幽八花あかね

出会いと別れ

 出会ったときは、これは運命なんだって自惚れた。桜の下にいた君があまりにも綺麗で儚くて、僕は思わず胸をときめかせて、君のアドレスなんて聞いてしまった。

「携帯、持ってないの」

 そう言った君との連絡手段は、無かった。君は、ただただ死を待つだけの難病患者で、僕は足の小指を骨折したのが完治した一般人だった。君は本当に携帯を持っていなくて、身寄りもなくて、親族の遺産を治療費にあてて、ぽんやりとそこに生きていた。

 君と繋がっているためには、君の病室に見舞いにいくしかなかった。

「お金は、あるの」

 そう言った君の部屋は個室で、けっこう立派で広かった。

 君は、そのうち「崩れて」逝く。とも言った。木の幹みたいに体がゆっくりと固くなって、自分じゃ何もできなくなる。どこかの指の爪が剥がれるのを皮切りに、他のパーツもぽろぽろと、花びらみたいになっていく。

「崩れる前にね、私は箱に入れられるの。病室でバラバラになると、片付けるのが面倒だからね、事前に小さなところに閉じ込めてしまうのよ」

 小さい子を折檻するのを楽しむサディストな毒親のような雰囲気と声色で、幼い顔立ちをした君は笑っていた。

「私ね、桜のお花が好きなのよ。私もあんなふうに綺麗に散っていきたいの」

 あとね、あなたと出会った日に咲いてたから。だから好きなのよ。とも君は言う。まったく勘弁してほしい。ときめくから。

 君は箱に入る。僕は君の箱を盗む。毎日「おはよう」って言った。「おやすみ」も言った。君はなかなか崩れない。君は素敵な木の幹だった。

 あっ。

 別れは突然。気づけば花びらになっていた。これは灰ではないけれど、僕は枯れた桜に君をまく。

 あたたかくなった頃、君を食べて育った桜が花を咲かせるように。君と再会できるように。

 ――春。桜咲く季節。君が生きていた季節。

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幽八花あかね @yuyake-akane

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