黄昏のウェルガリア
如月文人
第一部【知性(ちせい)の実(み)】編
序章(プロローグ)
――
秘境、財宝、幻獣などという言葉に魅せられて浪漫を求める者達。
それが冒険者という人種だ。
俺がそんな冒険者になった理由は至極簡単であった。
身近に強くて最高にカッコいい冒険者が居たからだ。
そしてその冒険者は俺――ラサミス・カーマインの実兄であるライル・カーマイン。 六歳も年の離れた兄貴であったが、兄貴はよく俺の面倒を見てくれた。
腕っ節は勿論、頭の良くて明るい性格で誰からも好かれる存在だった。
俺だけでなく両親にとっても兄貴は自慢の息子であり、誇りであった。
だがそんな兄貴が冒険者となり、この世界――ウェルガリアの秘境を目指して世界各地を飛び回るようになると、元冒険者である両親は複雑そうな表情をしたが、幼い頃の俺は単純に兄貴を誇らしく思い、一番身近な
そんな兄貴の真似をして俺は十歳の頃、幼馴染のエリスを連れて近くの森へ出かけて冒険者の真似事をしたが、運悪くモンスターと
体長一メーレルを超える人食い熊。 並の冒険者でも避ける魔獣。
当然子供である俺やエリスにはどうする事も出来ず、脅えてその場に硬直。
『ガルルルルゥゥ……』
人食い熊が低い唸り声をあげて、一歩、一歩と近づいて来る。
俺とエリスはこの時、死を身近に感じていた。
その時、閃光のような速度で迫る人影がこちらに向って来た。
「――そのまま動くなよ、ラサミス、エリス!!」
そう叫ぶと同時に現れた人影は人食い熊の前に立ちはだかり、剣帯から剣を抜く。 長さ一メーレルを超える白光りする刀身が印象的であった。
そして次の瞬間、その銀の長剣が眼に止まらぬ速さで空を水平に裂いた。
『グルガアアアアアアアァァ!!』
人食い熊の断末魔が森に響き渡り、数秒後その巨体が地に沈んだ。
俺とエリスは眼を丸くして、その光景に眼を奪われる。
「……大丈夫か? ラサミス、エリス」
ぶっきらぼうに語りかけて来る聞き覚えのある声。
「え? 兄ちゃん!?」
「……怪我はないか?」
「う、うん。 兄ちゃんが助けてくれたの!?」
「ああ。 親父達がお前ら二人が森に出かけたと言ったからな、この季節は熊達の繁殖期で心配して様子を見に来たんだが、来て正解だったようだな……」
「に、にい……兄ちゃん。 うあああぁぁぁ、怖かったよ――」
「ラ、ライル
俺とエリスは泣きじゃくりながら、兄貴の胸元に飛び込んだ。
兄貴はそれを優しく受け入れて、大きな手の平で俺達の頭を撫でた。
「……もう大丈夫だ。 でも何で二人でこんな所へ来たんだ? 街の外は危険だから出るなと言っていただろ?」
兄貴に注意されて下を向きモジモジする俺とエリス。
「だ、だって……僕も兄ちゃんのように冒険したかったんだ……」
だがその言葉は兄貴の怒りに火をつけた。
「――馬鹿野郎!!」
予想外の怒りの言葉に俺達は目を瞑り、その場で硬直。
「いいか、ラサミス。 冒険者ってのはお前が思ってるような職業じゃないんだ。 冒険者といえば聞こえがいいが、ゴロツキと変わらん連中も多い。何より収入も不安定で盗賊や山賊に成り下がる連中も星の数ほど居る。そして何より常に死の危険が付きまとう。今日のお前達がいい例だ。俺が来なきゃお前ら今頃喰い殺されてたぞ!!」
普段は優しい兄貴が怒ったので俺とエリスも背筋を伸ばして固まる。
「……ラサミス。 もしお前が大人になって、本当に冒険者になりたいなら、俺は止めはしない。 だが自分の仲間や女を守れないなら冒険者なんか目指すんじゃない。 テメエのミスでテメエが死ぬのは勝手だ。 冒険者ならよくある事さ。 だがテメエのミスで周囲に迷惑はかけるな! この最低限のルールが守れなきゃ冒険者の資格はねえ! そして今のお前にはその最低限のルールすら守れない。 だから今は無理だ!」
強烈な否定の言葉。
幼い俺の胸に兄貴の言葉がズッシリと圧し掛かる。 反論の余地はない。
幼心でも自分のエゴでエリスを死の危険に晒したのは理解出来た。
「……ゴメン。 ゴメンなさい。 兄ちゃん、エリス。 ゴ、ゴメンなさい」
俺は声を殺して罪悪感に際やまれながら、泣きべそを掻いて謝罪した。
隣にいるエリスはオロオロと戸惑っている。 そして兄貴――ライルは
「……すまん言い過ぎた。 親父や母さんも心配している。 とりあえず家へ帰ろう。 エリスも大丈夫か? 自分で歩けるか?」
と、優しく俺の頭を撫でてくれた。
「じ、自分で歩けますわ! ライル兄様!!」と強がるエリス。
「……そうか。 エリスは女の子なのに強いな。 ……ラサミス、お前は?」
「ぼ、僕も歩けるよ! だって僕は男の子だもん!」
そう言って俺は虚勢を張り、自分の足で歩き出した。
それに負けないとエリスも表情を引き締めて、俺の横に並び手足を動かす。
兄貴はその光景を眺めながら、僅かに口の端を持ち上げた。
俺はそんな兄貴が両親よりも大好きで、誇りであり、憧れの存在だった。
だから一五歳を迎えて冒険者の年齢条件をクリアした瞬間、俺は俺達の街――ハイネガルの冒険者ギルドで冒険者登録を終えて、冒険者の証を手に入れた。
――これで今日から俺も冒険者だ。
――俺も必ず兄貴……ライルのような一流の冒険者になってやる!
――胸に夢と希望が溢れる。
――平凡な日々よ、さらば。 こんにちは、まだ見ぬ秘境。
――何の根拠もなく自信と希望だけを武器に新たな人生を歩み始めた。
――そして例外なく現実という残酷な壁にぶつかった。
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