第15話 そんなつまらない期待、消しちまえ


「―あ、帰ってきた」


 俺が三日下先生と別れ、部室へと戻ると依代の声が出迎えた。

 どうやら、二人で伊色が持って来ていた手芸の本を読んでいたらしく、依代と共に伊色も俺へと本から視線を移す。


「……結局、先生の話ってなんだったの?」

「いや、―」


 どこか探るような伊色の視線に、俺は一瞬躊躇いを見せてしまう。


 別に、今ここで本当のことを言えばいい。

 「俺達の間に何かあったんじゃないか」と、三日下先生からそう見られていることを。


 言ったって何も変わらないし、今さら何か起きるわけでもない。

 だから、素直に伝えて、これからは普通の部活のメンバーとして、普通のクラスメイトとして―ただ、『普通に』過ごせば良い。


 それを改めて話せば、一件落着―それだけの話だ。

 そうすれば、三日下先生に変に思われることもない。


 だから、これからも変な空気にならないようにここではっきりと言っておく必要がある。


 だが―


「―あの先生、高校の時はバスケ部だったんだと。ただ、それだけ」


 そんな簡単なことを、俺は言えなかった。

 拒絶されるのが怖くて、素直に言えば未練たらしいと思われるのが怖くて―俺は噓をついた。


「え……? それだけ?」

「それだけ」


 俺の返事に驚いた様子で声を上げる依代に軽く答えながら、部室の中にある椅子にゆっくりと座ろうとする。だが、そんな中、依代から不審な目を向けられていたことに気付いた。


「なんだよ?」

「いや……なんていうか、そんなことで呼び出されるのかな……って」


 そういった疑問が返されるのは当然だろう。

 依代は唸り声を上げながら顎の下に手を当ててそう尋ねてくる。


 さらに、今度は伊色が自分で持ってきていた手芸の本に再び目を向けながら、事もなげに俺へと言葉を投げかけてきた。


「わざわざ須藤くんが呼び出されるなんて、何かやったんじゃないかって思ってたんだけど……」

「少し書類を運ばされたんだよ。女子のお前らより男子の方が頼みやすいんだろ」

「それは、まあ……」


 嘘だ。

 俺は流れるように出てくる噓を伊色へとこぼしながら、自分の心を偽っている。


 でも、俺にはそれが許されるはずだ。

 だって、こいつらは俺には何も言わずに別れを告げてきたんだ。


 いつも俺だけがなんでも話すのはフェアじゃない。

 だから、これで良い。


 変に昔の話を蒸し返して気まずくなるくらいなら、事実を話す必要なんてない。

 例え謝罪を受けていたとしても、それで簡単に関係が修復されるわけじゃない。


 そんなことで修復されるくらいなら……俺がこの数年間、悩み続け、味わってきたものはなんだったんだ。


 もし、また同じような関係になるくらいだったら、今のいびつな関係のままの方が―よっぽど俺には楽だ。


「あの、さ―」


 俺は一人やることもなく窓の外へと目を向けながら肩をすくめていると、そんな俺に依代の声が向けられる。


 しかし、俺の予想の斜め上をいったものだった。


「―スドってさ、ああいう人ってどうなの?」

「……はあ?」


 脈絡のない依代の質問に俺は思わず間抜けな声を上げてしまう。

 そして、わけの分からないことを言い出してきた元カノに呆れたように声をかけた。


「……いや、意味わかんねぇんだけど」

「あ、別に深い意味はなくてさ」

「……何? そもそも好みって三日下先生のこと言ってんのか?」

「あ~、いや好みっていうか……どうなのかな、って……」


 なんというか、俺も依代もついさっきのことがあるから会話が会話していないというか……色々とちぐはぐになっていた。


 ただでさえ、依代とは気まずいのにそんな状態で教師がどうのとか聞かれてもな……。いや、平常時に聞かれても困るんだが。


「……」


 それに対して、伊色は自分の持ってきた手芸の本を読んだまま会話に入ってくることはなかった。だが―


(……お前それ、読んでねぇだろ)


 明らかに目を動かさずに手でページをめくる伊色の様子に俺は心の中で突っ込みを入れざるをえなかった。……聞き耳立ててんのがバレバレだっての。


「……ンなの、聞いてどうすんだ」

「いや、男子ってどんな人が良いのかな……って」


 俺の言葉にあからさまに視線を逸らし、自分の髪をいじる依代。

 そんなスポーツ少女に俺は呆れながら再び窓の外へと目を向けて答える。


「……教師だぞ? ……別に何も思わねぇよ」

「何も?」

「別に、何も」


 俺はそう言葉にすると、興味を失った素振りで窓に目を向けたまま二人から視線を逸らす。……こんな会話、元カノとするもんじゃねぇだろ、普通。


「ふーん……そんなもの?」

「そんなもんだよ、男は」

「……まあ、いっか」


 そう言って、依代は俺から視線を外して伊色の方へと向けたようだった。

 ようやく解放され、俺が安堵のため息を吐いていると、その横で依代と伊色のやり取りが聞こえてきた。


「じゃあ、悠香。続き読もうよ―って、ちょっと!? さっきよりページ進み過ぎてない!?」

「あ、ごめん」


 そうしてページをめくって元にページまで本を戻す音が聞こえる。

 わだかまりを残したまま、部活をし続けるのは違和感があるかもしれない。


 だが、もう俺はこいつらとは関係ないわけだし、これでいいんだ。


 でも、一つだけ気になることがある。


 俺の話を聞いてから、伊色も依代も明るくなったような気がする。

 表面上は変わらないと思うが、どこか声に明るさがあるような―そんな気がした。


 その理由が、教師とはいえ女性と二人で行動して出ていたから……というのは馬鹿げた考えだろう。


 それが、もしかしたら、嫉妬からだったんじゃないか、なんて。

 もしかしたら、あいつらは実は俺に好意を抱いているかもしれない、なんて。

 もしかしたら、まだやり直せるかもしれない、なんて―俺は馬鹿な妄想に憑りつかれている。


 そんなこと、ありえるはずがないのに。

 もう終わった関係が修復されることなんてないはずなのに。

 別れた人間が元通りになるはなるずなんて―絶対にありえないのに。


 だから―そんなつまらない期待、消しちまえ。


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