悪役令嬢はストーカーに見つかった!

すらなりとな

出会いと別れを乗り越えて進む聖女

「はあ、また外れ……」


 壮麗な装飾に溢れた大教会の一室。

 アーティアは手紙片手にため息をついた。


 アーティアは聖女である。

 しかし、アーティア自身は、聖女とは何か、よく分かっていない。

 下級貴族として生まれ、貴族の学園に通い、意地悪な高位の貴族に押し付けられた学園併設の旧聖堂の手入れをしている途中、小汚い剣を引き抜いたと思ったら、何が何やらよく分からぬうちに、聖女に祭り上げられていた。


 訳が分からない。


 もちろん、祭り上げた側――教会や王国のえらい人からは、色々と説明を受けた。

 が、アーティアに、そんな説明を聞く暇はなかった。

 聖女となった途端、周囲がガラリと変わったからだ。


 今までアーティアを虐めていた位の高い貴族達はアーティアを恐れ、

 仲の良かった者はアーティアを利用しようとし、

 縁のなかった者もおこぼれに預かろうとにじり寄ってくる。


 変わらなかったのは、親友のアリスと、同じ学園に通っていた、好意を寄せる男子生徒――


「はあ、イザラお姉さまったら、何処に行ってしまったのでしょう?」


 ではなく、お姉さまと慕うイザラである。


「アンタねぇ! そこはクラウス王子とか、ラバン様とか、タイタス様とか言うところじゃないのっ!?」


 突っ込んだのは、すぐ横で分厚い本を広げていたアリスである。

 本来ならアーティアと同じ下級貴族のため、このような大教会の一室での滞在は認められないのだが、アーティアたっての望みと、とある特殊な才能により、許されている。


「?」

「ああ、もうっ! なんでそんな事聞くのみたいな顔しないでよっ!」


 そんなアリスを前に、首をかしげるアーティア。

 クラウスもラバンもタイタスも、アーティアと同じ学園に通っていた生徒である。

 いずれも王子または王子に準ずる高位の貴族で、財力もある見目麗しい男子生徒。

 色々な意味で全学園の女子あこがれの存在なのだが、


「だって、クラウス様はイザラお姉さまという婚約者がありながら、浮気したんだよ! 浮気だけでも許せないのに、お相手がイザラお姉さまとか絶対無理!

 タイタス様はお姉さま追いかけるの邪魔するし、ラバン様はお姉さまといっつも難しい話で盛り上がってるし、むしろライバルじゃん」

「はあ、なんでよりによって攻略対象が悪役令嬢なのよ?

 何処で育て方間違ったかなぁ……」


 頭を抱えるアリス。

 だが、アーティアの方はそんなアリスに容赦ない追撃を浴びせかけた。


「もうっ! お姉さまを攻略対象とか悪役令嬢とか言うの禁止!

 アリスこそ、『こうりゃくうぃき』とかいうのに毒され過ぎなんじゃないのっ!」


 アリスの広げる本を指さすアーティア。

 アリスの「特殊な才能」とは、まさにこの本にあった。


 王宮に「予言の書」として代々受け継がれてきたこの本は、未来が書かれていると言われる本である。

 ただし、聖女とともに現れるという予言者を除けば、白紙にしか見えない。

 伝承によれば、数代前には、映せば字が写りこむ「未来の鏡」なる鏡があったという話なのだが、その鏡は盗まれて現存していないという。

 このため、アリスは、今現状、この本が読める唯一の「予言者」である。


「だってしょうがないじゃない!

 本当に『攻略対象』とか『悪役令嬢』とか書いてあるんだし!

 私に至っては『お助けキャラ』よ!

 酷くない!?」


 が、その予言の書、とにかく言葉が悪かった。

 聖女であるアーティアを『主人公』とするのはまだいいにしても、他の人物を『モブ』だの『お邪魔キャラ』だの、言いたい放題である。

 しかも、それなりに当たっているのが腹が立つ。


「うん、ひどい酷い。だから、さっさと読んでそんなゴミ捨てちゃおう。

 という訳で、お姉さまの居場所とか書いてない?」

「まだそんなところまで読んでないわよ!

 イザラ様が修道院に送られたってトコだって、アンタがうるさいから作業止めて、それっぽいところを先に読んだんじゃない!」


 ビキリと血管を浮きだたせるアリス。

 アリスのいう「作業」とは、予言の書を、誰でも読める普通の紙に書き起こすことである。しかも、ただ書き起こすだけでなく、先ほどの『悪役令嬢』だの『お邪魔キャラ』だのという悪口を別の適切な言葉に置き換え、その他の理解できない単語――『シナリオ』だの『フラグ』だの『スチル』だの――も文脈から解読して注釈するという、言ってみれば、予言の書の解説書を作る作業だ。

 もちろん、簡単には終わらない。


「じゃあ、イザラお姉様がどの修道院にいるか書かれてるところ、先に読んでよ!」

「残念ながら、この予言の書じゃ、『悪役令嬢は修道院送りになりました! ざまぁ! ぷげら!』で終わってわよ! その先は、もう数か月後に時間が飛んで、戦争の話になってるから!」

「よし、そのゴミ燃やそう! 今すぐ燃やそう!

 聖女の名のもとに焚書処分だよっ!」

「やめなさい!

 気持ちは分かるけど、すごく分かるけど、これから起こる戦争のこととかも書かれてるんだから!

 ていうか、調査はどうだったのよ!? 王宮にお願いして、全国の修道院を探してもらったんでしょ?」

「見つかったらこんなこと聞いてないよ! 全部はずれだよ!」


 手紙を破り捨て、立派な椅子に音を立てて座りこむアーティア。

 完全にへそを曲げたらしい。

 アリスは、額に手を当てて天を仰いだ。


「あのね、予言者じゃなくて親友として忠告するけど、いつまでもいなくなった相手を追いかけ続けるのは、いろんな意味でよくないよ?」

「……いなくなったわけじゃないもん」

「じゃあ聞くけど、アンタ、イザラ様とそんなに仲が良かった?」

「…………よかったもん」

「じゃあ、ちゃんと、自分の想いを伝えた?

 伝えて、相手も受け入れてくれた?

 もしそうなら、イザラ様から連絡があるハズよ?」

「………………伝えられなかった」

「じゃあ、はっきり言うけど、アンタのやってることは、イザラ様には迷惑よ。

 別れは誰にだってくるの。それがイザラ様とは早かっただけ。

 きちんと受け止めなさい」

「……………………受け止めきれなかった時は?」

「それでも、前を向きなさい。新しい出会いもあるわよ」


 くずりだしたアーティアに、ハンカチを差し出すアリス。


 しかし、そこへ、タイミング悪く扉が開いた。


「失礼します。アーティア様。お手紙をお持ちしました」


 入ってきたのは、メイド。

 アリスは慌てて立ち上がり、アーティアの涙を見せないよう、前に出て受け取った。


「ありがとう。渡しておくわ」


 下がっていくメイドを見送り、手紙を見る。

 差出人は、地方の有力貴族。

 予言の書によると、領地の一部にスラムを抱える荒くれ者ではあるが、根はやさしく、後の戦争では聖女の手助けをしてくれる人物である。


「ほら、手紙よ?

 新しい出会いかもしれないでしょ。

 読んでみれば?」


 黙って受け取るアーティア。

 傍らのペーパーナイフで封を開け、


「アリス! イザラお姉さま、見つかったって!」


 みるみる、その表情が明るくなった!


「はぁ!? ちょっと待ちなさい!」


 慌てて手紙をひったくるアリス。

 そこには、スラム街の祭りで、修道女に扮したイザラらしき人物を見かけたと書かれている。

 しまった、見せるんじゃなかった、と思ってももう遅い。


「アリス! 私、行ってくるね!」

「ちょっと待ちなさい! 私の話っ! 聞いてた!?」

「聞いてたよ!

 でも、私だって思うんだっ!

 別れひとつであきらめるほど、軽い愛じゃいけないって!」

「ちょっとそれ、『ストーカー』っていうのよ!」


 思わず、予言の書に出てきた言葉で止めようとするも、聖女として強化された肉体を持つアーティアは、すさまじいスピードで教会を飛び出していく。

 残されたアリスは、慌てて先ほどのメイドを呼んだ。


「手紙の用意! 急いで! あと、馬の準備も!」



 # # # #



「シスター・イザベラ、どうしました?」


 スラム街の中に立つ、修道院。

 イザベラと名を変えて生活していたイザラは、修道院長のマギアの部屋で、小さく身を震わせていた。


「いえ、少し寒気が」

「風邪ですか? いけませんね。今日は早く休みなさい」

「ええ。ですが、その前に、一つだけおうかがいさせてください」

「なんでしょう?」


 改まって頼みをするイザラに、しっかりと向かい合うマギア。

 イザラはその厳しさに信頼を覚えながら、問いかけた。


「この間のお祭り、聖女を祀ったものと聞きましたが、聖女について、詳しい文献などはありますか?」

「いえ、この修道院も小さいですから、歴史的な文献などは保持していません。

 せいぜい、一般に出回っている物語の本くらいですね」

「そうですか。お手間をおかけしました」

「いえ、それより、聖女を調べようとしている理由をお聞きしても?」

「この間のお祭りを同じシスターたちと回って、少し思うところがありまして。

 私も、私なりに聖女に向き合おう、と」

「そうですか。それは、ちょうどよかったかもしれません」

「はい?」

「先ほど、中央から、あなたが聖女に見つかったと連絡が来ました」

「!?」


 イ ザ ラ は 目 の 前 が 真 っ 暗 に な っ た !

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