とある文芸部の日常

宇枝一夫

出会いと別れ

 ― とある高校の、とある文芸部の部室 ―


「ダメ! ……私には書けない!」


「どうしたのユウコ?」


「サチヨ先輩……。私……できません! 筆を持てません!」


「なにができないの? 昨日、あんなに新しい物語を紡ぎ出す喜びに満ちあふれていたのに?」


「……先輩。作者って罪深い存在なんですね」 


「そうよ。登場人物から見れば作者は神、そして読者からは悪魔に思えることもあるわ。……でもね、たとえどんなにつらいことがあっても、物語を書き上げる喜びに勝るモノはないわ! さあユウコ! その胸のうちを私に打ち明けてちょうだい」


「先輩……主人公の少年は数々の困難を乗り越えて、やがて少女と出会う。ボーイ・ミーツ・ガールは物語の定石。でも……いつか主人公は少女と別れなければいけない……」


「そうよユウコ。主人公が成長するためには新しい出会い、そして、次なる旅立ちのための別れが必要なのよ」


「それはわかっています! でも……でもぉ! 辛いんです。苦しいんです! そもそも作者にそんなことをする権利があるんですかぁ!?」


「……見てユウコ。あの沈みゆく夕日を……」


「……先輩?」


「あと少しで、私たちは今日のお日様とお別れをしなければならない。そして、深い闇が訪れる。そう! 今の貴女の心のように! ……でもねユウコ。お日様はまた昇るわ。温かい光と、大いなる希望を私たちに与えてくれるためにね!!」


「先輩!」


「さぁユウコ。筆を執りなさい! キーボードを奏でなさい! そして……その笑顔で物語を紡ぎ出すのよ!!」


「はい! 先輩!!」


”カタカタカタカタ!”


 ― ※ ― 


『いててて……なんだぁここは? 雲の上! 俺は一体どうなったんだ?』


『ようこそ天界へ。私は女神で名はビナスよ』


『うわ! すっげぇかわいい。でもちょっとお子ちゃまだな。あ、俺は……伊瀬海人いせかいと


『海人よ。さっそくだがおまえには我が治める世界へと転生し、やがて復活する魔王を倒して欲しい』


『いや……そんないきなり……』


『安心しろ。いじめられっ子で不登校、引きこもりで童貞ニートのおまえでもなんとかなるよう、我が《特殊能力テラ盛り+UR美女とのハーレムジェム7人分』を付与して……』


『あ~そんなの俺いらないっすわ』


『へっ!?』


『てか人を勝手に引きこもりだのニートだの決めつけないで欲しいな』


『違う……のか?』


『こう見えても俺は銀河系を我が物とする《ブラックホール大魔王》と戦う、《銀河騎士団ギャラクシーナイツ》の一人なんだぜ!』


『ぎんが……? ぶらっくほぅる……?』


『そう、俺がいた地球って星は太陽系の中の惑星一つなんだけど、銀河ってのはその太陽みたいな星が数千億ある世界なんだ。んで、その数千億の星を支配しようとしているのがブラックホール大魔王ってわけ』


『数ぅ……千ん……億ぅをぉ……しぃ、支配いぃ……?』


『そう! あと少しで倒せたんだけど不覚をとっちまったみたいだな。ま、じきに仲間が生き返らせてくれるだろうけど……あ、そういえばさっき魔王とか言ってたな?』


『う、うん』


『そいつは、めちゃくちゃ強いのか?』


『そ、そうじゃ、何せ我の世界が滅ぶほどの力を持っておる……』


『すげぇ! よしわかった! 復活まで時間があるから修行がてら、その魔王とやらを倒してくるわ。んじゃ! ちょっくら行ってきまぁ~す!』


 ― ※ ―


「……先輩。私……書けました!」


「うん……うん! 立派よユウコ。よくやったわ! これで貴女は一つ、大きくなったわね」


「先輩……せんぱぁ~い!!」


「ユウコぉ~!」


 ― ※ ―


 部員の一人、チカ

「カリン部長、あの二人まぁたやってますよぉ~。もういっそのこと、うちの部の名前、演劇部にした方がいいんじゃないですかぁ~?」


 部長のカリン

「いいじゃんいいじゃん! この三文芝居のおかげで、動画投稿サイトの再生数がうなぎ登り! ユウコもちゃんとサチヨの胸に顔を埋めているし、サチヨもサチヨでユウコの髪をなでているし! これで百合好きからの投げ銭もザックザクよぉ~!」


チカ「だめだこりゃ……」


 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある文芸部の日常 宇枝一夫 @kazuoueda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ