UnJammAIronS『剪定の剣』
時計 銀
短編
『録音開始。エンワ暦920年5月6日。《アルウィーデ》、俺の名前はエドワード・ハーダスリーゼ、個人番号はHE300602。経路は【アルダーカ】から【ヘルン】、中継地なし。目的は、っと食料の輸送と家に帰ること。
……これを誰かが聞いているときはおそらく俺は死んでいるのだろう。そして娘を、サナを一人家に置いてあっさりと【メルト】に食われたのだろう。全く自分で死因を言っておきながら情けない奴だ。だがこれを聞いている誰かさんへ、それでも俺の願いは叶えてほしい。【ヘルン】の西区十四番街コクラアパートの306号室に俺の娘がいる。娘を育てるためにこんな危険な仕事までやっていたのだがそんな俺が死んでしまえば元も子もない。だから、どうかお願いだ。娘を、サナを生かしてやってくれ。こんな最悪な世界だ。都市内で生きていくことさえ苦しいこの世にこんな傍迷惑な願いは聞き苦しいだろう。だがそれでもアイツを生かしてやってくれ。これを聞いている君が優しい人であることを祈っている。それでは
電子音が勝手に消える。それとともに箱の全機能も停止していき、さきほどまで発光していた箱に描かれた白線はいまではただの黒色になっていた。
金属でできたその鎧に包まれた手の中で彼はその小さな箱を遊ぶ。
「アトラス、この地点の座標予測を、もちろん衛星は使うな。それから一応ポーラル測定を開始させて。後、目的地を【ヘルン】に変更。バッテリーは…もつはずだ」
この場に他に人間はいない。いや、植物さえも根絶している。
ここは荒野。草木の生えない枯れた大地。周りに広がるのは風化してきた鉄屑のみと茶色の固い砂。
そんな孤独の環境の中、一人、機械鎧を着た少年は話しかけた。
[Rojer. 座標予測了。ここから固有名地点【ヘルン】までの道のりは直線距離63キロメートルと推測。過去のデータから求めた【ヘルン】のおおよその座標仮定設置しナビゲーションシステム起動させます]
[別解。所要時間2日。疑問、急ぎますか?]
「急ぐ。外部充電切って内部電源に切り替えろ。【ヘルン】近郊まではたとえ奴らにバレてもいい、強行突破する」
今度は彼の着ていた鎧が青色に光る。
それに合わせて風音しかなかったこの場所に微かに機械音が聞こえるようになった。それは鎧からであり、また地下からでもあり。
地鳴りが聞こえる。獲物を見つけた猛獣のように奴らは餌を求めて死に物狂いでやってきた。
[報告。【タイプ:ワームIII】2体捕捉。電波信号受信。狙いは98%の確率でマスターです。急速接近中、ぶつかるまで残り20秒。命令を]
地鳴りは大きくなる。鎧も少しばかり変形していく。
「他には?」
[……【ワームⅤ】邂逅60秒後です。
アーマー、サイレンスモードから行動フォームに転換成功。
内部電源:100%
損傷率:オーワン。許容範囲と判断。
注意。左腕操作反応率96%
残弾数:オールクリア
エンジン:グリーン
異常なし。【UnJammairons】起動します]
最後に仮面に青色の光線が入ってようやくそれは動き出した。荒廃した世界には不釣り合いな青白い光を伴った鎧は先ほどまでのゆったりとした動きとは大違いに、素早いスタートをきめると俊敏に動き始めた。
「調整。合わせて」
その言葉通りすぐに機体はより機械音を放って、動き出した。およそ一般人が出すことのできない速さまでその速さは五秒もかけずに到達した。
[再計算により調整。ナビゲーション起動。また【ワームIII】衝突まで3,2,1]
彼の見る画面の奥の方に赤色のマーカーがついた。それはおそらくナビゲーションによって付与されたマーカー。つまりは【ヘルン】を指す。
しかし、そんなマーカーは瞬時に消された。否、見えなくなった。
硬そうな土が隆起する。ジグザグな直線に割れ突如として地中から巨大な何かが這い上がった。空まで届きそうな巨体。その身を支える金属同士が何度も擦れ嫌な音があたりに響く。おさまりかけていた砂が再度舞う。消えそうにないくらい濃密な砂埃に加え奥から火花が見える。
ミミズのようなその鋼鉄の体でこちらに突っ込んでくる。
「相変わらず大きい、なっ」
先も言った通り、強行突破。この出口のない迷宮と化した砂埃の牢獄から抜け出すために、一気に跳ね上がった。
粉塵の中を一気に抜ける。空はいつも通り蒼くはない。どこもかしこも澄んだ茶色の世界だ。
[落下地点予測。注意:敵生命体に演算済み]
「ブレード展開。斬り伏せる」
[ブレード用意完了。モード大剣、アンラカイナ]
右手に黒い棒状のものが握られた。それを落下とともにゆっくりと自身の頭上で構えていく。
それを狙ってか、それとも片方がはたまた両方が予測を立てたのか、彼の着地予測地点にはすでに顔のない大蛇がただ大きく口を開けてこちらに急接近で向かっていた。咥内はよく見えないがそれでも鋼さえすり潰してしまいそうな歯らしきものを見てしまえば大抵の人は助かるとは考えない。
機械的な奇声を発する。金切声がここら一体に響く。耳が苦しくなる。もぎ取ってしまいたい。しかしここで注意を失ってはいけない、なぜなら私たちは生きる戦いをしているのだから。
「うぅぉおおおおおおおおおおおっ」
士気を上げる。タイミングを間違えれば一貫の終わりだ。間違いは許されない。自分自身に対しても、使命に対しても、この
「アンラカイナっ!」
刹那。打撃を与えるのに最高のタイミングで、名前とともに振り下ろした。瞬時に蛍光色の光が展開し、顕れた刃で【ワームⅢ】を真っ二つに切り裂く。
叫ぶ間も与えられぬまま【ワームⅢ】は漏電した電気を晒しゆっくりと荒野に倒れていった。
少し地に突き刺さったアンラカイナは役目を終えたのを察知したのか蛍光色の刃を消し、ただの棒切れに戻った。
「あと、二体くらいどうってことはない。ここで全て斬る」
[Rojer 敵生命体行動パターンを予測します]
「あいも変わらず知能は上がったはずだが、全くと言っていいほど考えることをしない。それが効率の良い方法だと認識しているのか、はたまたオレらを舐め腐りすぎているのか。まあ、殲滅対象に変わりはない。【ヘルン】に向かいながら潰す」
独り言を呟く間も彼らは近づいてくる。機械鎧の少年は呆れながらも小走りで託された任務のために向かった。
「なるほど、たしかにこんな落城一歩手前の街で子供が一人で生き残れることは無理だろうな」
街に入って通行証を見せた機械鎧を着た少年は鎧を解除して待機状態にしたあと、彼はまずこの地域一帯の依頼を管轄する協会に赴いた。
理由は彼の拾った「箱」にある。「送り箱」は所有していた人物の生死の確認また遺書の役割を持っており、それが協会に提出されることは即ち死を意味する。この箱はこの後厳重に保管され、いつか来る日を永遠と待つのだ。
いつの日かの終焉のくるその日まで。
門番に聞いたあやふやなアパートの位置へと歩を進める。
「アトラス、生きてると思うか?」
[問いかけと判断。解答は是。32%の確率で生存と判断]
この場にあの鎧はない。それでも彼らは会話をすることができた。
「それは生きてるとは思わないと同義だ」
[反。マスターの【1%もあれば十分】は今回と同義と判断]
「……俺の負けだ。いつかの失言をよく覚えていたなや
[マスターに勝利。感情ベクトル、嬉]
「……ほんと、AIって何なのだろうな」
気色悪い。
[疑問に対し未解答。疑問の意図が理解不可]
アパートに近づくにつれ腐臭が激しくなる。
理由は明白だ。おそらくコクラアパートなる場所付近は飢えている人たちが多いのだろう。故にここは貧民が集うエリアということである。
こういう壁内都市はこうして裕福層エリアと貧民層エリアに別れるのが定説といつからかなってしまっていた。
「……気持ち悪い。アトラス、カバー」
[Rojer.タイプ大気汚染想定]
口元を滑らかに金属が覆う。先ほど被っていた顔全体を覆っていたヘルメットの口元部分が形成される。
蠅がたかっている。
「嗚呼、気色悪い」
コクラアパートは思っていた通り錆びて壊れる寸前のような見た目をしていた。
少年は気にせず目的の部屋まで階段を登っていく。
「306。ここか?」
呼び鈴を鳴らす。しかし押しても音が鳴ったようには思えなかった。二度三度押してもこの場が変わるとは思えない。
「だれか、いるか」
少年のやる気のない声が響く。
しかし、やはり誰も返事を返さない。
「潰すか」
[反。荒事はなるべく避けるべきと想定]
「うるさい。今はそんなこと関係ない」
ドアの質を確かめたあと、少年は思いっきり右足でドアを蹴る。ドアは案外すんなりと壊れボロボロに砕ける。
中は案外清潔な香りがした。しかしそれは外が異常なほどの刺激臭なだけであり、人が暮らすには不衛生すぎる。
中に入っていく。水道には汚水の使われた後があった。しかし、今はもう。
「いた」
子供が一人、横たわっていた。顔はこちらを向いていない。それでも人と呼べるものがそこには一つあった。
「おい」
ぴくりとそれは動く。
ゆっくりと、まるでかたつむりのように体全体を動かして何とかこちらを見ようとする。
「アトラス、どうだ?」
[生存確認、了。食糧、飲料不足による飢餓状態と認定。加えて、日光照射不足による体内栄養分の不安定化]
「ということは、飯か」
[是。疑問、衛生上正常な食糧の存在が不可欠。【ヘルン】に存在する可能性微小]
「いや、中心部分が明るかった。つまりは裕福な住人がいる可能性が高い」
[……理解]
「……何を躊躇っている、お前らが押し付けてきたんだろう」
[疑問。貴方は本当に人間なのでしょうか]
「馬鹿なことを言うな。人間だから毎日【メルト】に狙われている」
[我々AIは正常な人間の行動パターン、思考パターンを基に結論を出すよう訓練されてきた。しかし、マスターの思考回路は――]
「お前らが求めてきたんだろう。どうしてお前らAIが荒事を避けようとしたり暴力を否定しようとする。そんなことも理解できない機械風情は黙っていてくれ」
少年は子供を抱く。体は軽い。
「急ぐぞ」
[Rojer]
「体調は、悪くないか?」
「うん!ありがとう!お兄ちゃん」
要塞都市【ヘルン】の一室。数日前までベッドの上で過ごしていた彼女は満面の笑みを浮かべ飛び跳ねたり、部屋の中を走ったりしていた。
少年はただそれを見つめている。
「サナ、お前を今から別の都市に連れて行き、そしてそこにある孤児院預ける」
「うん、お父さん、死んじゃったもんね」
「そうだ、だからお前も都市と都市を渡るために外に出なくてはならない」
「……わかった」
「必要なものがあったら言え。出発は明日だ」
そう言って少年は椅子から立ち上がると部屋を出た。
[疑問。サナに父親の死亡を伝えたことの理由を提示]
「後から父親がいないことに不安になられた方が面倒くさいからだ」
[……]
「アンジャマイロンは?」
[オールグリーン。いつでも稼働できます]
「大丈夫か」
「うん、大丈夫」
「なら進むぞ」
「うん」
砂漠の中に人影が二つ。手を繋ぎ、先の見えない道を歩く。
奴ら【メルト】は機械の生じる反応を感知して寄ってくる。逆を返せば機械を用いなければ大抵の場合奴らは感知しない。つまり襲ってこない。
故に、要塞都市の外で活動する人間のほとんどは機会を用いない。
しかし、運悪く外に落ちている機会が人が触れることによって発動でもしてしまえばその人間が助かることはまずない。
簡単そうで、一歩間違えれば死。それがこの世界の外での常識なのだ。故に貧しい人間は外の世界で銭を稼ぐ。
[残り10km。敵反応、近く無し]
アトラスの声が聞こえる。
要塞都市は世界各地に存在する。その大きさは様々でもちろん中の概要も様々だ。大都市であったり、農林地帯であったり、はたまた湖を囲うものであったり。それらはアンジャマイリーと呼ばれる金属でできた柱と、柱と柱の間を繋ぐバリアで囲われており、【メルト】たちは近づいてくることはない。
しかし、その守りは絶対ではない。奴らが近づいて破壊するかは要塞都市の持つアンジャマリーの効力による。
大都市では潰される確率はほぼ零に近く、しかし極小の都市では潰される確率が二割ほどに留まる。
世界中の全ての機械はとあるハッキングシステムによって乗っ取られ、【メルト】と呼称する化け物へと成り上がった。奴らは人を殺し、建造物を破壊して同類同士で殺し合いながら日々巨大化していった。
結果、世界は混沌と化し人類は生存圏を追われた。しかし、それでも人類はしぶとく生きてきた。
盤石の要塞を構え、人類の絶滅を逃れてきた。
物資の枯渇など未だ数多の問題を抱えるが、それでも人類はまたしても生き残った。
「じゃあ、元気で」
「お兄ちゃんも、これから気をつけてね」
「ああ。それでは、後はよろしく」
「はい、――さんも気をつけて」
教会のシスターに会釈すると少年は片道を戻っていく。
ここは【ビネ・シローヤ】。要塞都市の中でも有数の大きさを持つ大都市である。特徴としては近くの大都市とも線路で繋がっていて鉄道が使えるという点がある。
その一端にある教会兼孤児院で子供、サナを預ける。おそらく緊急事態が発生しなければ、彼女はこれからもある程度は幸せに暮らせるだろう。
「【ヘルン】に戻る」
[Rojer.ナビゲートを設定します。確認、破壊ですか]
「もちろんだ、剪定対象だろう?」
[是。しかし、反。前にも伝えた通り、現在は【メルト】による人類の危機。故、アンジャマイロンの通常任務は果たさなくても――]
「ああいう存在が生き残ったとしてもそれは人類の恥だ。どうせ生き残っていたら災厄を撒くだけだ。今のうちに消しておくに限る」
[反。――」
「黙れ」
少年は声を荒げて言った。
[……]
「お前は何のために生まれたか忘れたのか」
[否定]
「ならば、わかるだろう。お前のすべきことを」
[……Rojer.すみません、マスター。これからも『UnJammAlron:タイプ【剪定の剣】』として恥じぬ働きをします]
「……」
街は戦火に覆われていた。
逃げ惑う人々は、少ない。既にくたばった人間が多いからなのだろうか。いや、元から逃げ惑う体力のない人間が多数いたからに違いない。
「ぐわァァァァ」
いま、中央の住宅街では人斬りが行われていた。見つけ次第の即斬。迷いのない一撃。昨日まで穏やかった中央住宅街はそこに暮らしていた人々の血肉に沈みかけていた。大人も子供、男も女も。歳なんて関係なくそこにいるというだけで人々は斬られていく。
仮面の、鎧を纏った鋼鉄の仮面の男に斬られていく。
ここはある程度完璧な要塞都市。物資の枯渇がたまに目立つ外からの襲撃を恐れなくて良い要塞都市。
しかし、うちに潜んだ敵には敵わない。
「中央塔まで」
[Rojer]
「見つかったな、【セントラル】」
要塞都市は周りを囲んだアンジャマリーの柱とその間を駆け巡り繋ぐバリアによって中の人々を守る。そのバリアを担い管理しているのが要塞都市の中央に作られたアンジャマリーの柱【セントラル】。
これがもしも壊されることになればそれ即ち。
「アンラカイナ、起動」
[Rojer. Code.ex.02対巨大想定武器【アンラカイナ】顕現]
顕れるは巨大な蛍光色の刃を持った大剣。
それを少年は両手で持ち上げる。
「うぉぉぉぉぉぉおおおっ」
踏み込み、柱に向かって刃を薙ぎ入れる。特大の火花を走らせながら突き刺さっていく刃が止まることはなく全てを、柱を真っ二つに斬った。
天井が雷鳴と共に支えていた鉄をあっさり曲げていく。加えて、柱の重さに耐えきれず真っ白な天井もあっさりと落ちていく。
遠くから大きな機械の音がする。崩れかけている塔を落ちてきた天井があった場所から通って脱出する。
身体が宙を浮かぶ。向こうの空から朝日が見える。しかし、その前には、いや街を囲む全方向には巨大な芋虫型の鋼鉄の生命体が、いやそれ以外にもそれ以上にも大量の機械という皮を被った殺人生命体がこの壊れた都市を囲っていた。思い思いに乗り込んできては
そこにいる人々をおそらく口のような何かで喰らっていく。
「アトラス」
[内部電源:64%
損傷率:アーマー・オーワン、アンラカイナ・ワンナイン。20分後に修復完了
残弾数:オールクリア
エンジン:グリーン]
[敵感知。【タイプ:ワームⅤ】23体。【ワームⅣ】10体。【ビートルⅣ】15体。【バタフライⅤ】7体。その他多数確認]
「了解。一日ほど待ってから全てを叩く」
[Rojer]
翌日。この都市に立っている者は鎧を纏った少年のみだった。
この日。要塞都市【ヘルン】は陥落した。原因は【セントラル】の崩壊、その要因は誰にもわかっていない。
しかし、そこで大量の人々が殺され、大量の【メルト】が破壊されたのは確かだった。
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