届かないはずのチョコレート
キエツナゴム
第1話 奇跡と想いを載せた本
本当に奇妙な体験だった。
本当に嬉しい体験だった。
本当に悲しい体験だった。
そして、
本当に夢見心地の体験だった。
僕、如月怜翔はまだ肌寒さを感じる季節にそんな体験をしたのだった。
2月7日(日)午前。
「そういえばアレ最近読んでなかったな」
思い出したのは、本当にただの偶然だった。
僕は家の近くにある市民図書館にある本を探しに行った。
「本当にないんですか?」
「はい。申し訳ありませんが、その本は当館では扱っておりません」
「そうですか。ありがとうございました」
「あ、でもこの図書館なら置いてあると思いますよ」
そう言って図書館員の女性は、僕に地図付きのチラシを1枚渡してくれた。
「ここは?」
「ここから自転車で1時間半くらいの距離はありますが、この辺りで一番大きな図書館です」
(藍野図書館かぁ。)
僕はサラッとチラシに目を通した後に、
「ありがとうございます」
と、図書館員の人にお礼を行って市民図書館を出た。
一旦家に帰り、色々な準備をして、藍野図書館に行くということを母に話して、また家を出発しようと玄関で靴紐を結んでいたとき、
「あの本なの?」
母が尋ねてきた。
「……そうだよ」
僕は少し言葉を詰まらせたように答えた。
「じゃあ行ってきます」
「あ、7時までには帰るのよ」
「うん。わかったよ」
僕は家を出て自転車に乗り、藍野図書館へと向かった。
ーー
「ここか」
目の前には大分と年季は入っているが、市民図書館の3倍くらいの大きさの図書館が立っていた。
入り口の手動の扉を開き、中に入ると、本当にたくさんの本が棚に陳列されてあった。
少したくさんの本に圧倒されたあとに、僕は入り口付近の受付の人のところへ行った。
「すいません」
僕は受付の40代くらいの男性に語りかけた。
「何かお困りでしょうか?」
男性は笑顔で聞き返してくれた。
「実は、ある本を探していて……」
「その本ですか。それなら確か……2階に登って頂いて一番近くにある棚にあると思います」
男性は僕の本についての説明を聞きながらコンピュータを操作して、本の場所を教えてくれた。
「ありがとうございました」
お礼を言うと、
「また、お困りのことがあればなんなりとお尋ね下さい。」
と返してくれた。
2階に登り、言われた通りの棚を探すと、
「あった」
すぐに目的の本を見つけることができた。
(懐かしいな。あれからもう3年か。あいつ、この本、マジで好きだったもんな。あいつは、本当に……)
全くこういう感情になる気は無かったのに、自然と涙が流れてきた。
涙を服の袖で拭い、近くの椅子に座り、本を開き、読み始めた。
(そういえばこういう話だったなぁ)
思い返すといつのまにかまた泣いてしまっていた。
そして、涙が本に落ちてしまった。
そのとき、
「……!!」
急に本から眩しいほどの光が放たれ、思わず、目を閉じてしまった。
「お探しの本は見つかりましたか?」
目を開けると、受付にいた男性が目の前に立っていた。
「あ、えーと、はい。見つかりました。それよりも、今さっき僕の周り一瞬だけど光りませんでしたか?」
「光……。いえ、何も異常がなかったかのように見えましたが……」
「そうですか。ならいいんです。すいません」
「いえいえ。また、何かございましたらお声がけください」
「はい。ありがとうございました」
(あれ? さっきのは見間違いだったのか?)
気を取直して、もういちど、本を読み始める。
「その本......読んでるんだね」
前方から声が聞こえたので、確認の為に顔をあげたそのとき、
「!!! お、お前っ!?」
「どうしたの? そんなに驚いて。って言っても驚くよね。私もびっくりしてるもん」
そこには、一人の見覚えのある少女が立っていた。
あの頃のまま、美しいまま立っていた。
僕の初恋の人が立っていた。
「ち……よ……千代なのか!?」
僕は彼女に小さい声で呟いたあと、少し大きな声で目の前の少女に質問をした。
質問というよりは確認に近かったのだが。
「う、うん。そうだよ。久しぶりだね」
彼女はにこやかに答えた。
「でも、おまえ、3年前に死んだはずじゃ…」
「そ、それは…」
さっきよりも大きな声で確認をとると、千代は少し黙り込んでしまった。
そのとき、
「お客様。図書館では、お静かにお願いします」
注意してきたのは、少女ではなく、受付の男性であった。
「すいません。昔の…友達と久しぶりに会えて興奮してしまいました」
「と、友達ですか。ええと、失礼ですが、その友達というのは何処にいらっしゃるのですか?」
男性は妙な質問をしてきた。
「そこの女の子ですよ」
千代を指差して答えた。
「どの人でございますか?」
「そこです!そこにいる女の子ですよ!」
「なるほど」
男性は少し考えた後に、
「失礼ですがお客様、少しお時間を頂いても、よろしいですか?ほんの少しで終わりますので」
「ええ。大丈夫ですけど……」
と答えると、男性は1階のスタッフ専用の小部屋へと僕と千代を案内してくれた。
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