第9話 折衝
訳アリの女とわかっていても、助けようお人よしが、キューリこと佐藤鳩里である。
「いくらなんでもあれは――止めるなよ、アスカっ」
「別にいいけど、あれは訳アリかもしらんぞ」
「俺は動かなかったことを後悔したくないんだ!」
そしてまっすぐ飛び行った彼、相手の巨漢が止まっているうち、逃げ出した少女はすれ違いざま、キューリの持っていたスキルシードを掠め取っていった。
「うそだろ――俺のスキルシード!?」
「てめぇこのオトシマエ、どうつけてくれやがんだァアッ?!!」
巨漢はキューリに掴みかかる。
アスカはというと、キューリに遅れて、敢えて屋根裏から状況を俯瞰。
プレイヤー持ち前の跳躍スキルを効果的に活用していた。
そして角を曲がったばかりの少女の背後へ飛び降りて、拘束する。
一目見たときから、アスカはこの少女のことが好かなかった。
「身体を張って守ろうとしたやつに、わざわざ仇で返そうってのか。
つくづく女ってのは――」
別に男だ女だは大した問題ではないが、やたら癇に障る。
この女はどうせ『打たれ弱い』と、直感がしていた。
アスカは性悪説だが、わざわざ男女差別などしない。
……暴力の行使に際しても、という、近代的レディファーストなどからはいささか遠い価値判断も持っている。ゆえにミユキを見ても外見で判断するまえに、躊躇わず捕縛できてしまうわけでもあるが。
起きる最悪は起きてしまう、そういう極限認識で動いていた。
でなければ、自認を取り戻し、ゲームから出られなくなったことに気づいたプレイヤーが起こす幾多の騒動で劣悪な治安の中、始まりの街こと『ビギナJP』でまともに動けたとも自身だって思えない。
そしてプレイヤーの性差は、身体能力の優劣とイコールではありえず、迂闊に抵抗を許すわけにもいかない。
そのときは、屈服させるほかになかった。
アスカはキューリに危害を加えた時点で、ミユキに対して殺意以外のなにも感じていなかったが、巨漢に絡まれたキューリがそのときは残っており、ほいほい彼女を殺すわけにもいかず、その処遇を交渉のダシにして、巨漢からの彼女の盗品を返却する代わり、巨漢からはプレイヤー名を引き出して牽制する。おかげでその場を全員、無傷で切り抜けることはかなった。……ただし、合流した途端、キューリがうっかり口を滑らせて、アスカの名が巨漢――『マルチネス』と名乗った側に知れるという痛恨のミスはあったが。そのミスは以後、半月ほど尾を引くことになる。
だからアスカ個人にとってすればまぎれもなく、彼女とはそも「関わり合いになるべきでなかった」。
それは今日まで、まったく一貫している認識だ。
*
幻蛇から抽出したウロボロス毒、これをミユキのテイムしているユニスライムによって、調合――というか、変質される。
「ってことで、飲みなさい」
「えぇ……猛毒って話でございませんでしたか?」
「ゆにちゃんのスキルで変質しているから、毒ってことはないでしょ」
彼女のお膝元にいるそれは、水球に角の生えたような、一角の
「ゆにちゃん――あのユニスライム、ミユキさんのだったんですね。
アスカさんが使ってたみたいですが」
フラスコに入った薬品は、毒々しい紫色で、臭気を発している。
「まぁ原液だから、摂取して“定着”するにもペースがありましょうけど。
薬も取り過ぎれば」
「やっぱり毒じゃないですか!?」
それがネーネリアに対するペナルティだった。
「契約紋の上位調教、プレイヤーは孫紐づけのモンスターを使役し、状況によっては纒として行使することができる」
「なんでもありですか。――うげぇ。
……纒って、もしかして人間まで装備したり?」
ミユキは首を横に振る。
「人や亜人を纒うシステムはないね。
もっとも霊長憑依タイプの纒は、それだけ制御のための負担が大きくなる。コスパ次第かな。
アスカさんが無生物を纒たがるのは、それそのものには自我がないから戦闘単位として扱いやすいらしいんだけど――そも“使徒級”を使役しているプレイヤーなんて、あの人ぐらいだから」
「やっぱり。
あれは天の使いだったんですか」
ネーネリアには、憶えがあった。
白き鋼の翼を、己の漆黒に染め上げる
それが彼女の、冒険の原点にある。
『インペリアル・フロンティア』の世界は、SFで言わばダイソンスフィア状の天体であり、太陽を中心に、殻状の断片となった陸地と海域で包括される。
プレイヤーが十二支族の契約紋を介して得ようとしているのは、星辰の契約紋と呼ばれるものの解放だ。
そしてこの世界の“太陽”と“月”は、星辰の契約紋の作用に大きく関わっていると見立てられていた。
この世界における「太陽」と「月」は表裏にあって、同一のものだ。天体が円鏡のような光点から、月の地表のくっきりとした、薄い白光へと入れ替わっていく。
実際、太陽でも月でもあるあの小天体は、ある種の鏡面のように伺える。あまりにくっきりとそこへ収まり、地表や空気の層にも独特な色相を与えていた。
昼夜――これには夏至と冬至の遷移があり、おおよそ十二時間前後とされるが、その長さと四季は三か月おきで一周する。
そのぶん生態系の遷移スパンも、現実世界と較べるとかなり早く回っていた。
さらにあの天体の周囲には、それを取り巻く使徒級――確認される中でも最大レアリティのモンスターらがいる。
アスカの使役する
ギルド連合は過去、天空の“太陽”へ、飛翔能力を持つモンスターらを活用するなどして、直接的な接近を試みた。星辰の契約紋に頼らない攻略のショートカット、万一にもその可能性にかけていたプレイヤーは多いが、連合が指揮した作戦は失敗し、多数の死傷者、そして各地に被害が波及してしまい。
――かたや数少ないながら、成果もあった。
「いずれにせよ、この調合薬の精製と吸収を繰り返すことで、即死耐性を大幅に向上できるはず。
素材を集める手間はかかるけど」
「即死、耐性?」
ミユキは頷く。
「今から向かうのは、そういうところだから。
攻撃を受ければ、一撃でそれまでの努力が水泡に帰する」
「一撃で、死ぬ? 防げないんですか」
「当たったら、死ぬか耐性のランダム発動で無効化するかしかない。レベル50以上の効果エネミーとぶつかったら、プレイヤーでさえ耐性による博打になる、確実に防げる保証はない。そうなりたくなければ、まずは攻撃に当たらないことだよ」
「ひぃ」
「ほんと、なんてクソゲー」
彼女は遠い目をしていた。
「それでもふたりはすごいよ。
アスカさんは『始末屋』、それはそんなにいい意味じゃないけど。
あの人へのプレイヤーが思うことは、恐怖と、治安を乱すプレイヤーへの抑止力としての畏敬。
カレンは『調律士』、そういう風にして、人に名前を憶えられるだけの実力があって、すごく頑張ってる。
……なんでアスカさんが、私でなくてカレンを好きか。
あなた、もう気づいてるんでしょう」
「え」
それからも一方的に喋り続ける。
「私は怖いとき、それを怖いって態度にしないしできない。
可愛げがないわけ。そのくせ大した実力もないとくる」
「すればいいじゃないですか。
つか私に愚痴る必要がないですよね?
あぁ……そういうところも含めてか」
ネーネリアからはフルボッコだった。
そうなると言い出したミユキの側は、彼女からの想わぬ反駁に驚いて、それからあからさまに顔を顰める。
ネーネリアとしたら、どういう反応を求められていたか、結局よくわからない。
「怖いなぁ、若い子」
ミユキは最後にただ一言、そう呟いた。
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