君に幸せを

鈴宮縁

君に幸せを

「普通に生きるって、なんだろね」

 寂しそうに彼女は言った。

 駅から歩いて15分の小さいけれど、住みやすいアパートの一室。ルームシェアという名目で借りた私と彼女の家。同棲のための、家。

 その片隅に積まれたダンボールに思わず目を向けた。

「普通に生きて幸せになって欲しいの、なんて笑っちゃうよね。これが私の普通で幸せなんだって言っても、それは違うって。子ども作って、孫を見せてって。そんなの、そんなのってないよね」

 泣きそうな、恨めしそうな声で、彼女は笑った。自分の境遇を嘲笑った。

 そっと抱きしめた彼女の身体はなんだか冷たく感じた。いつもより強く、優しく、彼女に触れた。

 明日にはこの人に触れられなくなる。

「私、迎えに行くよ」

「ほんと?」

「うん、それとも今から連れ去ろうか?」

 彼女は力なく笑って「そうしてよ」と呟いた。

 でも、どうやって?

 私には何もない。彼女を想う心だけで、お金も権力もない。彼女を連れ去るために必要なものが、何も。

「こんなんじゃ生きててもしょうがないから」

 そう言って私の肩を濡らす涙を止める術も思いつかない。__いや、思いつかないフリをした。

 きっと、今の彼女なら「心中」という提案を笑顔で快諾するだろう。そして、彼女はきっとそれで幸せになる。

 でも、私は?

 私は、私と共にであっても、彼女が死ぬことが耐えられない。幸せを感じて死ぬことが、私にはできない。

「いっそ、心中ってどうかな」

 私の想いを知ってか知らずか、彼女は囁いた。

「そうして、欲しいの?」

 冗談だよ、と笑って欲しくてそう問いかけた。

「うん」

 彼女が望むなら、本当に望むなら、私に断ることはできない。

 私は私を不幸にしてでも、彼女を幸せにしたくてたまらない。

「一緒に、幸せになろう」

 そう言って笑う彼女に、最後の嘘をついた。

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君に幸せを 鈴宮縁 @suzumiya__yukari

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