第18話 甘え
「……いつから、あの人と一緒にいるんですか」
キノに問われて、彼女は目を細める。
「かれこれ半年、このゲームが始まった頃、私はあの人たちに拾われた。――そしてここが、終着点でもある」
「あの人たち?
なんで曰く付きみたいな言い回しすんです」
「さぁ」
ミユキはそれ以上語らなかった。
キノとカリンは怪訝に顔を見合わすばかりだ。
*
エレーネの街でアスカがマルチネスを廃人にしたとき、ヘリオポリスのギルドネストで三人は囲われて尋問された。
尋問に立ち会ったのはマリエであり、その頃からの間柄である。
「きみはうちの団員を現在進行形で廃人にしかかってくれたようだけど。――理由と手口をうかがっても?
結界に囲われた非戦闘エリアである、このエレーネの街で、どうやってマルチネスとカトル青年への加害に及んだか」
「……別に、隠すようなことはないですよ」
アスカは足元から、ミユキの契約したばかりだったユニスライムを拾い上げる。
「なんのつもり?」
執務室にいたギルドのメンバーは、彼が変なことをしないかと一同身構えた。彼はやれやれと言わんばかりに首を横に振る。
「今さら逃げも隠れもしません。ユニスライムの固有スキルに『解体C』ってものがありましてね。それを纒って、連中をぶん殴りました。
これは実のダメージにカウントされない代わり、やわいオブジェクトなら簡単に突き崩すことができます。非戦闘エリアで、彼らの身体をばらせたのは、それです。
マルチネスさんとは、ログインした当初から因縁がありました」
「因縁?」
訝しむマリエに彼は滔々と、そもそもミユキと自分たちが出会ったのは、マルチネスが彼女に暴行を加えていたからだと説明した。
事実であるがゆえに、話をそばで聞いていたミユキは、俯くしかない。そんな彼女の肩を支えたのは、名目上“彼氏”になってくれたばかりのキューリである。
「カトルって彼は、君たちが懇意にしていたパーティのメンバーだったそうだけど。そこにいるキューリ君とは仲良かったはずでしょう」
「えぇ」
キューリは渋々頷いた。事実だから。
アスカの虚言混じりは、その直後。
「むしゃくしゃしてやりました。
あいつら嫌いだったんで」
薄っぺらい笑みを張り付けて堂々としている彼に、一同はドン引きだ。
「……本当に、それだけ。
それが全身を猟奇的にバラバラ切断し、マルチネスさんに至っては目玉までくり抜いたりした理由?」
「えぇ、それだけです。
プレイヤーの僕を拘束して、罰を設けますか。
どうでもいいですけど」
「最近の若いのは何考えてるんだか――へらへらするの、やめなさいよ。それだけ君の味方が減る」
すると彼は一度、ぽかんとしてから、寂しげに微笑む。
「僕はあんたらに喧嘩売ってるんだよ。
団員候補のふたり、真っ当に管理できないで」
「どういうこと?」
「――もうやめてください!」
現場の空気に耐えかねて、ミユキが叫んだ。
肩で息をつかせて、彼女はありのままを話し出す。
自分のために、彼が他者から疑われることがもう我慢ならなかった。
「アスカさんは、私を守るために、やったんだと思います」
それは彼の意に反することだとは、彼から睨まれてわかっているが、止めようもなく。
マルチネスはとかく、カトルに至っては、一緒に行動していた時期、ミユキはそのつもりもないのに、しつこく言い寄られていた。
「全部、私がいけなかったんです。
私が拒めなくて、弱かったから、アスカさんは」
「――馬鹿じゃないの」
梯子を落とすようなことを、彼自らは言う。
「お前がかわいくてやったなら、このくだらない契約はなんだってんだよ?」
ミユキを侍らす、彼の右手、契約紋を突き出して掲げるのだった。
*
結局アスカがふたりへ凶行に及んだのは、マルチネスがミユキとキューリに対して加害を仄めかしたからだ。
(結局私は、あの人の中でなんの価値もなかった。
自分のためだなんて、早とちって)
必要だったのは、キューリとの絆。
面と向かってそうかと問えば、アスカは間違いなく首を縦に振る。
彼にとって、“従者”のミユキは、“親友”の二の次だ。
あの頃の私は、本当に短慮だった。
……考えてみれば、アスカはミユキがキューリの告白を受け入れるでなければ、彼女のために何かしようなどと考えることは『ありえない』。
キューリはあの後、苦笑交じりに、自分だってカトルのことを信用していたぶんのショックはあったのに、ミユキへやさしかった。
きみはそれでよかった、正しいことをしたんだ、そう言った。
――だからこれからもあいつをよろしく。ややこしいことにはなったけど、従者じゃない、ありのままの君を、アスカなら受け止めてくれる。
……故人の言葉は、重い。
話題を切り替えながら、奥地へ向かう。
「カリンちゃんはどうしてゲームを?」
「マンションでペット飼えないって言ったら、代わりにってオウリが勧めてくれて――キノ君も、あのひとに付き合ってくれたんです」
「へぇ」
オウリは彼女の幼馴染だったらしい。
いるとこにはいるのだな、とミユキは妙な感慨を覚える。
「モンスターテイムのRPGとか言われて、なにが代わりのつもりだろうって、思ってたんだけど。
ロボットのペットとか、昔あったじゃないですか。結局そういう、愛玩のおもちゃみたいなものかと思ってたんです。印象はさほど変わらないんですけど、この世界では凄い解像度高いって言うか。ナマモノなのに、地に足ついた安定感あるっていうか」
「昔……まぁゼロ年代には既にあったよね、でも現行かと思ってたわうち」
ゲーム史についてはいくらか違いがあるようだが、技術水準自体は話が共通することの多い。
一般市場にフルダイブVR用のハードが出たのは、ミユキやアスカたちの社会では2011年末のことだが、キノやカリンらの世界では2021年の中頃だったそうだ。
「今日やることの、改めて確認ね。
ふたりとも私の後ろについてれば、経験値爆上がりできるから」
キノは言う。
「シーリング、でしたっけ。
敵エネミーに触れると、自動的にMPを吸ってくれるって剣。
非実体を切れると聞きましたけど、実際無生物なら実体でも切れてますよね?」
ミユキは頷いて補足する。
「えぇ、シーリングタイトルの
無生物エネミーは、新生までの時間的ロスが少ない。
スタミナ切れで向き合ったら、絶望的な相手だけど、この戦法で立ち回れば、より長く、集中力の続く限りは、半永久的にこれを繰り返せる。
所謂周回システムを、アスカさんが私に見合った形で思いついてくれた」
「目ざといんですね、あの人」
カリンもわりと容赦がない口ぶりだった。
彼女はミユキの彼への心酔っぷりは病的だと感じている。
「対等な仲間でだって良さそうなものなのに、ミユキさんはなんであの人の下に付くんです」
ミユキは首を横に振った。
「上とか下とか、私はそんなに考えたことないよ。
私は私のできることをしていたら、あの人に相応しいかたちのものを、自分が欲していただけ。
……それであの人を苦しませてるかもしれないけど」
少なくとも切っ掛けは自分の甘えにあり、今なおそれが『上位調教』という関係をもって続いている。彼がミユキを呪ったのではない、ミユキが彼を呪ってしまった。
この前、兄が自分に言っていたことは、正しいのだとわかる。
元から多少極端な人だが、こちらの弱点を的確に把握していた、それだけ卓越な観察眼――アスカもあの人に、そうしたところがよく似ていて、だから私は甘んじてしまった。
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