尋ね人

26 尋ね人


大学3年生 立夏 新理



「部長は“視える人”なんですよね?」



ゴールデンウィーク明けの週初め、古都研究会サークル部長として換気を行おうと部室へ訪れた香田新理こうだしんりは同サークル部員の後輩である川島かわしま日菜子ひなこと出くわした。


川島は、出会いもない、さほど面白くもない、古い大量の部誌と前時代的なエアコンとしかない、とないない尽くしの万年弱小サークルに入部した非常に珍しい新入部員である。


背が低く、手も足も小さい。丸い頭のツヤのある黒髪ボブカットに色鮮やかなオレンジ色のインナーカラーを入れている。


新理は鍵を開け、気まずそうに部室を出ようと試みると川島に引き止められてしまい、冒頭の言葉を投げかけられたのであった。



「み、“視える人”?俺が?まさか」



新理が戸惑いを隠せず狼狽える仕草をすると、川島は眉間にしわを寄せた。



「こないだ藤本ふじもと先輩と部室で話しているのを聞きましたよ。部長は“視える人”だって」



つい一週間前、レポート作業が終わった開放感から調子に乗って藤本とあれこれ話していた事を思い出した。新理自身が視えると知っているのは、大学内で3人。藤本に高橋たかはし中岡なかおか


あの時、川島が部室のドアの前にいる事など誰が想像出来ただろうか。


新理は心の中で自身を罵倒しながら何食わぬ顔で首を降った。



「だとしても面白いものじゃないよ。俺、何もできないし……ただ見えるだけ」


「“予感”を感じ取れる、とも聞きましたよ」



新理はぎくりとぎこちない笑みを浮かべ、川島はぎろりと彼を睨む。


正確には、それは別の人物の能力であったが、新理は口ごもってしまった。



「探して欲しい子がいるんです」



新理はその言葉と共に、目の前にかざされたスマホを見て何度か瞬きを繰り返した。


そこには丸い黒い目をこちらに向け、まるで笑みを浮かべるように口角を上げた柴犬の写真が映し出されていた。



「……犬?」


「はい、3歳の柴犬の男の子。名前はペロです」



*



「外の犬小屋に繋がれていたリードが千切れていたそうです。元々脆くなっていて飼い主さんが交換しようとした矢先の出来事だったらしくて……」


「千切れてたって事は、誰かが意図的に切ったとかではなく、犬の力で切れたの?」


「そうみたいです」



川島は説明を淡々としながら写真を数枚、新理へ見せた。


3歳の柴犬のペロは川島ではなく、近所の人が飼っている犬であり、いなくなったのは2日前だという。


1週間前から雨続きで、飼い主がその間にリードを交換しようとようやく晴れた2日前に外に出たところ、ペロが脱走してしまった後であった。


散歩コース、付近の公園等その日から一日中探し回ってもペロは見つからないそう。


彼にはリードを噛む癖があり、頻繁に交換していたそうだが、ここ最近雨の影響でなかなか満足に散歩へ行けないストレスからか噛み千切ってしまったのであろう――と、いうのが川島が聞いた飼い主の話であった。



「部長の能力で探してもらえませんか?

手がかりが……少しでもあればいいんです」



川島は至って真面目な様子で訴える。そんな彼女を前に新理は目線を下げる。


新理はあくまでも“視える”だけであり、そもそも“予感”を感じ取れるのは彼自身ではない上に、人や生き物探しには向かないものだとよくわかっていたからである。


新理は顔を上げ、川島の顔を見ると彼女は少しだけ強張った表情をしていた。



「困ってるのはわかるよ。でも、万能な能力じゃないんだ」



新理がそう言うと、川島は一瞬とても悲しそうな顔をした。彼女が新理に続いて言葉を発しようと口を開いた瞬間、勢いよく彼は席を立ち上がった。



「けど、試してみなきゃわからないよな」


「え……」



川島は予想していなかった新理の言葉に驚き、発した新理自身も驚いていた。



「頑張ってみるよ。ペロも頑張ってると思うし」



新理は頼りない笑顔で笑い、川島はその顔を強く見つめた。



*



通話の主は深く、深くため息をつき冷たく言い放った。



「何かっこつけてるの」


「本当にごめん。咄嗟にそう言っちゃったんだ」



新理はスマホを耳に当て通話の主、幼馴染の深瀬晶ふかせあきらに謝っていた。


彼女こそが“予感”を察知できる不思議な能力の持ち主である。


電話越しの彼女の声は顔を見ずとも呆れていることがよくわかる。


先程の川島に対する無責任な発言をどうにか実現できないかと、彼女に相談をしていたのである。



「そもそも、今どこにいるの?」


「外だよ。その犬が飼われてた近所。一応俺も散歩コースとか、道の隙間とか見てみたけどいなかった。後輩とは別行動」


「そっか。それにしても迷子のペットね……猫は外にトイレを出しておくと戻る、とか聞いたことがあるけど……犬もそうなのかな」


「ねぇ、深瀬。なんとかならないかな?

せめて犬が居そうな場所とかわかったり……」


「私は動物探偵じゃないの……“予感”はなんとなくだし出来ない事の方が多い」


「写真から霊視とか出来ない?」



数秒、晶は黙り込むと小さく言った。



「……そんなの無理だよ」



がっくりと新理は肩を落とす。


しかし電話越しだからか、晶の声はいつもより不安げに聞こえた。



「大体、どうして私に頼むの?仲村さんの方が頼りになるでしょ。知ってることも多いだろうし……」



新理は曇り空を見上げながら、晶の顔を思い浮かべる。不安そうに指先を弄ぶ彼女を。



「深瀬はよく俺の事を助けてくれてるから……困っている人を助けてくれそうな気がしたんだ」



新理がそう言うと、晶は暫く黙ってしまった。


沈黙が続き、自分の発言に彼女が再度呆れているのではと我慢出来ずに声をかける。



「あのー……深瀬?」


「…………新理君、聞こえる?」


「え、あぁうん。聞こえてるよ?ごめん、呆れてた?」



また暫く彼女は沈黙すると、呟くように言った。



「空き地……」


「え?」


「空き地、それか売り地……廃材の影」



新理は晶の言葉に思わず目を丸くした。



「物陰を探して。多分……ペロはそこにいるよ」


「ありがとう!深瀬!」


「……足もとに気をつけてね」



晶は静かにそう言うと電話を切り、新理は急いで川島に連絡を取った。


新理には確信があった。何故なら、晶に犬の名前が「ペロ」だという事は教えてなかったからである。


晶に聞きたいことは色々とあったが、後回しにした。



*



ペロは家から500メートル先にあった空き地で見つかり、無事に保護された。晶の言った通り、廃材の影で体を丸めていた。


どうやら地面にあった廃材で肉球を怪我して思うように動けず、その場に留まっていたらしい。幸い傷は浅く、すぐに治るそうだと川島が話した。



「ありがとうございます。部長のお陰です」



古都研究会のサークル部室で川島は深々と頭を下げると、新理はほんの少し罪悪感を覚えながら否定した。



「いや、そんなことないよ。たまたまね……あとペロが頑張ったんだよ」


「いえ、部長がいなかったら、ペロはもっと酷い状態だったかもしれません。風邪をひいていたかも。部長は、本当に“視える人”なんですね」



彼女は新理を見つめると、深く息を吸って吐いた。



「実は私、人を探しているんです……少し前からずっと」


「人探し……?」



新理がそう言うと、川島はこくりと頷いた。



「もしかして、行方不明とか?」


「はい」



川島が迷いなくはっきりとそう言ったので、新理は少し驚いた。



「……警察には?」


「……わからない事が多すぎて。それにもう何年も前の事ですし、連絡が取れないだけでは届出は受理されないと。私が知らないだけでどこかで生きているのかもしれないんです」


「知り合いって……もしかして川島の友達?」


「……母の友人の子供で、昔よく遊んでたんです。10年以上前です。家も近くて。でも、程なくして引っ越してしまいました。マンションも大昔に取り壊されて今はもうないです」


「引っ越し……転勤とか?」



川島は首を横に振った。



「母が言うには、突然、理由も言わずに引っ越してしまったそうです。それから連絡も一切取れなくなってしまって……再婚も決まっていたらしいのにお祝いもできなかったみたいです」



返す言葉が出ず、新理は下を向いた。



「噂で聞いた話では、どうやら友人はよくわからないコミュニティに出入りしてたと。母は一度そのコミュニティの前まで行ったことがあったそうなんですが……姿を見ることはなく、以来そのまま10年以上会っていないそうです」


「……どうして俺にそんな事を?」


「すみません、探してほしいわけじゃないんです!……ただ、話したくて……」



彼女はそのまま俯いてしまった。



「……失礼だったらごめん。川島はどうしてるその人を探しているの?」


「……喧嘩別れをしたんです。私、性格きついから、酷いことを言いました。だからちゃんと一度謝りたくて。見つかれば、ですけどね」



川島は懐かしむような顔で窓の外を見た。



「あと初恋の男の子っていうのも少し……あるのかもしれません」


「初恋……」


「そういえば部長に少し似てるかも」


「え?俺?……そんなに子供っぽいかな」



新理がそう言って顔を触ると、川島は眉を下げて笑った。




尋ね人 end

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