第378話 千方百計(前編)



---三人称視点---



 一方、その頃、魔王と幹部達は、魔王城の作戦会議室に集結して、作戦会議を行っていた。主題は言うまでもなく今後の戦いについてであった。

 作戦会議室の長テーブル席の上座に座りながら、

 魔王レクサーは真剣な表情で、口を開いた。


「さて敵軍は、この魔帝都アーラスまで差し迫ってきたが、

 空戦部隊による奇襲攻撃で敵の補給線の分断に成功しつつある。

 まあ敵も補給部隊の警護を固めつつあるが、

 この魔帝都が戦場になる直前まで、この奇襲攻撃を続けようと思う」


 魔王の言葉に周囲の幹部達が無言で頷く。

 テーブル席の上座に魔王が、その右隣に大賢者ワイズマンシーネンレムスが、

 その左隣には魔元帥アルバンネイルが座っており、

 魔王の真後ろに親衛隊長ミルトバッハが立っていた。


 そしてテーブル席の左側に、

 エンドラ、グリファム、そして竜魔部隊のリーダー格のバーナックが座り、

 テーブル席の右側にレストマイヤー、デュークハルト、アグネシャールが座っていた。


 この場における正式な幹部は、大賢者ワイズマンを含めて四人となっていた。

 かつてはこの四人に加えて、ザンバルド、プラムナイザー、カーリンネイツ、

 そしてカルネスの四人の幹部が居た。


 それが今では四人まで減っていた。

 だから幹部候補生であるデュークハルト達、

 そして竜魔部隊のリーダー格のバーナックまでが会議に参加する事になった。


 古株の幹部からすれば、少し微妙な気持ちになるが、

 若手組からすれば、幹部になる為のチャンスとも云えた。

 だから自然とデュークハルト達も張り詰めた表情をしていた。

 魔王レクサーもその空気を察しながら、言葉を続けた。


「とはいえ敵軍がこの魔帝都に攻め込んで来るのは時間の問題だ。

 だからそれを少しでも食い止める為に、

 シーネンレムス、アルバンネイル、レストマイヤー、アグネシャール。

 卿等の手で天候操作魔法を使い、敵の侵攻を食い止めよ」


「「「御意っ」」」


 アルバンネイルとレストマイヤー、アグネシャールは声を揃えて返事する。

 だがシーネンレムスは少し神妙な顔になり、魔王に問い質した。

 

「無論、陛下のご命令とあらば作戦に従いますが、

 我々はどれぐらいの力を持って、天候操作魔法を使えばいいのでしょうか?」


「そうだな、数日、いや半日でも良い。

 兎に角、敵の進軍を一日でも良いから遅らせて欲しい。

 とはいえ必要以上に無理する必要は無い。

 卿等、四人の魔力に負担がない範囲でやってくれ」


「……了解致しました」


 と、低い声で応じるシーネンレムス。

 

「うむ、とりあえずそれで敵の進軍を少し遅らせる事が出来るだろう。

 となると次にやるべき事は魔帝都の城下町の防衛だ。

 敵軍としては、この星形要塞の外縁部を制圧したいであろう。

 だがそれを易々とさせる訳にはいかぬ、よって城下町の防衛司令官に

 魔元帥アルバンネイルを、副司令官にデュークハルトを任せる。

 シーネンレムスとレストマイヤーとアグネシャールは、

 その高い魔法力と魔力で司令官と副司令官を補佐してくれっ!」


「「御意」」


 アルバンネイルとデュークハルトは大きな声で返事する。


「「「御意」」」


 同様にシーネンレムス達も声を揃えて返事した。


「魔王陛下、城下町の防衛部隊の数はどれくらいになりますか?」


 と、アルバンネイルが魔王に問う。

 するとレクサーは数秒ほど間を置いて答えた。


「そうだな、城下町に居た女子供、それと老人は既に

 他の都市に移住させたから、残った少年、青年、中年魔族の数は、

 凡そ二万前後といったところであろう。

 その一万にカーナス地方、レムリア地方、ローガン地方から

 集めた兵士を二万を加えて合計四万の戦力で城下町の防衛を任せる」


「……約四万の戦力ですか。

 魔帝都の防衛には、少し少ないのではないでしょうか?」


 やんわりと指摘するアルバンネイル。

 だが魔王レクサーは落ち着いた口調で応じた。


「ああ、その四万に卿の率いる龍続部隊、

 デュークハルトの部隊、更にはグリファムとエンドラの部隊を

 空戦部隊として配置する。 これならば敵の侵攻も食い止められるだろう」


「自分はそれで構いませんが、

 城下町の住人は元々は非戦闘員。

 そんな彼等をいきなり戦わせるのは厳しくないですか?」


 と、デュークハルトが控え目に意見を述べた。


「嗚呼、余もそう思う。

 だが城下町の住人達が「我々も陛下と共に戦います」

 と、嘆願してきたのだ。 だから余としても彼等の要望を

 断る気にはなれなかった。 まあ戦力としては微妙かもしれんが、

 彼等の帝都を愛する心は本物だ、だから卿等両名で彼等を上手く指揮してくれ」


「……陛下のご希望に沿えるように微力を尽します」


「自分も全力を尽します」


 と、アルバンネイルとデュークハルト。

 とはいえ不安要素が多いのも事実。

 敵軍の数は凡そ五万前後。


 魔王城のある星形要塞には、

 約八万の戦力の膨大な戦力が投入されているが、

 魔王軍の殆どの者が星形要塞での戦闘未経験者であった。

 アルバンネイルは、そこに一抹の不安を感じた。


「最悪の場合は敵軍に城下町を占拠されても構わん。

 この星形要塞に引き籠もれば、約三ヶ月、いや五ヶ月は

 戦う事が可能であろう。 だから前哨戦である城下町の戦いでは、

 少しでも敵の数を減らしてくれ。 その為にはいかなる手も惜しむな」


「いかなる手も……?

 それはどういう意味でしょうか?」


 と、アルバンネイル。


「言葉通りの意味だ。

 そうだな、城下町の住人は矢に毒を塗った弓やクロスボウを持たせよう。

 即死性のある毒ではなく、ジワジワと効く毒が良いな。

 矢を喰らった者とそれを介護する者という具合になるからな」


「……それは名案ですね。

 それ以外にはどのような手、戦術を用いるつもりですか?」


 と、グリファムが控え目に意見を述べる。

 すると次の瞬間、魔王の口から予想外の言葉が出てきた。


「そうだ、死んだ敵兵、死んだ味方をゾンビ化して、

 敵に向かわせるのも良いな。 確かカルネスの残党部隊が居ただろ?

 その残党部隊に死体操作ネクロマンシーさせよう」


「なっ……陛下、正気ですか?」


 グリファムが両眼を見開いて、そう云った。

 だがレクサーは動じる事無く、グリファムの問いに淡々と答えた。


「無論、正気だ。 云ったであろう?

 いかなる手も惜しむな、とな」


「……しかし敵はともかく、味方の死体をゾンビ化するのは……」


「自分もそれには反対です」


 グリファムだけでなく、デュークハルトも異を唱えた。

 するとレクサーは双眸を細めて、二人をジッと見据えた。


「卿等の云わんとする事は分かる。

 だが余はあえてこの戦術を使うつもりだ。

 何故なら我が軍はもう限界まで追い詰められているからだ。

 この魔帝都に敵軍が間近に迫ってるのだぞ?

 この戦いで負ければ、全て水泡と帰す。

 だから余は勝つ為には、手段は選ばぬつもりだ」


「「……」」


 そう云うレクサーの表情は鬼気迫るものがあった。

 そしてグリファムとデュークハルトもその気迫に気圧された。


「……少し会議が長引いたな。

 ミルトバッハ、従卒に茶を持ってくるように伝えよ」


「ははぁっ」


 こうして会議は一旦休止となって、

 魔王と幹部達は従卒の持って来た紅茶に口をつける。

 だが魔王以外の者の表情は固かった。


 しかしレクサーは気にする事無く、

 涼しい顔で紅茶の入ったティーカップに口をつける。



 ――どうやらオレの作戦に幹部達も躊躇っているようだな。

 ――だがオレはそれでも自分の考えを曲げるつもりはない。

 ――ここで負ける訳にはいかんのだ。


 ――その為にはオレは手段を選ばない。

 ――その結果、部下や民に疎まれても仕方ない。

 ――此奴らに自覚があるか、どうかは知らんが――


 ――ここで負けたら魔族が滅びかねないのだ。

 ――魔王としてオレはその危機を乗り越えねばならないのだ。


 だがレクサーの思いとは裏腹に、

 部下達は固い表情で申し訳ない程度にカップに口をつけていたが、

 場の空気はハッキリ云えば悪かった。


 魔王と幹部達の間に小さな溝が生まれつつあった……。


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