを教えてくださいよ、村長さん」


「いい性格をしてるね、君は。時間はたっぷりあることだし、まあよかろう」


そして元冒険者ソルトの個人講義が始まった。


※※※


幸運にも懸念されていた盗賊の襲来はなく、領都バスールへの旅路は順調に進んでいく。ただ、初めての野宿はクルスにとっては苦い経験となった。冒険者が深夜、辺りを警戒してくれていたにもかかわらず、何かの物音が気になって中々眠りにつく事が出来ず、明け方近くになってようやく眠れたのだった。


移動中はソルトの講義が続く。今までの話を要約すると、こうである。


① 装備は大切にしろ。

② 普段は慎重に。その時がきたら大胆に。

下手したてに出るな。

④ だが威張るな。

⑤ 報酬は均等に。

⑥ 依頼主には敬意を払え。

⑦ 撤退は戦略だ。

⑧ 臨機応変に行動しろ。

⑨ 死ぬな。


ソルトの話を聞いている内にクルスは、これらは村長・・・いや、元冒険者が経験から学んだ、きた教訓だと気付いた。冒険者になる者は多い。一攫千金を夢見る人、クルスの様に英雄になりたい人、冒険者になるしかない人。この元冒険者は何を目指したのだろうか。


(今は聞く立場にないよな・・・)


いつかは聞ける、立派な冒険者になりたいと思うクルスであった。感動しているクルスを尻目に、隣で座っているベルが平然としている。


『冒険者ならば当然の事ですわ』


※※※


-バスク領 領都バスール-


ついに領都バスールが見えてきた。移動の途中に泊まったサルムという小さな町でもナムル村と比べて倍もの規模があり、クルスは町の大きさに驚いていた。バスールはそのサルムより更に大きい。


『わたくしの知っているバスールとは全く違いますわ。規模が倍近くに。ずいぶんと発展したのですね』


ベルが感嘆の声を上げている。


「これが都市ですか。遠くから見てもすごい大きさですね!」


幌馬車の横を歩いているノルドという冒険者にクルスは声をかける。道中、護衛をしている冒険者達や、商隊の商人達と知り合いになった。戦士であるノルドにクルスは特に話しかけていた。ノルドは銀級冒険者パーティー〈黄金の翼〉のリーダーを務めている。見るからに重そうな盾と、頑丈そうな鎧を纏い、まさに盾役タンクといった装いだ。歴戦の猛者の雰囲気があるノルドにクルスは憧れを持ってるのだ。

ちなみにもうひとつは銅級冒険者パーティー〈赤雷団せきらいだん〉だ。ノルド曰く、パーティーの名前にはを入れるのが暗黙の了解らしい。


「都市や村と違ってバスールはとても広い。迷子には気を付けろ、クルス」


ノルドは笑って答えた。クルスは真っ赤になって反論する。


「子供扱いはよしてよ。もうすぐ冒険者になるんだからさ!」


「そうだった。優秀な後輩の誕生だったな」


ニヤニヤしているノルドにクルスはムッとしていたが、幌馬車がバスールに近づくにつれて心が踊ってくるのを感じていた。冒険とダンジョンと宝物、そして・・・。


(英雄になってやる!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る