第10話 煩い
「マリエさんは具体的にどこまで言っていた」
彼女の兄について、それなり有力な情報を握っているでなければ、単身彼女をネストに呼び出したりはしないだろう。
「エピタフの密林に、アキトってプレイヤーが根城を構えていると聞きました。
でもそれが私の捜してる兄かまでは。よくある名前ですから」
「そう……」
辛気臭い彼女の顔を見ていると、正直げんなりするのだが、とうの昔に慣れてしまった。これの中和剤は、時々カレンなのである。
「あそこは即死付与持ちのモンスターがうじゃうじゃいる。単体付与の成功率は低いが、なまじ数が多すぎる。
強力なアイテムでもないなら、プレイヤーが行くメリットは……捜しに行ってやられるようじゃ、元も子もない。
わかっているよな?」
ミユキは頷く。
「それでも行くのか」
再び。
「……まぁ、そうなるよな」
アスカは嘆息した。その後ろで、カレンが不安げな顔をする。
「ふたりとも大丈夫なの?
なにも得られないかもしれない」
「家族なら、大事にしたいんだろう」
アスカの突き放した物言いに、三人は呆気にとられていた。心にもないことを、という顔だ。
「アスカさんのご家族って」
「そんなものはいないよ、悪かったな」
彼はネーネリアからの疑問符を先んじて潰しておく。
「それで、エピタフって」
「ある場所では、墓所のことをそう呼ぶ。
いくつかある、『冥府に近い』場所だ。
自動的に、死に属する因子を有するものがより集まる」
「不気味ですね」
「そのぶん、普通のプレイヤーやパーティなら迂闊に近づくことをしない。仲間や眷属のモンスターを損耗するばかりで、ノーコンティニューで挑戦するにはリスクと効率が見合わなすぎる」
「プレイヤーさんの時々言う、ノーコンティニューってなんです?
あともの投げる時のノーコンとはどう違うんですか?」
「そっからか――あとでじっくりと教えてやるよ。
どのみち、俺とネーネリアは行くことになる。
契約者とそれぞれが、必要以上に離れることはできないからな」
ノーコンティニューとノーコントロールの言い回しが似通っているなど、畑がやや違うからか、思いもよらなかったが……これがプレイヤーとオルタナの、視点の違いということか。
おかげで程よく、肩の力が抜けた気がする。
*
「レベル50台のプレイヤーなんてまだいたのか。
まっとうに育成していれば60前後はなければおかしいのに――」
アスカらは木陰に隠れて、囲われた彼らを見ている。
ネーネリアは憤然とした。
「いや、助けてあげましょうよ!?
私たちはとかく、アスカさんならあれを一掃するなんて容易いじゃないですか!」
「……既にやっている。
ふたりとも、周囲の索敵警戒を頼んだ、突っ込むぞ」
霧の深いフィールドは、視界で感知できるものも著しく減る。平地なら50メートル四方ですべて捉えられるはずのモンスターやオブジェクトなどが、直接的な視認や特殊効果眼の感知等々、七割は減じると考えて行動せざるをえない。
10メートル圏内の攻撃回避ですら、移動しながらでは難儀になる。
アスカは叫んだ。
「――そこの三人!
連携しろ、モンスターに後ろを取らせるな、まとまって動け!
死にたいのかッ!?」
呼ばれてまごついている、年下の少年少女たち。
やはりプレイヤー、テイマーだ。
直後三人の周囲に、旋風が円環する。
アスカが先んじて飛ばした、エレキビッツと災鴉の融合した二羽の変質端末。無生物には纒の技術を応用し、調教師ならではのギミックを加味できた。フギン、ムニンと便宜上それぞれを命名している。
普通の生物は纒を二重、三重、四重までで重ねられるが、術者の意思による生命の強制的な恭順のため、肉体や武装から切り離した使用ができない。
無生物には自我や意思というものが、基本的に存在せず、すると術者の肉体から離れた思考運用も可能である。
「やはり空間の霧は、風では払いきれないか!
保護するには、もっと彼らに近づく必要があるぞ。
近づけば、逆襲されるリスクも出てくる――信用されないと、提携もできない」
「霧はさっきより濃くなっています、三人は?」
「こっちでは捉えている、あとはせめて、声だけでも届くといいが、移動しながらじゃ細かい指示も出せない――三人ともかたまっていろよ!
そうしたら――」
少女の悲鳴がする。
こちらが飛ばす端末に、ダメージは確認されない。
フギン、ムニンの知覚情報はリアルタイムでアスカのもとへ届いているが、霧が濃すぎて、モニターウィンドウの確認にもひと手間かかる。
「遅かった!!?
ミユキ、俺は状況を確認しながら進む。
背後と側面、それとネーネリアの防御すべて任せる。
彼らは群体の向こうだ、突破行く!」
「はい!」
彼女への負担は過大だが、アスカも自分の持つすべての無生物個体を放している。
そしてミユキは、アスカの指示を聞くしかないのだ。
「いつでも――私はあなたの従者ですから!」
子供を見れば、それが敵かなど関係なしに、救いたい、救われて欲しいと願う自分は甘いのかもしれない。
自分の中に、矛盾はあった。
いつかキューリと、ミユキが蹴られているのに出くわしたとき、彼女を助けようと願わなかった。
彼女が明白な弱者であっても、善人ではなさそう、関わるとけしてろくなことがないと、渋って、事実そうだったのだ。
……そして俺は、今でも彼女の存在が煩わしい。
たとえそれが力を与え、従属させた仲間であろうと――人が人を侍らせるなら、意思を持った誰かをそうしたという責任を強く問われることになる。
かたや、自分が無辜だと感じれば、三人を守ろうと意固地になれるのはなんでか。
答えはわかっている。
もう誰も、失いたくないから。
「結局俺は、なにも支配できちゃいない」
歯噛みした。
少年の声がする。
「――オウリ! そんな、駄目だッ!?
こんなところで逝くな馬鹿野郎!」
もう片方の少年がやられたか。
少女の方だったなら、残るふたりは言葉を失っていたんじゃないかと、俯瞰したような思考をする、自分が憎たらしい。
そんなに冷静でいられるなら、どうして全員、守ってやろうとしない?
(まだ即死を喰らったと決まったわけじゃない)
それならまだ助けられるかも――、そんな淡い期待は、
「デスゲームで即死付与!?
んなゲームバランス、あっていいわけが」
「――」
ごく平坦な流れで、崩れ落ちる。
攻略に挑む普通のプレイヤーなら、いまどき即死付与の脅威について、それなり聞き及んでいるはずなのだ。
それを知らないのは、彼らが単に非常識だからというより――本当に何も知らないとしたら。
アスカらは、もうひとりの少女についても探りながら目くばせし、多少走るペースを落とす。
現実を認められない少年の喚き声と啜り泣きは、もう手前。
「なんなんですか、あなたたち。
この場所はいったい」
少女はアスカの目の前で、杖を構えていた。
その手合いの量産品の効果は限られているので、攻撃には使えない、反射的に出た防衛意識だろう。
それとパーティのもうふたり――
「あんたら、絶対に許さねぇ。
あんたらのせいでオウリは」
「僕の使役する端末は、このふたつのみだ。
君らはなにをしている」
「やめなさい、キノ。
この人たちに当たり散らすのは、違うでしょう?」
少女は少年の肩に手をかけて、宥める。
「おかしいのは、ここにいるモンスターだよ」
「きみたち、ここにいるのがどういうものかも知らないのか」
「あの――あなたは?」
怪訝な顔ながら、少女はパーティ間の対話を取り仕切った。多少なり、まだ気の抜けている少年より、胆力はあるようだ。
「始末屋、とでも名乗っておこうか。
その界隈では、悪い意味で有名だから」
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