第6話 帰宅

“ガキン”と鍵のかった扉は開くことを拒む。


この時間なら当然か。


いつものカバンから家の鍵を取り出し、挿し込む。

 右にひねると小気味よい金属音が鳴り、鍵が開く。


 廊下の電気は消され、テレビの音も、足音もない。もう寝ているのだろう。


 2階に上がり、自分の部屋に入る。

 兄に借りた漫画が散らばっている。そういえば、直前まで読んでいたんだった。


 とりあえず、着替えよう。上はTシャツならオーバーサイズみたく……ならないな。ダボダボだ。まぁいいや、ジャージを上まであげたら誤魔化せた。


 下は確かタンスの奥に……あった、中学の時の短パン。うわぁ、ウエストめちゃくちゃ余る。あ、腰で引っかった。こんならいいか。


 どうしようか。風呂入るか。下着も今ノーパンなんだから、替えの心配しても――


 兄貴まだ起きてんのか。

 扉の開く音、控えめなスリッパのパタパタという音が聞こえる。


 ……確かめてみるか。


 耳を研ぎ澄ませ、怯えるように部屋を出る。


 足音をたてないように、慎重に、細心の注意を払って歩く。


 台所が明るい。


 扉に手をかける。



 深呼吸をする。



 兄貴がコンロで湯を沸かしている。

 長身、短髪。いつものスウェットに半纏はんてんという格好だ。


 扉を開けた音に反応してこちらを振り返る。


「んぉ?おかえり。」

「…ただいま。」

「風呂は多分もう冷めちまったかな。」

「そっか。」

「腹減ったからラーメン作るけど、セイも食うか?」

「…しょうゆ」

「ん」


 兄貴はちゃっちゃっと作りあげる。

 刻みネギ、ベーコン、海苔をのせ、卵とチューブしょうがを冷蔵庫からだす。

 卵は俺用の1つだけ。


「あ、お茶頼む」

「ん」


 お茶を注ぐ間に、ラーメンがテーブルに運ばれてくる。


「ほい」


 箸が差し出される。当然俺の。


 手だけ合わせて、食べ始める。


「帰ってきたってこたぁダメだったん?」

「るせ」

「ハッ」

「なんで起きてんのさ」

「なんか目ェ覚めた。しばらくスマホいじってたけど腹減ってきたから」

「ふーん」

「あ、しょうがもうねぇじゃん」

「母さんが買ってきたっつってたからどっかにある」

「扉んとこかな」


 兄貴は冷蔵庫の方に向かう。


 いつも通り、変わらない応対をしてくれている。これが異常なことは分かっている。だけど、安堵している、安心している。


 どうやら、クタの魔法はキチンと機能し、俺は日常に戻る事ができている。

 だが、騙しているような罪悪感、自分がなんなのかという疑念、いつか魔法が解けてしまうのではないかという恐怖が背中に張り付いている。

 いつか慣れて何とも思わなくなるのだろうか。ひょっとしたら、一生このままなのだろうか。

 分からない。

 分からないが、今は兄貴とラーメンとに、日常にひたっていたい。

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