創作七不思議

28 創作七不思議


高校1年生 初夏 新理



毎年恒例のサッカー部合同合宿練習が、7月の3連休に行われることが決まった。


監督同士が仲の良い他県の2校と行われる2泊3日のこの合宿は、サッカー部内でも目玉の行事でもある。夜はバーベキューとちょっとした催し物等が行われる。


今年は自校での合宿の為、1年生は2、3年生及び他校生を楽しませる出し物を考えなければならない。


昼休み中、空き教室に集まり、1年生は夜の催し物についての相談をしていた。



「去年は宝探しだったらしいよ。グラウンドに隠したお菓子を探すやつ」


「簡単でいいな。でも被らない方が無難だよなぁ」



皆が頭を悩ませ口々に話していると、1人の少年が手を挙げた。



「ねぇ、学校も広いし、肝試しとかどう?」



少しだけ短い前髪を跳ねさせた、香田新理こうだしんりが笑顔で案を出した。



「いいかも」


「定番だけど、アリじゃね?」



全員が提案を肯定的に捉え、書記係が黒板に大きく「きもだめし」と書いた。


少年達は笑顔で様々な意見を出し始める。



「廊下はオッケーでも教室は入れないんだっけ」


「じゃあグランドから校舎の外側をぐるっと回って、昇降口から入れば?雰囲気でるよ」


「で、校内の廊下を歩く!グラウンドは教室側に面してるから外の様子は見れないし怖いだろうな」


「脅かし役が所々にいて、体育館にあるお札を取ったら戻って、階段下のグランド前の非常用出口から出るとか」


「いいね、あとで校内に関しては確認してみよう」



書記係が話に出たワードを次々と書いてゆく。



「出発前の雰囲気作りに何かできればいいよな」



誰かの一言で、全員がまたも言葉を止めて悩ましげな表情に戻る。


新理がもう一度手を挙げて発言をした。



「学校といえば……七不思議とか?それか肝試し前にホラー映画を流すか」


「映画もいいな」


「どうせなら七不思議、俺たちで考えてみる?」



一年生達は笑顔で頷いた。



*



「そんなわけで、今サッカー部の奴らで七不思議を考えてるんだ。あと進行役と脅かし役、小物はみんなで作る」


「楽しそうだな」



その日の夕方、新理は狭い道路を挟んだ向かいに住む、幼馴染の深瀬千洋ふかせちひろの部屋にいた。2人の高校は別だが、時折こうして家に入り浸る仲である。



「それで今、2個決まったんだすげーだろ。友達の案!」


「へぇ、どんなの?」


「1つ目は空き教室からグラウンドを見下ろす人影。2つ目が渡り廊下の子供の幽霊。1人で歩くと足をひっかけられるっていうの。結構いいでしょ?」


「いいじゃん、怖い気がする。で、お前は何か考えたの?」


「何か参考にならないか今探してるとこ。なぁこの漫画、最新巻まだ?」



千洋ちひろは新理が持つ漫画の5巻をちらりと見ると「ああ」と言った。



「多分、6巻はあきらが読んでる。すぐ返ってくるよ。読むの速いから」



晶とは、新理の幼馴染で千洋の双子の姉。

中学まで同じ学校であったが、最近はたまたま顔を合わせた時に挨拶を交わす程度。


顔はそこまで似ていないが、2人ともすらりと背が高い。

彼女はそこそこ人気があるのか、新理は数名の人物に連絡先を聞かれたことがある。


新理は軽く頷いて、漫画をテーブルの下に置いた。



「七不思議ってどんなのが怖いと思う?」


「ベートーベンの目が光るとか」


「真面目に考えてよ。音楽室にベートーベンの写真なんかねぇし」


「言い出しっぺはお前なんだろ」


「まさか俺の提案が採用されるとは思わなかったの!」


「よかったじゃん。なら頑張れ」



千洋は茶化すように鼻で笑った。



*



翌日の昼、ミーティングの為空き教室へ入るとサッカー部員がざわついていた。



「どうかした?」


「ミーティングに2人これないって」


「1人は熱が出て休み。もう1人は病院に行って早退。手首を捻挫したって」


「まじで?大丈夫か?」


「熱の方は明日も無理そうだけど捻挫の方は来れるっぽい」



新理が不思議そうに首を傾げると、ミーティングが始まった。昨日のミーティングの議題は七不思議の続きを作ることである。



「俺、いいの考えたんだ。3つ目は体育準備室で目を閉じると永遠の暗闇が訪れるってやつ」


「なんだそれ」


「こないだ授業サボって昼寝してた事思い出した」



黒板には「採用」の文字が書かれた。



「4つ目は階段の話とかにする?」


「いいね、あとはトイレとか鏡の話とかもよさそう!」


「昇降口の話とかね。な、香田」


「うん、いいと思う」



皆がいくつか案を出している最中、新理はどこか上の空であった。


4つ目は階段、5つ目はトイレ、6つ目は昇降口の話に決まった。



*



次の日、新理があくびをしながら歩いていると、同じクラスの友人が後ろから駆け寄ってきた。



「なぁ、聞いた?昨日の放課後、隣のクラスの奴が昇降口で転けて病院に運ばれたらしいぞ」


「まじで?骨折したの?」


「どうだろう。そこまではわかんない」



新理のスマホが鳴り、メッセージを確認する。



「それサッカー部の奴だ。脚の指にヒビが入ったみたい」


「何指?」


「小指。歩くとちょっと痛いってさ」



新理と友人はため息をついた。



「最近サッカー部怪我人多いな。渡り廊下で捻挫したのもサッカー部だろ?」


「確かに……」



新理はどこか違和感を覚えながら、「お大事に」とメッセージを送った。



*



昼休み、新理が購買へ足を運んでいると、別クラスのサッカー部の友人と出くわした。



「よお香田。あいつ、骨折したってな」


「小指をね。暫くは走れないみたいだけど」


「彼女と待ち合わせしてたらしい。浮かれてた天罰かもな。それか呪い。七不思議の」



彼は笑顔でそう言い、新理はその言葉に振り返った。



「なんで呪い?それに七不思議に関係ある?」


「嘘の怪談から、本物が生まれたりするって聞いたこともあるけど」


「じゃあ、サッカーに起こる怪我人続出は七不思議のせいってこと?」


「冗談だよ!でも俺はミーティングの後階段を踏み外した」



確かに、彼は階段の七不思議の発案者ではあるが、偶然であろうと新理は考えた。



「大丈夫?結構高くから落ちた?」


「5段ほど滑り落ちた。でも尻餅をついたくらいで平気だったよ。痣はできたけど」


「気をつけろよ」


「別のやつも体育倉庫でボールの雪崩にあったって聞いたし、ほら3つ目考えてた奴。呪いってのもあながち間違いじゃなかったりしてなー」



彼がそう言いながら首をひねると、何かが割れる音とともに下の階から悲鳴が聞こえた。


2人は顔を見合わせて階段を降りる。


階段上から見ると、十数名の人だかりが出来ていた。

男子トイレのドア窓にぶつかり、手から血を流したようである。


辺りにはガラスの破片が散らばり、点々と血の跡が白い廊下に続いている。


2人は呆然とその惨状を静かに見下ろしていた。


後のグループメッセージでわかったことであったが、怪我人はサッカー部。傷を7針縫った。そして、5つ目のトイレの話を考えた彼であった。


新理は言いようのない不気味な不安が、じわじわと襲ってくるのを感じた。



*



本日の放課後のサッカー部の練習は珍しく監督不在の為休み。


新理は自転車置き場で荷物を下ろしていると、昇降口から手首を捻挫したサッカー部の仲間が出てくるのが見えた。


そのまま自転車を押し、彼の元に駆け寄った。



「おーい」


「よお、香田」


「腕平気?」


「うん、ちょっと痛むくらい」


「駅まで一緒に行くよ」



新理は彼が肩にかけていたバッグを取り、自身の自転車のカゴに入れた。



「ありがとう」


「渡り廊下で足を滑らせて捻挫したって?足は平気?」


「うん、手首だけ。左手だし一ヶ月くらいで良くなるからそこまで不都合はないけど」



彼は腕を回しながら笑ったので新理も笑顔になった。



「まさか自分から渡り廊下の話題を出した次の日に怪我をするとはね」



新理はその言葉を聞いて足を止めた。



「それって七不思議のこと?」


「うん、そうだけど。どうかした?」


「昇降口で転んだのも、階段を踏み外したのも、窓ガラスで怪我したのも七不思議を考えた奴だ」



よくよく考えてみれば、初めに熱を出した部員も七不思議を考えた部員であることに新理は今更気がついた。



「確かに……そうだけど……偶然だよ……きっと」



彼はぎこちなく笑ったが、新理には偶然とは思えなかった。

偶然にしては出来すぎている。


残る七不思議は1つ。



『嘘の怪談から、本物が生まれたりするって』



昼に聞いた嫌な話を思い出しながら、新理は自転車を漕ぐ。


途中でやめることも、進むこともできず、彼にはどうにかする手立ても思い浮かばない。



このままでは何か悪いことが起きてしまう。



不安を拭えないまま、家の近所にある小さな神社の階段の上で座り込み、項垂れてしまった。



「新理君?」



聞き馴染みのある声に顔を上げると、そこには晶が立っていた。



「どうしたのそんなところで」


「……深瀬」


「顔色が悪いよ。何かあった?」



黒いブレザーに黒格子縞のスカートと赤いネクタイ。

馴染みのない他校の制服に身を包んだ、幼馴染の晶が新理の横に座った。


琥珀色の瞳に印象的な右目の下のほくろ。陶器のような白い肌。色素の薄い焦げ茶色の柔らかな髪は、彼女の肩をするりとなぞる。


久しぶりに彼女の姿をしっかりと見た新理はほんの少し胸をときめかせたが、短く息を吐いて顔を上げた。



「……深瀬の学校に七不思議ってある?」


「高校にはないけど、小学校にはあったね。大きな姿見の前で4時44分に1人で立つと知らない人が映ってる、とか。新理君の高校にもあるの?」


「……いや、今学校……ってかサッカー部内で変なことが起きてて」


「変なこと?」



新理はここ1週間で起きた出来事を晶に話した。



「七不思議を作り始めてから怪我人は出るし、病気になった奴もいる……これって偶然?」



呆れられると覚悟しつつも新理は話を続けた。



「聞いたんだ。嘘の怪談から、本物が生まれたりするって……信じられないし、初めは冗談だと思ったよ。でも……」


「大丈夫、信じてるよ」



晶は笑わず、呆れもせずに新理の目をまっすぐに見て言った。



「じゃあ、こうしてみたらいいんじゃない?」


「え?」


「“ここまでの不思議を誰かが体験すると、皆この七不思議を忘れてしまう”とか」



彼女の予想外の反応と提案に新理は力が抜けたように肩を落とした。



「それで……それでいいのかな……?もしこれでダメだったら……」



不安げな新理の顔を見て、晶は新理の手を両手で包んだ。



「新理君。

強い思いで本物が生まれるなら最後も本物にできる。ね?きっと大丈夫だよ」


「うん……」



ほんのり頬を染め、胸を高鳴らせながら、先程の不安が全て何処かに行ってしまったように新理が頷くと、晶は眉を下げてにっこりと笑った。



*



7月の3連休、快晴の中無事に合宿が行われた。


夜はお待ちかねの1年の催し物。

雰囲気作りの為のホラー映画鑑賞後、予定通り肝試しが行われた。



「結構怖かったな」


「お前らやるじゃん!」


「香田が提案したんですよ!」



新理は先輩に捕まえられるとぐしゃぐしゃと頭を撫でられ、笑顔になった。



*



月日は流れ、10月に入り季節は秋になった。


新理は今日も深瀬家の2階、千洋の部屋でなかなか進まない勉強をしている。

彼らの足もとや机には漫画の最新巻が落ちていた。


彼はぼんやりと白い天井を眺めながら目を細めた。



「千洋」


「何?」


「俺、何か……忘れてるような気がするんだけど……」


「いつものことだろ」


「そ、そんなことない!」



新理が正面に顔を向けると、千洋は心底どうでも良さそうな顔で漫画を読んでいた。



「千洋、お菓子持ってきたから開けて!」



部屋のドアの前で晶の声がする。

千洋が長い腕でドアを開けると四角い木のトレーを持った晶が立っていた。



「はい、どうぞ。片付けは自分たちでしてよ」



トレーを手渡す彼女を見ていると、ふと視線が合う。

新理は驚いて足を立てると膝がローテーブルに当たってしまい強打した。



「いっ……て!!」


「お前、何してんの?」


「大丈夫?あ、千洋、漫画貸して」


「お好きにどーぞ」



足を抑えながら、本棚で本を吟味する晶の横顔を新理はじっと見つめた。その視線に気がついて本棚へ向き合ったままの体勢で晶が口を開く。



「なーに?新理君、どうかした?」


「いや……こないだ会った時、何を話したっけなーって思って……覚えてる?」



新理の苦笑いの声を聞いて、晶はくるりと振り向く。



「さぁ、なんだっけ?忘れちゃった」



彼女は漫画の7巻を持ってにっこりと微笑んだ。




創作七不思議 end

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