先輩の先輩

霜月かつろう

第1話

「ねえ。スケート辞めるって本当ですか?」


 勇気を振り絞って、練習後の先輩を追いかけてから質問した。駐車場には迎えの車がすでに来ているのか、先輩は止まっている車のひとつにいるであろう親に向かって軽く合図をするとこっちを向いてくれる。


「なんだよ先輩。急にそんなこと」


 学校では彼が先輩。でもスケートでは私が先輩。だから先輩は私のことを先輩と言う。私も彼のことを先輩と言う。それは不思議な関係だと気がついたのは最近のことだ。


「本当なんですか」


 誤魔化そうとしてるのがわかったので、それを与える隙きを与えてはあげない。こちらだって相応の覚悟を持って話しかけているのだ。はぐらかされては困ってしまう。


「ああ。本当。先輩にはお世話になった。でも、もう自分の実力に限界を感じてしまったからには続けられないよ」

「そんなことないじゃないですか。この前の県予選だって2位だったし。関東大会行けるし。その先立ってきっと……」


 きっとなんなのだ。自分でもわからない。


「そういう問題じゃないのわかってるだろ。スケートは自分との戦いだ。トリプルが安定しない以上。これ以上は無理だ。時間制限オーバーってやつだ」


 わかる。そんな人を沢山見てきたし、実際に先輩の実力では今以上の成績を出すのは難しい。それは先輩自身が一番良くわかっているはずなのに。


「なんだよ。ここで会えなくて残念がってるのか?明日からも学校で会えるじゃないか」


 そうじゃない。


「それとも、スケートしてる俺に惚れたっていうのかよ。先輩とあろう人が」


 そんなんでもない。


「どうしたんだよ。らしくないぞ」


 らしくないのは先輩の方だ。スケートを始めるのが遅かったからかジャンプを跳べるようになるまで人一倍時間がかかった。スピンで目を回さなくなるまで人一倍努力していた。


「諦めるなんて先輩らしくないじゃないですか」


 そんな先輩に出会えたからこそ私も頑張ってこれたというのに。これで先輩までいなくなってしまっては私は……。


「らしくないか。そうかもしれないな……。でも仕方ないんだ。本当にもう限界なんだよ」


 それをつぶやくように口から発した先輩の表情が見たこともないくらい苦悩に満ちていて。それ以上なんにも言えなくなってしまった。


 そのまま立ち去先輩を黙って見送る。


「じゃな。先輩。また学校で」


 もう先輩の先輩じゃありません。そう小さく呟いた言葉が先輩に届いのか。それはわからなかった。

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先輩の先輩 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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