さよなら

星ぶどう

第1話

 高校3年生の4月、いよいよ受験生イヤーがやってきた。第一志望合格に向けて頑張るぞと思っていたがここでとんでもない邪魔が入るのである。それは恋だった。彼女との出会いは高校2年生の時だった。

 俺は高校2年生の夏から塾に通っている。俺は文系で、塾で取っている授業は苦手な英語と古文だ。

 授業にも慣れ始めた10月の初回授業、古文の授業についての話である。

 その日から女子生徒が新しく1人クラスに増えた。最初は特に顔も見ず気にしてはいなかった。だがある日、俺がいつも通り古文の教室に入るとたまたま彼女が入り口付近に座っていたため、顔を見ることができた。かわいい…。俺は一目惚れしてしまった。

 しかし彼女のことを気にしていては授業に集中はできない。だから俺は無視することにした。

 そして迎えた高校3年生。俺は2年生の時と同じ授業を取った。進路変更などもあったりして、割と次年度で違う授業を取る生徒が多いらしい。だから全く変えない俺は珍しかった。だがそれが俺の受験勉強の妨げになってしまうのであった。

 古文の初回授業、俺は新しく指定された教室に入り驚いた。なんとあの子がいたのだ。彼女も古文の授業を今年も取ったようだ。ちなみに彼女以外は全員知らない人だった。これは運命かもしれないと俺は思った。いや、さすがに大袈裟か。

 その日は彼女のことを気にせず、授業に集中した。だがその日の帰り、俺は彼女のことを考えてしまっていた。これから1月末まで毎週一緒に同じ授業を受けられるのかと。

 実は俺は密かに青春をすることに憧れていた。部活も入らず、彼女もできず退屈な高校生活を送ってきたのだ。だから最後の1年間くらい青春がしたいと思っていた。もちろん今は受験生で勉強が最優先であり、他校の生徒だから友達にすらなりづらい。それでも俺は彼女と話をしてみたかった。

 それから一週間後、古文の授業をやる教室に向かうと彼女が1人教室の外に立っていた。どうやら前の授業で生徒が先生に質問をしているらしい。彼女はそれが終わって教室が空くのを待っていた。今この廊下は俺と彼女の2人きり。今しかないと思い、俺は彼女に声をかけた。

 「あの、これって入ってもいいんですか…ね?」我ながら自然だ。

 「あっ、えっと…どうですかね?」

 俺たちはしばらく黙り込んでしまった。そしてその後すぐに教室が空いたので、その日はそれ以上もう話さなかった。今思えばこれが真の出会いだったかもしれない。俺はその夜、勇気を出して声をかけられた自分を讃えた。

 それから一週間後、早めに塾についてしまいまだ授業開始には20分もあったが、早めに教室に行くことにした。

 教室に入ると、彼女1人だけが座っていた。教室で2人きり…これはチャンスだと思い、勇気を出して話しかけた。名前と高校名、志望校も聞いたりして10分くらい話した。さらに連絡先までも交換したのである。その夜、俺は早速彼女にメールをした。今日は話してくれてありがとうと。そしたら返信でこちらこそありがとうときた。よかった、変なやつと思われていない。順調にことは進んでいる気がした。

 一週間後、また俺は早めに教室に行くと彼女がいたので話した。だがそこで邪魔が入ってしまった。2人で話している時に女子生徒が1人教室に入ってきたのだが、彼女がその女子生徒に話しかけたのだ。3人で話をしていたが予想以上に彼女と後から来た女子生徒が仲良くなってしまい、次の一週間後に俺が教室に入ると仲良さげに2人は話していた。女子トークの中に男は混じりにくい。それから俺と彼女は話さなくなってしまった。

 このことをクラスメイトの友達に相談すると、「恋愛なんかしている場合ではない、勉強に集中しろ!」と言われた。気づけばもうすぐ夏休み。確かに受験勉強に専念しなければいけない時期だ。だがそれでも俺は青春がしたかった。

 俺は思い切って2ヶ月ぶりに彼女にメールをすることにした。しかし、彼女だって受験生。もしかすると俺のメールを嫌がるかもしれないし、それが原因で俺のことを嫌ってしまう恐れもあった。だが動かないと進まないし、忘れられる。俺の心のモヤモヤを晴らすためにも俺は彼女と話したかった。だから慎重に受験関連の話題をあげてメールをした。

 3日後に返信が返ってきた。俺はまだ忘れられていない気がして嬉しかった。俺は今度は試しに受験と関係ない日常的なメールをしてみた。何日経っても返信は返ってこなかった。しばらく経ってから俺はまた受験に関してのメールをしてみた。そしたら4日後に返信が返ってきたのである。俺は受験の話題しか取り合ってくれないことがわかった。おそらく向こうも忙しいのであろう。こんな見知らぬ男と話してくれるだけでもありがたいと俺は思った。

 俺もこの時期に恋愛をするのは間違っていると思う。だから受験が終わった後に俺は彼女に気持ちを伝えるつもりだ。そのためにもどうにかして彼女との縁を繋いでおかなければならないのだ。しかし彼女の返信は遅く、なおかつ割とそっけなく一言で返してくる場合もあるので、俺が彼女と恋人になるのはかなり難しい気はしていた。

 それからしばらく俺は直接話すのではなく、メールでしばらくやり取りをしていた。メールも毎日やったら多分迷惑だろうと思ったので、返信が遅いこともあり一週間に一度くらいのペースでやっていた。古文の授業前は相変わらず彼女はすっかり仲良くなった女子生徒と楽しそうに話していた。俺も話したいが今は我慢。彼女の笑顔を見られるだけで幸せだった。

 古文の授業以外でもたまに彼女を廊下で見かける時がある。その場合は大抵彼女は1人なので、話す絶好の機会なのだが俺は緊張でびびっていつも話せないでいた。チキンな俺を情けなく思った。

 1月になった。大学入学共通テストが迫ってきているが、最近俺はあまり勉強がはかどらずにいた。どうしても彼女のことを考えてしまうのだ。実はメールの返信が最後に送った日からもう3週間もなかったのだ。もう受験が間近に迫っているから仕方ないとはいえ、彼女とのやり取りは受験勉強という苦しく長い戦いで疲れている俺の癒しになり、互いに刺激し合い勉強へのモチベーションにもつながっていたのだ。それがなくなってしまうと迫ってくる受験本番の重圧に押し潰されそうになる。

 ある日塾の自習室での自習を終え帰りの支度をしていた時、彼女が向かい側の窓際の席で帰りの支度をしているのを見つけた。彼女は確か電車で帰るので俺と同じ方面のはずだ。塾から駅は少し離れているので、駅までの帰り道だったら話せるかもしれない。だが俺はまた急に緊張してきてしまい、体が動かずにいた。ああ、今日もまた話しかけられないのか…。しかし俺はふと考えた。1月で授業は終わるので彼女とは毎週会えなくなってしまう。しかも受験が始まれば塾で見かけることもなくなる。つまりいつ会えるかわからなくなるのだ。このチャンスは2度とこないかもしれない。そう思った俺は彼女と自習室を出るタイミングを合わせ、塾を出た途端に彼女に話しかけた。彼女は少し驚いていたが不快な顔をせず俺と駅までの間話してくれた。直接顔を合わせて話すのは何ヶ月ぶりだろう。もうすぐ本番だね〜、なんて話をしながら帰った。久しぶりに彼女と話せて楽しかった。また勉強に対する俺のやる気スイッチが身体中全てに入った気がした。

 2月になった。あれからはメールもしていない。授業も終わったので彼女の姿も塾内で見かけなくなった。私立大学の受験が始まったので、塾に来る人もまばらになっていった。

 ある日、休憩を終え自習室に戻る途中に向こうから人が歩いてくるのがわかった。彼女だった。リュックを背負っていたので帰るところらしい。どうする。このまま行くと俺たちはすれ違う。会うのは久しぶりだったので俺はいつもより緊張していた。

 ドクン、ドクン。だんだん近づいてくる。もしかすると彼女を見かけるのも今日が最後かもしれない。恋人に、ましてや友達にすらなれていないかもしれない。だとしても後悔だけはしたくない。

 俺は勇気を振り絞って声をかけた。

 「お、おつかれ。」

 「おー、おつかれー。」

 一言だけのやりとりだったが、後悔はなかった。これで俺も集中して受験に臨める。もう少しだ。受験が終わればまた話せる。

 2月末、俺の受験が全て終わった。さあどうしよう。俺の受験の日にちは一番最後だったので彼女ももう終わっているだろう。俺は携帯電話を取り出した。しかし、俺はためらった。いきなり気持ちを伝えて良いものなのか。彼女とはあまり日常会話をしていない。お互いのことをあまり深くは知らない。もしつきあうことになってもお互い楽しいのだろうか。だが俺はもっと彼女と話をしたかった。だから俺は3月に遊びに誘うことにした。2人だからデートというべきかもしれないが。

 俺は早速メールを送った。一週間後、彼女からの返信はこうだった。

 「3月は予定がいっぱいだからごめんね。」

 俺はこのメッセージは俺とは会いたくないということだと悟った。そうだよな。こんなよく知らない男といきなりデートなんて嫌だよな。

 俺はわかったということだけを返信し、それからは彼女にメールをするのをやめた。実際彼女は俺のことをどう思っていたのかわからない。少なくとも好きではないだろう。むしろ好きの反対、無関心だったのだろう。だとしたら程遠い。結局1月の会話が彼女との最後の会話だった。でも俺は後悔はなかった。俺にとって非常に濃い1年だった気がする。少しの青春をありがとう。

 「おつかれー。」

 あのやりとりが彼女との別れだった。

 

 

 

 

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