夏色の浴衣が祭りを彩る

中村翔

夏色の浴衣が祭りを彩る

 男が呟く。

(戦争も終わり、日本統一か)

「今の日本に何が必要か。か。お爺様も無理を言いなさる。しかし...お爺様が亡き今。私は1人になってしまった。」

 おぎゃーおぎゃー

「おう!可愛い坊ちゃんだねぇ!」

「ありがとうございます...」

「おう!じゃあな!坊主!」

 今の会話...違和感がある。何とは言えないが

「お嬢さん。」

「ねーんねんころりよーおこーろーりーよー。ぼうやはよいこだねんねしな。♪〜」

 鼻歌を唄う少女にもう一度声をかけた。

「お嬢さん。お伺いしたいことがあるのですが。」


 ───夏色の浴衣が祭を彩る。


 この男は流浪人。つまり仕事もなくただ旅をしてるだけの人。

 昨日は追い払われてしまった。

『さっき貴女が話していた人は知り合いなのですか?知り合いにしては知らなすぎる。ちょっと失礼。』

 流浪人は赤ん坊の股間をまさぐる。

『やはり、"ついてない"。女の子ですね?』

『!』女の子から驚嘆の表情が溢れる。

『さっきの男性は坊ちゃんと言っていましたが女の子に坊ちゃんというのはいささか変ではないですか。』

 流浪人が詰め寄る。

 肩を掴みかけ、それを掴まれた。

『おっちゃん。やめときな。それ以上は、』

 流浪人は掴まれた腕をギリッと握ると、優しく相手の胸元へ戻して呼吸を整うのをまち膝をつき言った。

『失礼。私は流浪人。なのでこの土地のことが珍しかった次第です。御婦人の赤ん坊に興味を惹かれた次第です。どうかご容赦を。』

 流浪人は男が黙るのを待ち、立ち上がった。

 帽子を被り直し一礼し、去っていった。


 それが昨日。今日も今日とてのんべんだらり。

 朝に日記をつけ、それが貯まるとそれを売る

 私の日記は思いの外高く売れる。だが、それを一律同じ値段で売っている。それは売る時『いつもこの値段なので』や

『この値段なら前にいた街では喜んで買われた』などと言えるので一律同じ値段なのだ。

 それでも売れない時、

『この住所の人に売ればこの値段の倍はつきます。この街には3日いる予定なので、試しに買ってみてはどうです?』といえば大体は買い取って貰える。

 自分で売れば結構良い値になるだろうが、私は流浪人。そんな大金を持てば腐るという物

 そんなことを書いて今日の日記を終わらせる

(さて、お爺様の言っていた意味)

(お爺様の部下が言っていたか)

(物事を捉えるには単純に理解しろ、か)

(zzz...グーグー)


 ミーンミンミン。

 暑い。寝入ってしまったようだ。

「!!」

 このままでは今日の日記が書けない。

 何もなかったことを書いたことはあったがそれは"何もなかったことが面白い"ように書いただけ。行商人もなんだこれと言っていたが後々今までの10倍以上で売れたことがわかり、それから剣を持ち始めた。

 護身用だから両刃はなくただ相手の剣を落とす為にある。

 名を『対名』(たいめい)

 大名だったがだいみょう?といわれるのでこの名に変えた。(銘は大名と刻んである)

 私は対名を腰に下げ、街を駆け回った。

 が、こんな時なのにエサ(ネタ)がない。

 金もない。こんなご時世に一文銭5枚。

(そういえばお爺様が言ってたっけ?)

 穴の空いた御縁玉神社に投げ入れ願い事。

 お爺様によると御縁玉というのは遠い国の一番小さなお金を5枚で交換できるお金。

 なら一文銭5枚でもいいのでわ?

 とやかく考える間に神社が見えた。

 ではではと神社の階段を登っていく。

(!)

「神社から見る夕焼けはかくも綺麗なものなのですね。」

「あの、」

「?」

 目の前には妙齢の昨日の彼女が立っていた。

「・・・あの」

「はてさて。今日は神社にお参りをと思いまして。もしや神主さまですか?」

「いえ。昨日はどうも。」

「いえ。お互い五体満足でよかった。」

「いえ。そうではなく。ごめんなさい。こんな時なんて言えばいいかわからなくて。本当に。」ペコリ

「・・・頭を上げて下さい。私も赤ん坊をいきなり触るのはいただけない。それより、なにか?」

「いえ。ただ謝りに、」

「もしです。あなたが怖い目にあったとしてそれをすまないと思い、謝るのは大事ですが、その。」

「?」

「それは誇れることだと、そう思います。

 ・・・いえ。そうじゃなく。ナゼ私に謝るのですか?見た目が武士の私に謝れば斬られるとも、」

「実を言うと不思議に思っていたのです。何故見ただけであの子が娘だとわかったのか?何故あの男が知り合いでないとわかったのか?何故分かっていながら質問してきたのか?」

「質問はひとつだけ答えましょう。赤ん坊のオシメを変えるのを見ていた。それだけです。」

「おしめ...とはなんでしょう?」

「オシメを、ご存知ない、と?」

「恥ずかしながら。」

「ではその赤ん坊の股に巻く布。それはなんと言いますか?」

「ぬのはぬのとしか。」

「では、それは常識なのですか?」

「もしや、常識なのでしょうか?おしめ、というのは?」

「ふむ。ありがとうございます。オシメというのは赤ん坊の股に巻く布のことですよ。では。」

(成る程。日本を変える方法は問わないか)

(お爺様。変えて見せましょう)

(日の本を、いえ、この国を!)

「と。こんな感じか。」

 流浪人は紙を大量に買ってきてそれに一枚一枚日本語を書いていった。

「ふー。今日は徹夜だな。」

 流浪人は来た道を戻りながら紙を配った。

 主に子供に。

(確かこの町にあったな)

 紙に書いた住所に古いお寺があった。

「よっと。まずは掃除かなー?」

 流浪人は掃除をし始めた。

 違和感はなかった。しかし。

「そこのお前!何をしている!」

 侍につかまったのだ。

(はは〜ん?)

「お前達はこの寺が誰のものか知っているのか?」

「知らん!お前ではないことは坊さんから聞いた!」

「では話した方が身のためだ。この町の胡桃都古という人は知っているな?」

「知らん知らん。さぁ牢屋へ行くぞ。」

(この国には裁判という物が根付き始めている。なら)

 ギィー。ガチャ。

 目隠しされていたので分からなかったが扉をくぐったのはわかる。

「どこだー!?だせー!!」

 流浪人として騒がずにはいられない。

 それが流浪人としてのサガだからだろう。

「だせー!・・・今1人か?」

「もぐもぐ。ふぁふぁらっへふぁふぁふぇんふぁふょ?」

「最初から暴れる気はない。あったらこんな牢屋など最初からはいってないぞ。」

「もぐもぐ。ずずー。もぐもぐ。へ」

「そうだな。今はこの目隠しを取ってもらいたい。」

「もぐもぐ。」

「なにかいいたいことは?」

「ずずー。おまえさては妖怪か!」

「ははっ。だったら焦れよ。」

「なんだ?斬られるとか思わなかったのか?」

「こっちにも手札があるんだ。花札みたいにな。」

「もぐもぐ。」

「まず、私の身分を明かそう。」

「ずずー。もしやお偉いさんとかいうんじゃないな?」

「もっと簡単だ。隣町の赤瓦の家。いやあれはもはや屋敷か。」

「わかった。その家のむすこ」

「いや違う。その家の娘を剣で負かせて言いなりにさせてる記憶喪失の流浪人だ。」

 看守がなにかを咽せたのがわかる。

「けほっ。そのことでなにかおまえが有利になるのか?」

「いや、ならない。正確にはお前達が困る」

「なぜだ?」

「まずだ。あの寺は元々その家の持ち物で俺が勝負で勝って貰い受けた。いきなり知らん奴がいたら誰でもびっくりする。そこでだ。お前らが俺から譲り受けた経緯が不確かすぎる。最後に。俺はあの寺を売ったら買った奴もろとも村八分と言われている。あー。あいつ今の今まで剣一筋で俺にどんな軽蔑を送るかなー。」

「ははっ。冗談にしては面白いぜ。そのお嬢さんの名は?」

「胡桃都古(くるみとこ)」

 見てなくてもわかる。爪楊枝刺さったな。

「知ってるだろう?あの紅い狂犬こと都古を」

「いやー。その瞳が紅く見えるくらい相手の胴にフルスイングするからな。」

「あれは都古が10歳のころか。道場破りに木刀でフルスイング。唸る相手の後頭部に一撃。更に後ろの味方にグーパン。結局最後まで立ってたのは都古と道場の諸先輩方のみだったか。」

「さて。解いてくれないか?」

「・・・」

 逃げたか?逃げたなら逃げたで自分でなんとかするが。

 ギィー。しゅる。

「これでいいだろう!さっ。だ・ま・れ。」

 だまれとは。

「ひとついいか?」

「武勇伝なら願い下げ。」

「裁判って知ってるか?」


「して。そちが罪人か。罪人。知ってはいると思うが裁判は一度きり。この3日の間に集めた証拠でひっくり返してみせよ!」

「っていっても3日間牢屋に居ただけなんだけどな。」

「なに!?それは本当か!」

「いえ。独り言です。物書きをしてるゆえ」

(この場合武士が言う本当か!は)

(部下よ!否定しろ!だからな)

(武士も奉行も似たものだろ)

「裁判なるものは初めてゆえ、裁判の様子を筆記いたしてもよろしいか?」

「なにゆえ?」

「物書きは知識を蓄えるものです。それら全てを覚えておくのは無理という物。なので筆記を。」

「良かろう。そこの紙を使うといい。」

 スリスリスリスリ。

「?」

(書く物がない。なら。)

「珍しい物を見せたいのですが。」

「なに?珍しい?それは裁判と関係が?」

「あります。とりあえず私のカバンを持ってきて貰えれば。」

 ゴソゴソ。

「ふむふむ。なんか面白いことやってるじゃない?」

(なにか既視感が...)

「して。これは。」

「これは炭を太陽光で焼いたもの。これで書き物ができます。」

「ほほう。貸してみよ。どうつかうのじゃ?」

「そのままでは指につきますゆえ紙で巻いて別の紙になぞれば、このように。」

「つまらぬな。物書きとはこのように書いて疲れんのか?」

「武士が剣を振るのに疲れないのと同じです」

「なに!?武士を愚弄するか!」

「なに。私も剣を振るゆえ。」

「ふん。まあよい。」

「よくないわ。あんた。こいつと勝負しなさいな。負けたら切腹ね。」

「!!。そのような勝負をして私に得がない。ゆえに断る!」

「なら、あんたが勝ったらあの寺があんたのものだってことでどう?負けたら切腹ね。」

「ならルールくらいはちゃんとして欲しいものです」

「あら?切腹ってわかる?まあいいわ。ルールは、3回勝負で一回目が竹光。2回目が木刀。3回目が真剣よ。シンプルじゃない?」

 なかなか怖いことをいってくれる。

「わかった。それを受けよう。」

(この勝負には必勝法がある!)


 さて。負ければ地獄勝っても地獄。

 パン!パン!

 竹光の具合を確かめる。

 竹光。すなわち竹刀。

 はっきり言おう。竹刀での勝率は0%だ。

 何故か?勝つ気がないからだ。

 その話はまた今度。

 さて。

 行司が手を叩くのが始まりの合図らしい。

 パン!

()

 パァーン

「勝負あり!」

 動けなかった。あまりにも速度が違う。

 だが、ここまでは計画通り。

 トントン。トン!トン!!

 このぐらいか。木刀ならこれくらい。

 スッ。

 相手も構える。

「あら?その構えでいいのかしら?」

 構え?剣道なら構えはこうだろう。

「あなたに言ってるのよ。どうしたのよ。あの相手を指すように構えて一歩前に出るような構えは。それともまともに剣道をやりだしたのかしら?」

 この娘は、

 スッ。

 右手は添えるように。左手はギュッと。

 行司が手を叩く。

 パン!

 一回目と同じ。斜めに袈裟斬り。

 それを右手10%左手99%で受け止めてから

 持ち方を変える。左手を短剣を持つように構えて押しつける。そのまま右手に持ち替え右手で面を打つ。

 そのまま二撃。肩に重い一撃。

 相手はもちろん。

「そこまで!...気絶しています。」

「ふむ。相手が居らぬなら勝負はできません。」

「そうね。」

「貴様...最初からこのつもり」

「だから代わりをお父様に努めていただきます。」

 は?お父様。

「あら?このまま無罪とでも?それは約束が違います。お父様が不満なら。」

 この私でも。


 真剣を真剣に吟味する。真剣を持ったことは、ある。試合った事も、ある。

 どちらも一度きり。2度目は思い出せない。

 スー。

 どれも違いが分からない。

 これでいいか。チンッと鞘に収める。

 っ。指を切った。

 !

「一本折ってみていいですか!?」


 行司を挟んで男女が見合う。

 女の刀は長く、背につけるように構える。

 ...見たことある。あれは横一文字。

 横に力一杯振り抜く技だ。

 真剣で。横一文字。女の子が。

(びくっ)

(目が合った。一瞬だけ。)

 流浪人は縦に構えた。相手に刃と逆を向けて。

 パン!

「っ!」

 女が横に振り抜く。

 は、やい。

 女の刃は見えない。振り抜き終わっても。

 ザンッ。

 剣の先が天から落ちてきた。

 男が刀を向けて言った。

「3万とんで19勝です。」


 寺への帰り道にて。

「ホンットあんたとんでもないわね!」

「お互いさま。隣町まで悪手を伸ばしてたなんてな。」

「で?あの寺はどうする気?」

「あそこで"まなびや"をやろうと思って」

「学び屋?面白そうな商売ね。寺で子供から金取る...そうね。寺子屋なんてどうかしら?」

「そうさな。そんなものでいい。とにかく日本に今から必要な三つのもの。それが学べれば。」

「ところで寺は寺よね?じゃあ祭、やるのかしら?」


 それから1年。子供達に浴衣を着せて祭を行っていた。

「お師ぃさまー!」

「よし。この祭での任務は1.食べ物を買う2.水鉄砲を入手する3.危険なことをしない。だ」

 チャリン。

「わぁーい!」

 浴衣の女の子がひとり。

「一緒にいいかしら?」

「ああ。子供達の邪魔しないようにね。」

「子供達に小銭あげるくらいもうかってるのね。で。日本に必要な三つのものは?」

「武術は教えられる。文術もなんとか。あとは芸術だけ。こればっかりは才能としか。」

「あら。芸術は得意じゃない。あなたの日記じみた小説。買うのに苦労したんだから。」

「小説なんてそれこそ才の最たるものさ。そうじゃなくて誰でも作れるような。」

「じゃあ、こういうのはどう?」

 都古が深呼吸をするように手を広げた。

「この景色を絵にする。あなたならどんなふうに映っているのかしら?」

「そうだな。たとえば」


 夏色の浴衣が祭を彩る。

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夏色の浴衣が祭りを彩る 中村翔 @nakamurashou

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