歓送の歌

玄武堂 孝

【KAC20227】歓送の歌

 僕こと加原かばら 一はクラス単位で異世界召喚され淫魔王と呼ばれる存在となった。

 チートで無双し、そのたびに嫁が増えていった。



 異世界チートの僕でも何でも思い通りになるわけじゃない。

 むしろチートでやらかした後始末に収集をつけるのは難しい。

 そしてパセット家族の別れというイベントを発生させたのは間違いなく僕だった。


「ペーターとエイミーの2人と離れて暮らしたいと思います」


 突然の父親ケントからの申し出に僕らは困惑した。


 パセット家の4人は僕の領地サザンクロスに最初に移住してきた家族だった。

 父親であるケントは『魔河まがの呪い』という奇病に蝕まれていたが現在は完治している。

 テツの農業試験場を手伝いながらカバラ邸の庭の手入れなんかをしてくれていた。

 妻のハンナは妖精メイドのシルキー達と仲良く家事をこなしてくれていた。

 正妻のヘラもハンナと楽しく過ごしていた。

 娘のエイミーはリゼの権能によって天啓職【聖女】を発現、【妖精女王】ティターニアであるニアと仲良くしていた。

 将来的には【大聖母】リゼを超える存在になると言われ聖女教室で学んでいた。

 それを守りたいというペーターに魔法を贈った結果、天啓職【聖騎士】を発現した。

 武術を【武神】であるゲルト老から、魔法をフィレモン牧師から指示を受けたペーターを将来有望だと誰もが思っていた。

 そんなペーターとエイミーを養子に迎え、帝国貴族であるシュバルツシュルト騎士侯家の後継者とした。

 ゆくゆくは子爵・男爵、いやシュバルツシュピーゲル公爵を継いでもらいたいと考えていた。

 だが誰もが貴族として生きる事が最高だとは考えていない。

 僕はそれを理解していたはずなのにケントに言われるまで忘れていた。


 ケント達を帰属にする提案はやんわりと拒否された。

 片田舎で農民をしていたケントを力技で貴族にするのは今の僕なら造作もなかった。

 だがケント達はそれを望まなかった。


 【暗示】という魔法がある。

 これはMPを盛れば事実上の『強制』になる危険な魔法だ。

 それこそ『悪逆皇帝』の『ギアス』のような使用方法も可能。

 だがこれを使えば僕は僕でいられないだろう。

 敵に対して使う事は躊躇しない。

 だが味方にも使えばそれは際限なくなるのはわかっていた。

 こんな便利なツールを使えば僕は抜け出せないだろう。

 だから使えなかった。

 どんなチート持ちでもそれを無制限に使えるわけじゃない。

 いや、使ったら駄目だ。

 際限なく使いまくり、僕は本物の魔王に堕ちるだろう。


「ここに来てから半年ですがこんなに急発展するとは思っていませんでした。

 私が訪れた時は魔物が徘徊する怖い森でしたから」


「そうだったね。」


 ケント達との出会いを思い出していた。

 当時は黒騎士の家しかなかった魔河南まかなんに三の村を追い出されたパセット一家は訪れた。

 4人とも痩せこけていて畑にあった野菜をワイルドに貪ったのは懐かしい記憶だ。


「実際に魔物はニア様を恐れて近寄らないとの事でしたね。

 ですがそれを私達は知りませんでしたから…」


 【妖精女王】であるニアはレベル1300というありえない強さだ。

 魔河南の魔物のレベルは40程度と人間には圧倒的だがニアから見れば虫同然だ。


「娘には魔河南は怖い魔物が多いと教えていたのであの夜の出来事はなんと説明すればいいのか本当に困りました」


「やめて!あれは黒歴史だから!!」


 隣の部屋にパセット一家がいるにも関わらず酔った勢いでいちゃいちゃして始めてしまった。

 翌朝にエイミーが夜に魔獣の声がしたと泣かれたのは困った。

 ケントは僕の弱みを色々握っているんだからもっと要求してもいいのに決してしない。


「…あの日、私は家族を道連れに死ぬつもりでした」


 ケントが真面目な顔になる。

 多分そうだろうと思っていた。

 辺境には食えなくなった人間が魔河に身投げする『魔河参り』という風習がある。

 農作業できなくなった老人はひっそり家を出て帰ってこない。

 自分の父親が、祖父がそうであったからと言った老人を知っている。

 サザンクロスでは人手不足だからそういった老人を迎え入れて軽作業に従事してもらっている。

 現代日本では人が嫌がる仕事をこの世界の老人は進んで行ってくれる。

 僕はそんな老人達を気に入っている。

 スペックはあっても仕事をしない若造より出来る事は少ないが真面目にこなす老人のほうがコスパがいいからだ。


「それが神の導きでハジメ様と出会い、夢のような日々を過ごさせてもらいました」


 僕からすれば最初に訪れた領民を優遇する必要があるという高率重視の領地政策だったと思う。

 でも今はそれだけじゃない。

 憂鬱な貴族との関わり合いや殺し合いのあとカバラ邸に戻ればケントやハンナがいつもの笑顔で出迎えてくれた。

 それがどんなに貴重だったかは僕自身が知っている。


「ですがこのまま甘えっぱなしでは心苦しいのです。

 ですから今回お願いして外に出させてもらいました。

 ハジメ様の領地を発展させるお手伝いをさせてください」


 ケントを『はじまりの村』の村長として送り出す。

 始まりの村は僕とニア、ヘラが遊びに行った海岸に作った村だ。

 サザンクロスから南に100㎞に位置する。

 現在はスライムが細々と干物作りをしている場所だ。

 そこに村を作りサザンクロスとは違ったコンセプトで発展させていく。

 コンセプトは漁村。

 この世界は海に強力な魔物が存在するため海運はまったく発展していない。

 だから海産物は近隣の場所でのみ食用されている。

 それを鉄道を使って輸送する。

 それは新鮮な魚介だけではない。

 干物などの加工品や塩田からの塩などなど。

 いずれは村から町、そして大きな都市へと発展させる。

 さらに船団を組織して海運業を始めようという野望もある。

 信頼できるケントだからこそこのポジションに据えたのだが本人はそうは思っていないようだった。


「私に出来る事など多くはありませんが…」


「そんな事はないよ」


 ケントとハンナを見送りにきた人の数を見ればそれは一目瞭然だ。

 カバラ邸で暮らすヘラ達お嫁さんズ以外にも多くの人がいた。

 比較的初期にカバラ邸で生活していたジンやテツ。

 ひたすら引きこもって創作活動をしているマインでさえこの場に姿を見せている。

 フィレモン牧師とザーラ。

 最近では工房に籠り気味なレオンハート博士は『太陽がまぶしい』と目を細めている。

 ビックにゃんこモードのニアに騎乗しているのぞみん。

 普段は男性の前では姿を現さないシルキー達もいた。

 話しかけられたケント自身が初めて姿を見るので困惑している。

 ほかにも多くの人がケント達の見送りに集まり駅のホームから溢れそうだった。

 ホームの拡張工事を早くも計画しなくてはならないほどだった。


「ケント自身は自分が特別な力がないと思っているようだけれどそうじゃない。

 ケントは人をつなぐ力を持っている。

 多分最強の力だよ」


 僕はチート持ちかも知れないが人見知りで人をまとめるのが苦手だ。

 だからこの力が素晴らしい事を知っているし、素直に称賛する。

 でもいつまでも苦手を苦手のままにしては駄目だ。

 僕は領主なんだ。

 苦手だからしなくていいを選択する事は出来るが領民が不利益を被る場合がある。

 だから苦手は一つでもなくすように努力すべきだ。

 そんな僕の苦手の一つに『歌』がある。

 音痴というわけじゃない。

 でも僕は声が高いのでそれを音楽の授業中にからかわれて以来歌うのが好きじゃない。

 だから卒業式なんかでも歌うことなくいつも口パクで誤魔化していた。

 今日からそれをやめる。

 大分良くなってきたがいまだに僕は口ベタだ。

 僕以外にもそんな人は多い。

 そんな口ベタな先人が人を送るために歌を使ったのだと思う。

 それにならう。

 卒業式にはいくつもの歌を歌った。

 だがそのどれもが僕にはしっくりこなかった。

 音楽の教科書に載っているものもあれば流行歌手のものもあった。

 だがヲタクの僕の心に響かなかった。


 ~♪


 アニメ『銀英伝』3期のED。

 銀英伝には2人の主人公がいる。

 その1人であるヤンは不平屋で皮肉屋、そして平和主義者であるにも関わらず戦争では常勝という僕に似た印象の人物だ。

 そのヤンの死と入れ替わりに主人公になるのがヤンの養子である18歳のユリアン。

 この歌が流れるエンディングでは生前のヤンの映像を一人寂しげに観ているユリアンが描かれている。

 4期での改装でヤンが言葉を発しない事を疑問に思って父さんに質問すると同時期に声優さんも亡くなっているという事だった。

 そんな逸話のある歌なのだが歌詞の内容は死に別れをイメージさせるものではない。

 そして僕とケントの別れは死に別れじゃない。

 でも涙が溢れ出す。

 僕はこれからどれだけの『出会いと別れ』を繰り返すのだろう。

 この世界ではMP総量が多いほど死から遠のく。

 チートでMP総量の増え過ぎた僕はすでに事実上の不老不死となった。

 いつかはケントと死に別れる日もくるだろう。

 ジンやテツ、そのほかの親しくなった人達とも。

 そう考えると涙が止まらなくなり歌詞が途切れ始める。


 ~♪♪♪


 それをジンやテツ、そしてマインが補完してくれた。

 そういえばみんなでビデオを観た事があった。

 そして歌自体が日本語だと今頃気付く。

 ヘラがその小さな手で僕の手をぎゅっと握る。

 歌えないが気持ちは一緒だという意味だろう。

 僕はみんなの力を借りてなんとか歌い切った。


「この歌は同じ目標に向かって頑張っていれば遠く離れていてもそれは別れじゃないって歌。

 僕はこれからも領地を豊かにする努力をする。

 だからケントも僕に協力して欲しい」


 涙を拭いた手は濡れていた。

 でもケントは差し出された手を取り、固く握手を交わしてくれた。

 死に別れじゃない。

 【転移】持ちの僕はいつでも2人に会いに行ける。

 鉄道だって、街道だって整備済みなのだからプチ旅行感覚で会いにいくのもいいだろう。

 そんな説得を自分自身にして2人を送り出したのだった。



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