第27話【第六章】
【第六章】
国防省本部ビルの大会議室で、霧香は今までに分かった情報と作戦の立案に携わっていた。
本来、警視庁所属の霧香、それに山路や華山は、国防省とは別行動を取っている。それが超法規的措置ということで共同戦線を張ることになったのは、当然ながらモノリスの脅威を最小限度の犠牲で抑えるためだ。
《ありがとう、雨宮警部補。他に何か質問のある者は?》
司会進行役の国防空軍少尉が呼びかける。
ぽつりぽつりと手が上がったが、霧香に答えられないものはなかった。それほどまでに、霧香が今まで得てきた情報、体験してきた状況というものが、切羽詰まったものなのだ。
作戦は、まずは電磁ワイヤーをどう扱うか、から始まった。廻の精神波を使い、グランド・テックのワイヤーを先に解除し、モノリスに対して一方的に攻撃できる時間を作る。
それから遠隔操縦で、モノリスを完膚なきまでに破壊。その上で、宮藤たちによる新規ワイヤー投下作戦が行われ、それでモノリスを完全破壊、または半永久的に行動不能とする。
問題は、グランド・テックの足元で妨害工作を行っている、黒淵会の一部勢力をどうやって無力化するか、ということ。もしかしたら、廻の精神波を相殺するような特殊な電磁波を発するつもりかもしれない。何としてでも、それは食い止めねば。
「残念ですが、殲滅するしかないでしょう」
霧香の『殲滅』という言葉に、山路はぞくり、と肩を震わせた。
まさかあの日、雨宮邸で出会った女の子が、こんな言葉を使う日が来るとは。
「しかし、接近はどうする? 周囲の海域には機雷が配されているとのことだったが」
「自分が行きます」
即答したのは霧香だが、それにいち早く応じたのは山路だった。
「馬鹿野郎! お前は水が苦手だ、って……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ、山路さん。私が注意すべきなのは、ホバークラフトから落ちないようにすることと、敵の攻撃を喰らわないこと。なんとかこなしてみせるよ」
「そんな、言うのは簡単だが――」
と言いかけて、山路は口を噤んだ。霧香の横顔が、あまりに似ていたのだ。過酷な作戦に向かう直前の雨宮兼嗣に。
「了解」
そう呟いて、山路もまた腰を上げた。
「自分も、雨宮警部補に同行させてください」
《確か君は――》
「警視庁警備部SCB課所属、山路幸雄警部であります」
《そうか》
作戦本部長の空軍大佐は、ゆっくりと視線を華山に向けた。
《華山くん、二人の提案に異存はないかね?》
「ありません。ただ生きて帰ってきてほしい。それだけです」
《了解した。それでは、本会議はこれにて解散。明後日の作戦開始に向けて、各員十分英気を養うように。以上だ!》
こうして、霧香たちは会議から解放された。軍属はまだ話の続きがあるらしい。戦闘機での攻撃のタイミングがどうたらこうたら言っている。
霧香にしてみれば、同士討ちさえ避けてくれればそれでいいのだが。
ガシュン、とドアがスライドして廊下に出る。そこに立っていたのは廻だった。
「霧香!」
「おう、廻」
「僕は……僕は一体何をすればいいんだ? グランド・テックの操縦って……」
「今教えてやる。一旦私の部屋に来てくれ」
「りょ、了解」
※
霧香はこの部屋を『私の部屋』と言っていたが、当然ながらここは非常事態用に宛がわれた部屋であり、特に部屋の主の性格を表すものは特になかった。
強いて言えば、何も余計なものがないところが、霧香のこざっぱりした性格にあっているだろうか。
入室するなり、霧香は慎重にロックをかけ、語り出した。
「ハナちゃんが調べてくれたんだけどね。廻、君には雨宮美冬……私の母さんと同じことをやってもらう。ただし、それはグランド・テックでモノリスを倒すまでの間の話だ。未来永劫、ってわけじゃないから、そこは安心してくれ」
ふむ。ここまでは自分が聞かされたとおりだな。そう廻は脳内で復習する。
「でもさ、グランド・テックの操縦ってどうやるの? コクピットも何もないんだろ?」
「そこで出番なんだよ、母さんよりもずっと強力な、お前の精神波発信能力が」
「はっしん……何?」
「要するに、念じるだけであの巨体を動かせるってこと。コクピットは不要だし、ましてや乗り込む必要なんてない。お前は安全なところから、それこそゲーム感覚でモノリスを砕いてやればいい」
そんなに上手くいくのだろうか? そんな疑問が廻の顔に出たのだろう、霧香は付け足した。
「母さんの精神波を受信・増幅するためのユニットは、今モノリスの足元にある。距離にして約百二十メートルほど離れているんだ。でも、お前の精神波の強度だったら、ここから、つまり完全に安全な場所から、三キロメートルくらい離れていればいい」
雨宮美冬の目的が『電磁ワイヤーの維持』だったのに対し、廻に課せられた任務は『グランド・テックでモノリスをボコボコにする』ことだという。しかも、廻の方は割かし安全なところからの精神波の発信でどうにかなる。
廻はこくこくと頷きながら、分かった、と一言。
しかし――。
「ねえ、霧香」
「うん?」
「霧香とおっさんは、精神波妨害をしてくるテロリストを駆逐するために、グランド・テックの足元まで行くんだろ?」
「ああ」
「――怖く、ないの?」
ミストシャワーの温度調整をしていた霧香の手が、ぴくり、と跳ねて止まった。
「だって、シャワーなんかと違って、四方八方から水圧がかかるんだよ? しかも霧香はサイボーグだから――」
そこまで言ってから、しまった、と廻は口元に手を遣った。だが、霧香はもうシャワーの調整作業に戻っている。作業が完了すると、霧香はこちらに背を向けたまま溜息をついた。
「お前さんを見て考え直したんだよ、廻」
「は?」
「私が水を怖がっているのは、水中に投げ出されたら自分がどうなるか分からない、ってことが不安でしょうがないからだ。それに比べれば、お前は自分の出生に関して、まだ完全ではないかもしれないけど、呑み込もうとしている。立派だよ」
まあ、お前の自殺を止めたのは山路さんだけどな。その事実はきちんとつけ足しておく。
すると、霧香の背後から、ずずっ、と鼻をすする音がした。
「何だよ廻、自分自身のこととなると、随分涙もろいじゃないか」
「だ、だって、霧香と違って僕は人間じゃないんだよ? どれほど機械化しても、霧香やおっさんは人間だ。でも僕は、生まれがアンドロイドだから……」
俯いていた廻の頭に、軽く手が載せられる。
「生まれ方なんて知らないよ」
軽く屈み込んだ霧香は、穏やかな笑みを作った。
「有体な言い方だけど、やっぱ生き物なんだし、どうやって生まれたかよりも、どう生きていくか、の方が重要なんじゃないの?」
廻ははっと目を見開いた。
そうだ。これこそが自分が何よりも欲していた言葉だ。
それが言葉である以上、上っ面をなぞっただけのような部分もあるかもしれない。だが、それを言ったのは霧香だ。自分がいつの間にか信頼を置けるようになった、数少ない人間だ。
そう思うと、次から次へと涙が溢れてきた。
「あ……とう」
「ん? 何だって?」
「あっ、ありがとうって言ったんだ、馬鹿!」
すると廻は霧香に背を向け、手の甲で目を擦り始めた。
「ああ、ティッシュはそっちにあるから。あと、私がシャワー浴びてる間に覗くなよ」
「そんなことするか!」
せっかく感動的な場面だったのに、これでは台無しだ。だが、廻は意外なほど、不快な思いをしていない自分に気づいた。
これが人間の情というものなのだろうか。
※
隣室、山路の個室にて。
「本当に君まで行くのかい、山路?」
「心配ですか、華山課長?」
「そりゃあね。部下を二人も海に、それも機雷の浮いてる狭い海域に派遣するんだ。本来なら軍務だろうに……」
「まあね。気持ちは分りますよ」
弾倉に爆裂徹甲弾を嵌め込みながら、何ともないかのように山路は答える。
「あたしは君と霧香に命を救われている。まだ恩を返しきってないんだよ」
「贅沢なお人だ、まったく」
くくく、と喉を鳴らしながら山路が告げる。
華山の両親は、爆弾テロで殺害されている。その爆薬の臭いを探知したのが、当時七歳だった霧香だった。彼女に従い、辛うじて爆発間際に華山を救いだしたのが山路だ。
「君も罪な男だねえ。あたしといいキリちゃんといい、随分と女の子のヒーローになってるじゃないか」
「俺はヒーローなんかじゃありませんよ」
山路は軽く目を細め、華山に向かってこう言った。
「ただ、その場にいただけです」
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