第15話 水上の狩人⑥
1941年7月22日
「日向」「伊勢」の2艦は、敵戦艦1番艦に対し、未だに砲撃を継続していた。
前を行く「日向」の右舷側に、発射炎が噴出する。敵1番艦の40センチ砲弾を立て続けに喰らっている「日向」は既に主砲の半数を潰されていたが、それでもまだ力強い砲声を轟かしていた。
「伊勢」も僚艦に遅れることなく、第19斉射を放つ。
6基12門の50口径36センチ砲から火焔がほとばしり、巨大な砲声が艦橋を包み込み、「伊勢」の艦体が左舷側に傾く。
約20秒後、敵1番艦から放たれた4発の40センチ砲弾が、獰猛な飛翔音を纏いながら飛翔してきた。
(がんばれよ「日向」)
敵1番艦の激しい砲火に晒されている「日向」を見つめながら、「伊勢」艦長高柳儀八大佐は呟いた。
着弾した40センチ砲弾は、3発は「日向」の至近距離に着弾し、水柱を奔騰させただけに終わったが、1発は「日向」の艦上に命中し、艦体に更なる損害を与えた。
「日向」を覆い尽くす火災炎は拡大しつつある。
「日向」の損害は今の所、主砲、副砲といった艦上構造物に留まっているとの報告が先程4戦隊司令部より伝えられたが、このままでは「日向」が缶室、機械室等の艦の航行を司る部位を破壊されてしまうのは時間の問題でしかないだろう。
そうなる前に、何とか敵1番艦を無傷の「伊勢」が撃破する必要があった。
「命中!」
見張り長小野寺翔馬大尉より、第19斉射弾の命中が報される。
命中箇所は第1主砲付近だ。上手くいけば敵1番艦の40センチ主砲をまた1基破壊できたかもしれなかった。
「日向」の射弾が着弾し、これまた1発が敵1番艦に命中する。
その戦果を確認する前に、敵1番艦から発射炎が確認され、艦を覆い尽くしていた黒煙が束の間、吹き飛ばされた。
「・・・!?」
明らかにこれまでのとは違う敵弾の飛翔音に高柳は目を見開き、それが消えたかと思いきや、これまでにない衝撃が「伊勢」艦上を襲った。
「砲術より艦橋。敵1番艦、射撃目標を『日向』から本艦に変更した模様!」
牟田口格郎砲術長が艦橋トップの射撃指揮所から報せてきた。
「『伊勢』の砲撃に耐えかねたな・・・」
高柳は敵1番艦の艦長の心情を慮った。
崩れた水柱が「伊勢」の艦上に叩きつけられ、主砲発射を報せるブザーが鳴り終わり、「伊勢」が節目となる第20斉射を放った。
第20斉射弾は3発が敵1番艦に命中した。
「いったか!?」
爆発光を3度確認した高柳は艦橋から身を乗り出して敵1番艦の様子を見た。
高柳は「伊勢」の第20斉射弾が敵1番艦にかなりの損害を与えたことを確信していた。
そして・・・
「砲術より艦橋。敵1番艦の主砲1基の破壊を確認!」
「よし!」
牟田口が戦果を報せ、高柳は満足の声を上げた。
敵1番艦が最後の主砲塔を用いて斉射を放ったが、その飛翔音は遙かに小さかった。
砲撃間隔が間延びしていた「日向」が新たな斉射を放ち、「伊勢」が第21斉射を放った。
「決まったな」
高柳は音速の2倍の初速で敵1番艦に殺到してゆく、12発の36センチ砲弾を見送りながら呟いた。
そして、それが敵1番艦の頭上から覆い被さった瞬間、敵1番艦の命運は尽きた。
艦上4カ所に火焔が湧き出したかと思えば、最後の1基の主砲が力尽きたようにうなだれ、30ノット以上の速力で海面を疾走していた艦体が急速に速度を落とし始めた。
「よっしゃー!!」
「やりましたね。艦長!」
牟田口を始めとする「伊勢」の砲術科はお祭り騒ぎとなり、小野寺が顔に喜色を浮かべ高柳の方を見た。
高柳も無意識に拳を握りしめていた。伊勢型のような旧式戦艦が2隻がかりとはいえ、レキシントン級巡洋戦艦に紛れもなく撃ち勝ったのである。喜ぶなという方が無理であった。
だが、熱気が冷めぬ中、爆発音が2回連続し、艦全体が巨大地震に襲われたかのように震えたのはその時であった。
高柳は意識を即座に切り替えて、反射的に衝撃が伝わってきた方向――すなわち、艦後方を見やった。
「砲術より艦橋。第5主砲損傷! 弾火薬庫に注水します!」
「敵2番艦か!? 『扶桑』と『山城』はどうなっている!?」
今飛んできた40センチ砲弾が敵2番艦からの物であることを即座に悟った高柳は、艦の後部に配置されている見張り員に確認を求めた。
「『山城』は既に沈没! 『扶桑』大火災!」
「・・・!!!」
「4戦隊司令部より命令電です! 『「日向」「伊勢」目標敵2番艦』」
「日向」に座乗している塩沢幸一4戦隊司令長官より命令電が届いた。塩沢も「扶桑」と「山城」の2隻が敵2番艦に撃ち負けた事を把握していたのだろう。
「艦長より砲術。目標敵2番艦」
「目標敵2番艦。宜候」
高柳の命令を牟田口が即座に復唱し、「伊勢」の残存5基の主砲が旋回を開始した。
「伊勢」「日向」共に手負いではあったが、敵2番艦も「扶桑」「山城」との砲戦を経て、かなりの損傷を艦内にため込んでいるはずである。
ここは、自分達の勝利を信じて砲戦を継続するのみであった。
「伊勢」が高柳の思いをくみ取ったかのように第1射を放ったのは、次の瞬間であった・・・
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