第193話 感傷


---ラサミス視点---


  

  あ、兄貴が勝ったのか!?

  俺はその事実に気付くまで、しばらく時間を要した。

  時間に換算すれば、恐らく五分くらいの戦いであったろうが、

  本当に密度の濃い戦いだった。



「あのブラザー、マジで勝ちやがった。 グレートだぜ、凄まじい剣戟だったぜェ!あれは云うならば、雷光らいこうだ。 オレ様はこれから彼を雷光と呼ぶぜ・・・・・・」


  と、俺の隣でカラカルの猫族ニャーマンがそう呟いた。

  雷光か、異名としては悪くねえな。

  などと思っていると、前方に立つ兄貴が急に剣を構えた。


「――ジャイロ・スティンガー!!」


「なっ!?」


  兄貴の宝剣の切っ先から、黒い衝撃波が矢のような形状になり放たれた。

  鋭く横回転しながら、床を抉りながら神速の速さで大気を裂く。

  黒い衝撃波は暴力的に渦巻きながら、玉座の近くに立っていた魔族の腹部を貫いた。 魔族の腹部に大きな空洞が生まれ、貫通した黒い衝撃波はその背後に壁面も命中した。


「そ、そうか。 奴が回復魔法を使う前にったのか!?」


「ああ、そういうことか」


  アイラがそう言って、俺もようやくその事に気がついた。


「成る程、流石ライル君だ。 やることに無駄がない」


  ナース隊長が感心したように、そう呟いた。


「グレートだぜ、流石は雷光らいこうのライルだぜ!」


  と、カラカルの猫族ニャーマンが両腕を組みながら、何故かドヤ顔でそう言った。 というか雷光のライルって何だよ!? 

  なんというかコイツ、独特の感性をしてるな。


「・・・・・・ライルが勝ったのか!?」


  アイザックが床から身体を起こしながら、そう問うた。


「ええ、大した男ですよ、本当に」と、ナース隊長。


  などと俺達が好き勝手言っている間に、兄貴は床に倒れるザンバルドに近づいた。 俺達もそれに釣られるように、前へ歩み出た。


「・・・・・・最後に何か言い残すことはあるか?」


  兄貴が地面に倒れ込んだザンバルドにそう問うた。

  するとザンバルドは呼吸を乱しながら、こう言った。


「・・・・・・そ、そうだな。 さ、最後にオマエみたいな奴と・・・・・・タイマン勝負できて・・・・・・よ、良かったぜ・・・・・・」


「・・・・・・貴様は本当に戦闘が好きなんだな。 魔族とはそういう生き物なのか?」


「さ、さあな、他人のことなんかどうでも・・・・・・いいよ。 オレはオレのやりたいように生きて・・・・・・きただけだ。 というかオマエも変な奴だなァ・・・・・・」


「何がだ?」と、問い返す兄貴。


「て、敵のことなんか気にしても・・・・・・し、仕方ねえだろう」


「・・・・・・確かにな。 だが何故かお前と話したくなったんだよ」


「・・・・・・ふうん、お、オマエ変わってるな」


「・・・・・・かもしれん」


「・・・・・・まあいいや。 とにかくオレはもう思い残すことはねえよ。 あ、一つだけあるわ? お、オマエの名前、何だったっけ?」


「ライルだ。 ライル・カーマイン」


「ああ、た、確かそういう名前だったな。 こ、このオレ様をった奴の名前・・・・・・くらいは覚えておきたいからな。 じゃあな、ライル。 この戦いの続きは・・・・・・地獄でしよう・・・・・・ぜェ」


  ザンバルドの顔から生気が抜け、その双眸も急速に輝きを失い始めた。


「む、ムルガペーラ様・・・・・・地獄で待って・・・・・・ますよ・・・・・・」


  それがザンバルドの最後の言葉となった。

  ここに七百年生きた魔族の生命活動に終止符が打たれた。

  ムルガペーラ?

  もしかしてそれが魔王の名前なのか?


  いずれにせよ、これで俺達の勝利は確定した。

  後は仲間を救い出して、残敵掃討するだけだ!

  すると兄貴は振り返って、こちらを見ながらこう言った。


「アイザックさん、ナース隊長。 少しお話があります」


「何だ?」「何だい?」


「まず魔将軍であるこの男を倒したことによる報酬金なり、褒賞が欲しいです。 そして今後、魔王軍の幹部を倒した際には、同様に扱って欲しいです」


「要するに金が欲しいんだね? だが私の一存では・・・・・・」


  と、少し難色を示すナース隊長。

  だがアイザックは兄貴の言葉を快く受け入れた。


「分かった、オレから上へ掛け合ってみるよ。 確かに幹部クラスを倒せば、それなりの報奨金や褒賞を出すべきだな。 ちなみに具体的にどれくらいの金が欲しいんだ?」

 

「そうですね、最低でも一千万グラン(約一千万円)、いや1500万は欲しいですね。 じゃないと割が合いませんよ。 此奴らの首にはそれくらいの価値がありますよ?」


「確約はできないが、そうなるようにオレも色々働きかけてみるよ」


  と、アイザック。


「あァ~、でもまた猫族ニャーマンがその金を出すというのは、ちょっとイヤだぜ? アンタラ、何かとあれば、猫族ニャーマンに負担を押しつけるからな」


  と、銃使じゅうつかいの猫族ニャーマンが両手を広げて、おどけた。

  ああ、こいつの言う事も分かるが、これは少し揉めそうかな?

  と思っていたら、ナース隊長とアイザックが――


「分かった、私も上へ上申してみるよ」


「そうだな、なら報奨金の出所は、四種族で四等分すれば良いかね?」


「おうよ、それなら問題ナッシング!」


  と、銃使じゅうつかいの猫族ニャーマンも納得したようだ。

  だが兄貴の要求はそれで終わらなかった。


「それともう一つ、お願いがあります」


「まだあるのかい?」と、ナース隊長。


「・・・・・・いいだろう、云ってみろ」と、アイザック。


「これは俺個人の勝手な願いですが、此奴――ザンバルドの死体を荒らすような真似は止めて欲しいです」


「「・・・・・・」」


  兄貴のこの要求に、アイザックとナース隊長はしばらく押し黙った。

  というか俺自身、兄貴の云わんとすることがイマイチ分からない。

  あ、もしかして・・・・・・!?


「う~ん、私にはその条件を要求する意図が分からないな~」と、ナース隊長。


「オレもです。 あ、もしかしてライル。 それはお前の独りよがりの感傷か?」


  アイザックの言葉に兄貴は無言で頷いた。

  するとアイザックは「う~ん」と唸ってから、こう言った。


「オレも此奴と戦った身だから、お前の気持ちは分からなくもない。 此奴は敵だったが、実際大した奴だった。 だがな、それはオレ個人の感情。 それを周囲に押しつけようとは思わん。 だからお前もそれはやめておけ!」


「成る程、そう言う事か。 そうだな、私もそれは止めた方がいいと思うぞ。四大種族われわれと魔族は交わることのない水と油のような関係だ。実際、この戦いで多くの戦死者が出た。 だからそれに対するスケープゴートは必要となるだろう。 だがそうだな、極力、君の目の届かないところで行うように、上へ進言してみるよ。 ライル君、それでいいかね?」


「分かりました。 それで構いません」


  兄貴はナース隊長の言葉に素直に従った。

  するとナース隊長も「うむ」と頷いてから、周囲にこう命じた。


「ではこれから我々は通路に閉じ込められた仲間達を救う為に、城の中に仕掛けがないか、探索する。 その際には、残敵に注意せよ! そして味方と合流次第、本格的に残敵掃討を行うぞ!」


  俺達はナース隊長の言葉に「はい」と大きな声で返事した。

  そうだよなぁ。 ミネルバやエリス、メイリン、マリベーレはあの鉄格子に囲まれて、身動き出来ない状態だからな。 とりあえずここは仲間を解放することに専念しよう。



---ラサミス視点---


  四時間後。

  俺達は城に仕掛けられたトラップを解除、

  あるいは罠を仕掛けた敵の魔導士を倒すことによって、

  仲間を救い出す事に成功した。


  その後は傭兵部隊と各騎士団による残敵掃討は思いの他、早く進んだ。

  連合軍の兵士達が手際よく敵を撃破、

  捕縛して四時間足らずで残存兵掃討の任を終えた。 


  こうして後に「ヴァルデアの戦い」と呼ばれる今回の戦いの戦死者は四大種族連合軍833人に対して、魔王軍は950人以上。 まさに激戦であった。

  しかしこの戦いによって、両軍共に多大な戦死者を出した。

  だがこれで戦いは終わりではない。

  

  むしろこれからが本番だろう。

  だが今の俺達にそれらの事を考える余裕はなかった。

  とりあえず今はゆっくり休みたい。 

  だが生き残った一部の元気の良い兵士達は興奮も冷めよらず、

  勝利の余韻に心から酔いしれていた。


  だが俺達『暁の大地』の面々はそれらに加わることなく、

  シャワーを浴び終えたら、後はみんな泥のように眠った。

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