第4話 PvP
工房を出てから日が暮れて、ミユキが野営すると言っていた地点へ、徒歩で向かっている。
一度も行ったことのない場所には、転移手段が使えないというのもあるが、それ以上に――尾けられていた。
「姿を隠さず、出てきてくれればいい」
エレキビッツは自身から離して、半径300メートル圏までに配置することができる、鉄球状の無生物個体だ。
今回はレーダー代わりであるが、こちらに反応がないということは、探知されないためのなにかしら技術があるのだろうが、アスカの勘では、そこに誰かしらの気配があるのはなんとなくわかっていた。
背後の林から男が、月明かりに照らされて現れる。
「……あんた、工房にいたな。
ヘリオポリスの団員だろう、俺なんて尾けて、なにをしている。今は大事な時期と聞いたが?」
「始末屋、
「――」
アスカのリアルネームだ。
随分前にどこからか露呈してしまい、以後も始末屋としての悪名とともに、広まってしまった。
結局彼は、アバターとしての自分と、現実社会における自分とを、社会に切り分けて見てもらえない。
ほかのプレイヤーなら、逃げ切れるだろうし、アスカ自身、プライバシーに対する基礎的な防衛意識は持っていて、手は抜いているつもりがなかったのに、結局無為な努力だったらしく。
……どこから情報を引き抜かれたか、それはこの四半期、一切わかっていない。
ヘリオポリスには一時期、随分厄介になったもので、アスカの様々な事情通がいる。カレンもまた、その一人だ。
「マリエさんも苦労する」
「あの女たちのせいで、俺はギルドを辞めさせられたんだ。
俺の経歴に傷がついた」
「なんと――除名されてまでしてやめないの、あんたほんとキモいなぁ」
ストーキングの技量ばかりはやたら高いと来る。
「攻略の暇とはいえ、変態ストーキングにうつつ抜かしててよかったの?」
「このクソったれた世界から抜け出せるとか、今どき本気で考えているのか、お前は」
「今、前線で戦っているひとらを侮辱するのか」
「それを人殺しのおまえ如きが語るかよ!
なんだ、闇の仕置き人気取りか?」
「じゃあ俺が、いまあんたの息の根を止めても仕方ないよな。ギルドメンバーなら躊躇っていたが、ギルドを抜けたってなら、こっちが手を抜く理由はない」
「――、ふざけるなッ」
「その前に、なぜ俺についてきた」
「俺のレベルは既に3桁の限界突破を果たしている」
なるほど、一度は彼女の護衛に配属されただけはあるというわけか。
「でも俺、あんたの名前は結局マリエさんから聞いたことないんだよね。3桁はすごいけど、ほんとにネームドなの?」
「幻蛇のアンガーとは、俺のことだッ。
マトイ!」
男は叫んだ。
モンスターテイムをゲームシステムの基軸とする、『インペリアル・フロンティア』ならではの効果システムだ。
「あぁ、そっちは聞き覚えある。
なんと偽名に顔まで変えて、ブラックリスト入りの方のネームドかよ!」
「あの工房の女だけ、カレンだけは……俺になびかない。
ろくな強化もしてないくせに、契約紋の性質に通じているから、隙をついてものにすることもできない。
――けどそういうの、そそるよな?」
「余罪ありきかよ、クソ野郎」
そうやって弱いプレイヤーや、オルタナを食い物にしてきたというのだろう。
「大概は泣き寝入ってくれるからな。
女は語らないのが、価値なんだ」
「『語らせない』、の間違いだろう?
時々……あんたみたいな奴は時々、ほんといるんだよ。
ゲーマーじゃなく、女を犯すしか能のない猿未満」
「言っていろ。
俺はお前より強い」
「!」
十二支族、蛇の眷属を携えている。
アスカは視界に集中し、コマンドを選択、展開。
温視、サーモグラフィーのように、物体の熱を見分ける機能があり、これは
「無駄だ、温視で対応しようとしたな?
ミラージュ・ウロボロスの名は知っているはずだ」
纒は、彼の胸の周りを浮いている、透明の円環。
そしてウロボロスの名を持つそれは、殺害に特化した劇毒を有している。
「それだけのものを飼っておいて、俺を人殺しとか罵っちゃうわけ。あんた」
「俺は殺すより犯す専科でな。
万能薬ということは、そいつを嗅がせてしまえば勝ちってことだ、女をよがらせるやつ」
「なるほど、出典のぶん、活用範囲が広いと。
面倒だな……あぁ、確かに鶏の素材じゃダメなわけだ」
おそらくミラージュ・ウロボロスは、バシリスク種の権能も有する。あれは“鶏”と“蛇”の十二支族を跨ぐ支族特性を担っている。
それと、あれの目を見てはいけない。
おそらくそれなりの即死効果を有する。
「二重支族を跨ぐ特性、そして最強の毒に、眼には即死効果か。
特に自分よりレベルが8ほども低ければ、一撃かませば決定的とねッ」
「なるほど、そこまでわかっているなら話が早い。
――死ね」
アスカは蛇の迫る軌道から、9~18メートルほどの
初見殺し特化と見受けられるが、そのぶん、自信もあってその戦法で収めた成功も多いのだろう。
虫唾が走る。
「虫の息の女やガキを、人形みたいに屈服する味、お前さんにゃわかるかな。俺はバイセクシャルなんよ」
「掘られる趣味はないなぁ」
「お前は即死させてやるから、安心しろよ。
――なぜさっきから、俺の攻撃すべてを避けきれる?」
「さぁな、あんたの蛇がノーコンなだけっしょ」
「……これは俺自らが手を下すしかないか。
纒、
相手にとって不足はないようだ、全力で叩き潰す」
四重。一人の契約紋で使役できる、モンスターの最大数が四つ。そして纒は重なれば、それだけステータスと効果出力は強大になる。
ウロボロスに、近場に潜ませていた獣らまで収束していく。
「機動力も反応速度も、四乗する。
どうした?」
「……ふん」
アスカのすることは、変わりない。
「お前を殺して、工房に戻れば。
知ったあの女が泣き崩れるのはさぞかしそそ――ッらぁあああっ!!?」
「――、よし、まずは口を縫おうか」
アスカは唐突に接近し、掌底でゲス男の顎下を打ち上げる。
顎を押さえて後退しよう、彼に再度接近し、脳天に肘鉄、押さえられた顎にも膝を差し込んだ。
「レベル100超えてんだろう?
この程度の速度に、ついてこれないわけがない。
身体スキルの強化を怠っていなければ、防御か回避のいずれかできているはずだ。
なぜ俺がウロボロスの軌道を読めるかって?
意図的に視界を切って対応させてもらった。
代替の知覚は、たまたま同族の素材を持っていた、とだけ言っとこう」
「っ――!」
この男、モンスターを纒っているようでもない。
素の身体性能で、アスカはアンガーを圧倒している。
「なぁ……人殺しと、人の尊厳を食い物にするやつとなら、どっちが罪深いのやらな?」
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