第3話

「少し、席を外します」


 スっと姿勢良く椅子から立ち上がったオフィーリアは、黙って背後に立って居た若い侍従に声を掛けた。彼は少し戸惑いつつも、こくりと大きく頷いた。


 微妙な表情になっているのは、令嬢たちの将来の結婚相手として文句の付けようのない王子二人が出席しているお茶会を中座してしまうオフィーリアが信じられないからだろう。


(これで……良かったのよ。これで、私は悪役令嬢にならずに済むわ。要するに私本人が、どうしてもあの人……アンドリュー様に選ばれたいと動かなければ、婚約者にはなり得ないんだから)


 お茶会の会場を出て城の廊下を歩きつつ、オフィーリアは大きく息をついた。


 とりあえず、あのお茶会には出席したという義理は果たしているはずだし、王子たちの婚約者の椅子を狙っている彼女たちに中座した事を気にされることもないだろう。


 むしろ、身分も高く手強いライバルが一人減ったと、顔には決して出さずに喜ぶだろう。


 オフィーリアの父であるブライアント公爵は現王の右腕で親友で、政治的にも身分的にもオフィーリアが選ばれることが大方の予想ではあっただろう。


 だが、身分が釣り合い可愛いらしい婚約者候補があれだけ数多く居るのだから「どうしても、自分を選んで欲しい」とアンドリューにオフィーリア自身が言い出さなければ、美形の王太子にはいくらでも選択肢がある。


 婚約者を選ぶ権利を持つのは、彼だ。


 オフィーリアは人の少ない方を選んで城の中をうろうろと歩き回り、自分が迷子になったと認めることが出来たのは、結構な時間が経ってからの出来事だった。


 どこをどう曲がっても同じような風景で、出口を見つけることの出来ない巨大な迷路のような場所には、人が少ないどころの話ではなく人っ子一人誰の姿も見かけることが出来なくなってしまっていた。


(……どうしよう……このままだと、誰にも会えずに夜になっちゃう)


 誰もいないのだから、助けを求めることも出来ない。


 こみ上げる心細さを感じて、ふわふわしたドレスの裾を自分で抱き締めるようにして、廊下の隅でオフィーリアは座り込んだ。


 前世の記憶だって持っている自分が迷子になったことを認めたくなくて、かなりの時間をうろうろと歩き回ったので、足の先と踵には激痛が走る。とにかくこの小さな身体は強い疲労を感じていた。


 膝に顎を置いて、じっとして丸くなる。疲れからうとうととして目を閉じようとした時、まだ幼い男の子の高い声が遠くから聞こえた。


「っ……居た! 見つけたー! 見つけたよー! 兄様。迷子の女の子、こんなところに居たよ!」


 オフィーリアがビクッとして顔を上げれば、黒髪のエリオットが先行してアンドリューが後に続く。二人の王子が、廊下の向こうからこちらに向かって走って来る。

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