第12話 ただ、言葉にできないだけで


 初日から部活というのも中々に面倒だ。

 そんな俺の心境を代弁するように、周囲では同じように友人にこぼしている奴がちらほら見える。


 「幽霊部員になっても良いか」と考えはしたものの、それはそれで自分の決めたことから目を逸らすみたいで嫌だった。


(……いざとなれば、部活なんていつでも辞められるしな)


 俺はそう自分に言い聞かせると、鞄を持って部室として定められた教室へと向かおうとする。


(今日は顧問から色々と話があるだろうが、俺は手芸とか興味ないし適当に聞き流しておくか)


 伊色は言っていた、『俺に最初から手芸の腕を期待していない』と。

 それはつまり部の活動に率先して参加する必要はない、と言い換えることもできる。


 そういう意味では部活動に積極的ではない俺には好都合だ。


 もともとは帰宅部一択だったが、それで変に周りから実行委員やら何やらと押し付けられる可能性があったし、手芸部だろうとなんだろうと部活に参加しているのはかなり良い状況なのだ。


 そうして俺が一人部室へと向かおうと、廊下を歩いていた時だった。


「スド」


 俺は背中から掛けられたその声に、思わず足を止める。

 今日の授業の時にも聞いた、聞き覚えのある声。


 教室を出てすぐ掛けられるのなら、それはクラスメイト以外にほぼありえないだろう。だが、その理由は分からない。


 あいつが―依代が俺に部活の時以外で声を掛けてくる理由は、俺には見つからなかったんだ。


「……なんだよ」


 俺は他の生徒の邪魔にならないように廊下の端に移動しつつ、依代の方へと振り返る。すると、依代が俺と目を合わせないまま顔を俯かせていた。


 そして、かろうじて聞こえるくらいの声量で俺に言葉を返してくる。


「あの、さ……今日の朝、悠香と話してたよね」

「悠香って……あぁ、伊色のことか」


 依代が頷いてたのを確認した後、俺は呆れた様子で溜息を吐いた。


「……なんだ、見てたのか」

「あ、いや、なんていうか……」


 そんな返しに俺が不機嫌になっていると考えたのか、依代はその長く結った髪を激しく揺らしながら慌て始めてしまう。


 とはいえ、俺も怒っているわけでもないし、慌てふためく依代に呆れた様子でフォローを入れておく。


「……別に同じクラスなんだし、見ててもおかしくないだろ。そんなに慌てんなよ」

「う、うん……なんか、ごめん……」

「いや、謝られても困るんだが……というか、それがどうしたんだよ?」


 俺の言葉にあからさまに肩をびくつかせる依代。

 やはり、伊色との会話に何かしらの意味があるらしく、俺はその続きを促すことにする。


「伊色と話してた内容が気になるのか? 別に大したことでもないんだが」

「そ、そういうわけじゃなくって……あ、いや、それも気になるんだけど……え、えっとね」

「……良いから落ち着けって」

「う、うん……はあ……私、何やってんだろ……」


 あまりにも動揺する依代に俺はもうただ呆れるしかなかった。……まあ、こいつが落ち着きがないのは中学の頃から変わらないけど。


「あの、さ―」


 そうして、何やら依代は強く唇を引き結ぶと―


「ごめん」

「ちょ―なんだよ、いきなり……」


 突然、思い切り頭を下げられ、俺は困惑してしまう。

 今度は俺が慌てる羽目になる中、依代は憂いを帯びた目を床へと向ける。


「私もずっと……謝りたかったんだ」

「謝りたかったって……」

「……分かってるでしょ? 謝る理由……」

「いや……まあ……」


 黙って別れた元カノが謝る理由なんて一つしかない。

 いくら察しが悪くてもそれくらい分かるし、伊色の件を考えるとさらに合点がいく。


 それは、俺に一方的に別れを切り出してしまったことへの謝罪だろう。

 元カノの謝罪に対して大きくため息を吐くと、俺はポケットに手を入れながら疲れたように声を掛ける。


「……今さら蒸し返すつもりはないっての。……良いから、顔上げろ」

「うん……」

「ったく……お前も伊色も、なんで今さら……」

「だって……せっかく部員になるのに、わだかまりとかそういうのあるとやりづらいじゃん」

「まあ、そりゃそうだけど……」

「……じゃあ私、先に部室行ってるから」


 それだけ言って、依代は俺に背を向けて去っていってしまった。


(……なんなんだよ、本当に)


 伊色も依代も本当に自分勝手だ。

 罪悪感を持ち続けるのが嫌で謝って、それが俺にとって何になる?


 けど、俺はあいつらの事情を何も知らない。

 きっと、あいつらにあいつらの事情があって俺と別れたのだろう。

 そうでなければ、謝ることはないはずだ。


 罪悪感を抱え続けるのが嫌だというのは誰もが思っていることだ。

 その罪を認めることが苦しくて、すぐにでも解放されたいと思い続けている。


 どんな些細なことでも、それを抱えて生きられるほど、ほとんどの人間は強くない。だから、懺悔したいと感じているはずだ。


 でも、人はそれを―ただ、言葉にできないだけで。


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