黒ヤギさんと白ヤギさんの手紙

クマ将軍

きっとこの世の終わりまで続けるんだろうね

 白ヤギさんから手紙が届く。


「冗談じゃねぇ」


 黒ヤギさんがそう吐き捨てて手紙を食べる。

 その瞬間、黒ヤギさんの脳裏に浮かぶ数々の情景。

 この手紙には春が宿っていた。


 思い浮かぶのはあの時、白ヤギさんと喧嘩別れした日。

 自分の半身が失ったような感覚にもう二度とお前のような奴と友達になるかと決意した日だ。

 もう二度と心が傷付かないように、白ヤギの存在を忘れようとした。その筈なのに。


「なんで今更、アイツの事を思い浮かぶんだよ……」


 先程食べた手紙のせいだ。

 春の季節に成長する木で作った紙だからだ。

 そのせいで白ヤギさんと出会った日々が脳裏から離れない。


「くそ……くそ……!」


 今更自分が食べた手紙が何なのか気になって仕方がない。

 だがもう食べた手紙は腹の中だ。

 手遅れだ。もう過ぎた事だ。

 それでも過ぎた物にすがるお前はなんだ。


「白ヤギさん……!」


 お前は何で白ヤギさんなんだ。

 どうして俺は黒ヤギさんなんだ。

 身分違いと色違い。その二つの悩みが混ざり合って感情がグチャグチャになる。

 しかしそれらはどうしても灰色にならない。

 白黒付けるしかないのかと、思い悩んだ黒ヤギさんはペンを咥えて手紙を書いた。


「送った手紙の内容はなんだ」


 たったそれだけの文なのに偉く時間が掛かってしまった。

 文字一つ書くのに体が震えているせいだ。

 お陰で書いた文字が口で書いたように歪みまくってる。

 もしかしてこの漆黒に染まった体が、光に震えているのか?


「……これを頼む」

「バカだねぇ兄さん……どうして自分で聞きに行かないんだい?」

「俺にその資格はねぇ」


 犬の配達士が手紙を受け取る。

 呆れた表情を浮かべた犬は哀れみの眼差しを黒ヤギさんに向けた。

 やめろ、そんな目で見るんじゃねぇと黒ヤギさんは目を背ける。

 まるで負け犬になったような気分だ。


「お前さんらの関係に私は疲れたよ」


 そう言って犬の配達士はどこかへ行った。




 ◇




 黒ヤギさんから手紙が届く。


「誰からだろう」


 白ヤギさんは訝しんだ。

 宛名の意味が分からない。

 そこには黒ヤギさんと書いてあって、白ヤギさんは不思議そうに頭を傾げる。

 何せ自分の世界には白しかなかったから。

 ヤギに黒がいるだなんて今まで聞いた事もなかった。


「新手の詐欺かな」


 まさか詐欺の手紙が自分のところに来るとは思わなかった。

 それだったらえいやと手紙を食べる。

 こんな黒い手紙は食べるに限る。


「でも黒ヤギさんって誰だろう」


 想像する。

 黒いヤギがそこにいて、なんだか懐かしい感じがする。

 でも分からない。黒いヤギってなんだろう。

 どうして君は黒ヤギさんなんだろう。


 そう言えば手紙の内容を見ずに食べちゃった。

 気になって気になって仕方がない。


「もう寝る時間よー」

「はーい」


 母ヤギさんが白ヤギさんに声を掛ける。

 白ヤギさんは母ヤギさんが好きだ。

 でも時折怖いと感じるところがあって、怒らせたくない。


「うーん……」


 でもこの見知らぬ人のことを知りたい。

 だからペンを咥えて手紙を書いた。


「送った手紙の内容はなんですか」


 ウキウキとした気分で書いてしまった。

 つい勢い余って春の匂いが着いた紙を使った。

 思えば手紙を書いたのはこれが初めてだ。


「はいお願いします」

「バカだねぇ姉さん……どうして自分から会いに行かないんだい?」

「会いに行くってどういう事?」


 犬の配達士が手紙を受け取る。

 表情は帽子で隠れて見えない。

 それが不思議だったけど、もう寝なくちゃと踵を返す。

 もし黒ヤギさんが本当にいたら、どうしようか。

 出会えるのを楽しみに思いながら目を瞑る。


 その寝顔を母ヤギさんがじっと見つめていた。


「お前さんらはきっと、この世の終わりまで続けるんだろうよ」


 そう言って犬の配達士は気の毒そうな顔を浮かべてどこかへ行った。

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