第4章 パラオ沖海戦

第28話 空の戦い①

1941年9月4日 パラオ諸島南西20海里



「零戦隊、全機発進し、第1艦隊、第2艦隊の上空に向かえ!」


 第1航空艦隊司令長官南雲忠一中将は凜とした声で膝下4隻の空母の飛行甲板上で待機していた零戦に発進を命じた。


「風に立て!」


 第1航空戦隊の翔鶴型空母「翔鶴」「瑞鶴」、第2航空戦隊の蒼龍型空母「蒼龍」「飛龍」が艦上機を発進させるために風上へ突進し、ほどなくして零戦の暖機運転が開始された。


 各艦の飛行長が「発艦始め」を下令し、零戦の1番機から順番に発艦を開始した。出撃機数は「翔鶴」「瑞鶴」より各36機、「蒼龍」「飛龍」より各24機。合計120機が第1次迎撃隊として出撃していく。


 索敵機からの報告によると、フィリピンを救援すべくやってきた敵艦隊には大型空母4隻が随伴しているとの事だったので、数はほとんど互角だろう。


(空母と航空機が戦艦群の旗本衆とはな・・・)


 勇躍出撃していく零戦隊の勇姿とは裏腹に、第1航空艦隊参謀長草鹿龍之介はやりきれない思いを抱きながら、腹の底で静かに呟いた。


 草鹿は1934年に海軍航空本部に着任した時に、空母と航空機の無限の可能性に気づいており、それからは「海軍の主力には戦艦ではなく、空母を据えるべき」との主張を繰り返していたのだ。


 だが、時代の流れは空母と航空機に対して逆風であり、草鹿の主張は遂に実現せず、空母の建造、航空機の増産も思うようには進まなかった。今回の作戦における第1航空艦隊の役割は「戦艦部隊の上空援護」であり、草鹿はそれを聞いたとき、心の中で落胆したものであった。


 だが、草鹿はまだ諦めていなかった。今回の作戦で零戦隊が素晴らしい働きを見せれば、海軍の上層部の考えにも少しは変化が生じるはずである。


「頼むぞ、零戦隊。1機でも多くの敵機を墜とし、1機でも多く帰還してこい」


 全零戦が発艦し、蒼空の彼方へと飛び去った時、草鹿は静かに呟いたのだった。



 母艦から飛び立ってから40分が経過したところで、敵と遭遇した。


「きたな。お手並み拝見といこうじゃないか」


 「翔鶴」飛行隊に所属している西沢広義一等飛行兵曹は眼前に迫る敵編隊を注意深く見つめながら言った。


 敵も日本軍機の接近に気づいたのだろう。梯団4隊の内、2隊が速力を上げた。最初は小さな点の集合にしか見えなかったが、徐々にその姿がはっきりとし始める。零戦のライバルとして認識されているグラマンF4F「ワイルドキャット」で間違いないだろう。


 発砲は米側が先手を取り、F4Fが両翼に発射炎を閃かせ、無数の曳痕が零戦隊に向かって殺到してきたが、1航戦、2航戦に配属されているパイロットはベテラン揃いであり、真っ正面からの銃撃に貫かれる零戦は皆無であった。


 状況は一瞬にして乱戦となり、西沢機の前方から1機のF4Fが機銃弾をぶちまけながら迫ってきた。


 その動きが直線的であり、工夫のないものだという事を直感的に判断した西沢は操縦桿を左に倒し、射弾を回避した。


 零戦は格闘性能を重視した機体ではあったが、西沢は決して格闘戦に固執しない。意識は既に別のF4Fに向いていた。


 西沢はF4Fの後方からフル・スロットルで突進した。


 西沢機の動きに気づいたF4Fは加速し、零戦を振り切ろうと試みるが、F4Fよりも零戦の方が僅かに優速であり、その距離はじりじりと縮まっていった。


 頃合い良し。そう思った西沢は20ミリ機銃の発射ボタンを押し、両翼から発射された20ミリ弾は狙い過たずF4Fの胴体に吸い込まれていった。


 20ミリ弾を叩き込まれたF4Fは胴体から発火し始め、西沢の視界から消えていった。恐らく機体が持たず、墜落していったのだろう。


 西沢の目にF4Fの1個小隊が目に留まった。西沢はF4Fの4番機に肉迫し、今度は機銃を切り替え、7.7ミリ弾の発射ボタンを押し込んだ。20ミリ弾のそれとは比較にならないくらい細い火箭がF4Fのコックピットに吸い込まれ、風防を爆砕した。


 操縦者を失ったF4Fの4番機が火を噴いて墜落していく頃には、別の零戦に機銃弾を撃ち込まれたF4F1番機、3番機も立て続けに火を噴いており、残った2番機hいかにも慌てた様子で急降下によって離脱していった。


 2機目のF4Fを撃墜した後、西沢は周囲の様子を確認した。空戦の様子は全般的に戦闘機の機数で上回っている日本側が優勢であり、一部の零戦は敵の艦上爆撃機「ドーントレス」に攻撃を仕掛け始めているほどであった。


「さて、F4Fの数も少なくなって来た頃だし、俺もドーントレスを狙うか」


 西沢はそう呟き、零戦を再び加速させ、最終的には空戦の終了までに3機のドーントレスを撃墜したのだった・・・


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――皆さん、お久しぶりです。


「八八艦隊奮戦記 大艦巨砲の彼方」の執筆を再開したいと思います。完結するころには200話を超える長丁場となると思いますが、八八艦隊計画艦を始めとする日米戦艦群の活躍をお楽しみください。


★、応援コメントなどを貰えると執筆の励みになります。


2022年8月30日 霊凰より





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