プロトタイプストーリー01
歩行者天国となる朝10時。
不定期に、商店街の中のどこかでソレは始まる。
数ヶ月前まではシャッター街の寂れた商店街であった。
そして今日は―――その不定期に始まるソレの日だ。
「はぁぁ……。またこの時間が来てもぅた……。毎回毎回、憂鬱やねんけど。正義のヒーローズのレッド、センゴク丸……」
短い金髪を風に揺らしながら腕組みをしているものの、深い溜息をつきながら、うんざりどんよりとした表情で項垂れながら西方より中央に立つのは青年だった。
彼の背後には四人の青年達が控えている。
「この時が来たぜ! 愛しいお前と出逢えるこの時間を待っていた! チッキンズの
疲れ果てた金髪の青年に相対するように東方に立つのもまた青年だった。
短い茶髪に整った顔立ち。
威風堂々とは彼のこと、と言わんばかりに戦隊モノよろしく赤いマフラーを風にはためかせて中央に立っており、その左右には色違いの緑、青、黄のマフラーを同じように巻いた青年達が立っているが、唯一、黒のマフラーの青年だけは忍のように巻いていた。
西方東方にそれぞれ立つ青年達……彼らこそ、このシャッター街の寂れた商店街を戦隊ショーで盛り上げ救わんとする青年達である。
西方―――
東方―――
それぞれ五人合計十人で織りなす戦隊ショー。
彼らの周囲には棒と紐だけで囲われた簡素なコーナーリンクが組まれ、その周囲を老若男女大人子供幅広い年代のギャラリーが待っていましたとばかりに取り囲んでいる。
《さぁさぁ寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! よければ賭けてらっしゃい! 久々の、お待ちかねチッキンズVSヒーローズの戦隊ショー! 今回はチッキンズの
コーナーリンクの外に置かれた踏み台の上から、ダンディなおじさんが小指を立ててゴールデンマイクを持ち、ハイテンションなトークをすれば周囲から
おぉぉぉおおお!
パチパチパチパチ!
と観客達が歓声と拍手で異常な盛り上がりを見せる。
《今回の司会は、皆様ご存じ、ご家族マートの店長でありゴリ夫の上司たる俺!
うぉぉぉぉぉぉ!
再び歓声で会場が湧く。
「
「……よろしゅう。
「ゴリ夫ー。せっかくの休みが潰されてるんだから、さっさと倒して来なさいよー」
「バイト中に呼び出されたんだから、さっさと追い返すさね。ワシらの光熱費と食費はワシらのアルバイト代から出てるさね!」
「ゴリ夫がダメだったらヒーローズを纏めて爆死させるから残しておくアル」
自分の部下であるゴリ夫がやる気満々ゴリラ然と言った感じで前に出ると、その後ろから男というよりもニューハーフといった面立ちのミツ夫、リーゼントの自己主張が激しいヤス夫の言葉が飛び交う。
最後の人物―――チッキンズの爆弾魔とも恐れられているチリ毛、ヒサ夫の言葉に聞き捨てならない会話が挟まった。
不穏な言葉が出てきたがこれもチッキンズの通常運転である。
この状況に慣れてしまっている自分が憎い、とチッキンズの
何故自分は、ここでこんなことをしているのだろう。
アルバイトだと言われ、陰陽師見習いとして来たはずなのに……あのクソ師匠、戻ったら殴る、と
西方、悪の組織チッキンズからは一番背の高い、ゴリラ顔の青年―――ゴリ夫がさらに一歩、歩み出る。
一方
「ぃよーし! ここは俺様! レッドが行くに決まってんだろ! ノブ夫―――じゃねぇや
と言えば、女性達が応援の言葉を投げかける。
「きゃー! 早く落としちゃってぇ!」
「早くお二人のくんずほぐれつ……ゲフンゲフン」
「いっそ目の前で―――」
「はっはっはっはっはっは! ヒーローズはヒーローだからな! 負ける要素はゼロ! そして俺はノブ夫……じゃねぇや
正義のヒーローズのレッドであるセンゴク丸こと
帰りたい。
周囲の謎の熱狂にも、もはや疲れ果てていた。
今回は一の部下であるゴリ夫VSレッドであるセンゴク丸の戦隊ショーかと思われたその時、口を開いたのは正義のヒーローズの面々であった。
「いいや、レッド。ここは緑であるヤサイ丸の出番だな! ネギの錆にしてくれる!」
最初は緑のマフラーを巻いたスポーツ刈りのいかにも爽やかそうな青年、ヒーローズの一人、ヤサイ丸がネギを素振りしながら名乗りを上げた。
「コンビニの看板の色が青やねんから、オーシャン丸であるワイの出番や!」
続いてスキンヘッドの西方言葉混じりの自称ナイスガイ、青いマフラーが目立つ同じくヒーローズの一人、オーシャン丸。
「ノーノー。今日はいい天気デース。レモン丸たるミーが行くデースネ」
三人目は程よく焼けた小麦色の肌にムキムキの筋肉、アフロをわっさわっさと揺らし黄色のマフラーをなびかせる他称エセ外人で彼もまたヒーローズの一人、レモン丸。
「ここは日陰です。シッコク丸の僕が行きます」
最後にぼそぼそと口を開くのは地味な見た目で、黒のマフラーを忍のように顔に巻き、誰もが存在していたのかとやっと気が付いてもらえたヒーローズの一人、シッコク丸。
いいや、俺が、オレが、ワイが、ミーが、僕が、とヒーローズの面々はお互いに自分が出るのだと譲らない。
《おーい正義のヒーローズ。誰でもいいがそこはテンポよくやってくれんかー?》
司会役を務める店長、
《よーし、なら負けた方はご家族マートのコンビニスイーツと揚げ物を買い占めてもらって売り上げにでも貢献してもらおうか!》
「レッド一択で」
司会の
「やはり俺様だな! コンビニの売り上げ程度、この
こうしてヒーローズとチッキンズの対戦相手が決まったわけであるが、店長の売り上げ貢献を聞いて黙っていないのは悪の組織チッキンズの方である。
「ちょっとー! ゴリ夫! 負けるんじゃないわよ!! 負けたらアンタ、次の収入まで褌一丁の刑……いいえ、フルチンの刑よ!!」
「そうさね! 毎度のことながら一度でも負けたらワシらクビにされ、挙句の果てには露頭に迷って首括る一択さね!」
「負けて売り上げ貢献することになっても、ボスの
「
「ゴリ夫ー! 俺の貞操守れんのはゴリ夫だけやからな!」
引き続き、ゴールデンマイクを手にした店長が今回の審判を召喚した。
《えー、毎度のことながら正義のヒーローズの段取りが悪いが対戦相手も決まった所でサクッと審判の紹介だ!》
ぞろぞろと審判が椅子に座っていく。
その面々もまた個性豊かである。
今にも昇天してしまいそうなおじいちゃん、ゴリ夫以上のゴリラなイケオジ、そしてきらっきらなオネエサマ。
《毎度おなじみ、右から推定年齢99歳!
****
彼ら、悪の組織チッキンズと正義のヒーローズが
「ねーねー。
「汚物に向ける視線はない」
一組の男が優雅に、コーヒーの入ったマグカップを傾けていた。
どちらも全体的に細身でスタイリッシュなモデルと言われてもおかしくない見た目。
片や犬のように人懐っこい雰囲気の男は黒のワイシャツに柄物のネクタイ、ストライプ柄の入った濃いグレーのスリーピーススーツを着こなしている。
もう片方はいかにもクールな男で、白いワイシャツに青系のネクタイ、無地の紺色のスリーピーススーツを着こなしている。
「いいじゃないクッキー。僕とキミとの仲じゃないか」
「誰がクッキーだ。貴様とはそういう仲になったことなど一度もない。妄想癖もいい加減にしろ。不愉快だ」
クールな男の言葉に対し、人懐っこい男の方はそれに堪えた様子は少しもない。
「それで? 呼び出したからにはビジネスで面白い話があるのだろう? 一応、話だけは聞いてやる」
「さすが
クールな青年―――
昔から
幼い時も、学生時代も、社会人になってからも。
だが仕事で自分に利益があるのなら話は別だ。
一枚噛んでやらないこともないと思う程度には、彼の発想自体は悪くないどころか面白いとさえ思う。
軽い性格なのが玉に瑕だが。
先日まで若いながら、
日ノ国イノベート株式会社。
彼曰く、寂れた商店街や会社を活性化させる事業を行うらしい。
「相談なく勝手に葉山グループを抜けて、何をするつもりだ」
「もちろん、事業だよ。本格始動をしようと。その為には、
先を続けろ、と
ニッと
日ノ国イノベート株式会社から落ちこぼれ四人に加え、知り合いから一人借り、合計五人でチームを結成。
依頼があった商店街に派遣して商店街の名物となってもらい、地域活性化を手伝うというもの。
「僕としては商店街征服! って名目で行かせようと思っててさ。とはいえ悪役だけじゃ面白くないでしょ? そこにはやっぱりヒーローも欲しくてさー」
「ほら、ヒーローと悪役が一芝居的な感じを打つ方がちびっこにも受けるし、ちびっこを持つお母さん達が集まるし、賭けを認めればお金を持ってるおっちゃんおばちゃんジジババが参戦してくれるし、商店街にお金を落としてくれると思うから商店街の財政が潤うかもしれない! という訳で、老若男女を巻き込んだ戦隊ショーみたいなことをしたいわけ」
つまりは、商店街を盛り上げるために戦隊物の芝居をやる人材を送り込むということらしい。
そこで
「貴様は馬鹿か? 完全無欠な俺の会社に、お荷物社員などいない」
「あーれー? クーちゃんの甥っ子とその取り巻きっぽいの、俳優として首ちょんぱ寸前だからクビにしたいって言ってなかったっけ? 僕の所が更生したら大躍進だね!」
ぐしゃりっ。
これだから、目の前の男、
いつだって自分の心にさざ波を立たせる。
「いいだろう。実家が金持ちだからと金を落とすことで世の中に貢献していると勘違いしているクズ甥っ子と腰巾着共を送り込んでやる。成功すればこちらの方が大躍進だ」
「出た!
ケラケラと笑う
「相変わらず、キレの良いパンチで……。ドキドキする。もっと殴ってくれって言ってあげたくなっちゃうじゃないか」
「その気持ち悪い思考と性癖をどうにかしろ。貴様のことだ。契約書も取り揃えてあるんだろう。とっとと出せ」
用意周到だ。
「やー。楽しみだね。クーちゃんとの共同作業」
「そういう貴様とは、本当なら関わりたくもないのだがな。お荷物を引き取ってくれる上に利益が出るというのなら我慢をしてやらんでもない」
先程、ゴミにしてしまった書類を
葉山グループの内の一つである俳優を育てる
「しかし、貴様も物好きだな。荷物にやらせるとは」
「そりゃ雇ってあげてるんだから、ちゃんと仕事しろって意味での企画だよ。お荷物社員のリスタート、経験値のアップさ。給与は悪役としてヒーローと対峙し、戦闘終了までを時給で支払う予定だよ」
ただしその場所での拠点の家賃であったり、光熱費であったりは支給をしない。
その辺りは副業ということで、商店街の中で自分達でアルバイトをして稼ぎ、食い繋いでもらうのだ。
さすがに一切支給しないのも会社として問題になるのでアルバイトの許可を出す。
「保険は会社がお金を出してあげるし、勝った数に応じて拠点の家賃援助や光熱費援助を付け足していく予定だよ。まぁ、クーちゃんの所の子は、お金が有り余っているから心配ないだろうけど」
「ふん。甘いな」
「僕は飴と鞭を使いこなす男だからね」
「褒めてないぞ」
ともかく、サインをしても良いのだろう、と
「ついでに婚姻届けにも……あ、ごめんって! だからそんな目で見ないで!?」
「見られるような言動をするからだ」
差し出された書類と重なっている書類を一枚一枚確認し、婚姻届けが混じっていれば即座に排除を繰り返し、しっかりと確認した上で
「それで、もう一人アルバイトと言っていたが?」
「西方の京ノ都にね、知り合いがいるんだ」
名前は
彼に最近、弟子が出来、その弟子が大学生になったからその弟子のスキルアップやアルバイトをさせたいと連絡が来たので、是非にと借りたいと申し出たら、喜んで、と差し出す返答が来たとのことである。
その名前は
さらに
最後に
「それぞれの能力は決して低くないんだけどねぇ……」
「内二人なんて危険人物だろう。暗器に爆弾って……。最後の奴なんて、大卒なのだから警察の爆発物処理班にでも行かせれば良かったのではないか?」
「それね。ともかく、成長すれば、それぞれ違う世界が開けると思うんだよねぇ。それはともかく、
「別に、仕事がまったく出来ない訳ではないのだがな……」
ただし、金持ちだからと金をばら撒く馬鹿だ。
「その悪癖をこれで修正したい。葉山グループの悪名を広げたくはないからな」
続いて
喜劇やお笑い方面で頑張れば良いものの何故か俳優を目指しているらしい。
最後に
俳優にはおよそ向かないほど物静からしい。
西方にある映画村などで忍役や忍びの里にでも行けば良いのでは、というほど存在を消すプロフェッショナルだと
「それぞれの方向性をちゃんと固めて殻を破れば、育つはずなのだがな。どれもこれも空回りしている。クビを切りたいが、おじいさまが許してくれんのでな」
なかなかそれが上手く行っていないということだ。
「なるほどねぇ。
「適当な貴様と一緒にするな」
「だから僕とクッキー、二人で一つ! 足して割ったら丁度良い―――ごめんごめん。そんな七百ヤードとかとんでもない距離から目標を撃ち抜ける某クールなスナイパーさんのような目元の隈の濃い険しい顔しないで」
一旦ブレイクタイムを取り、
「それでさー。戦隊もののアイデア、ない? クッキー」
「クッキー呼びをやめろ。そうだな……前にボツにしたネタをあげても良い」
「え。何々?
タイトルはヒーローズ VS チッキンズ、となっている。
「ぶっは……! 何コレ」
「ボツにしたネタだ。我ながら最初は上手く出来たと思ったんだがな。ネーミングだけは印象に残っていたから念の為、何かの役に立つかもしれんと思って持ってきてやった」
「流石クーちゃん! 相変わらずネタといいネーミングセンスといい、厨二も真っ青な崩壊ネタ増産してるよねー。クールなイケメンで何でも出来そうって見た目には見合わないネタの酷さ。はい、採用。もう面白い。キャラ作りは各人に任せて、好きにやってもらおうじゃないか」
「貴様……鬼だな」
ありがとう、と
「あ、うちのリーダー予定の
「よく言う。時給だけ出して、居住光熱費食費諸々は他の四人次第だろうに」
「アルバイトもちゃんと許可するから、頑張ってやりくりしてもらわないとね。それに……悪役のチッキンズがほぼ毎回ヒーローズに勝って、ヒーローズがほぼ毎回チッキンズに負けてお金を落とすなんて
それをやめさせる為にやりたいのだが……と思ったが、
面白さ優先、というのは
クールを装うが、やはり面白い方が良い。
何より、断崖絶壁のクズでも会社の利益に繋がるのなら。
「毎回は面白くない。ヒーローが毎度負けてどうする」
「そこは彼ら次第。後は、商店街の皆様のご協力~ってね。さー、楽しくなってきた。
そうして、詳細が詰められ……彼らは派遣されることとなった。
場所は―――
****
そして――今に至る。
「今日こそ
「ふぅん!」
一発終了。
レッドこと
「くっ……! む、無念……悪い……
今日も悪の組織チッキンズが一の部下、ゴリ夫の活躍によって正義のヒーローズは敗退。
悪の組織チッキンズの賃金や無駄な支出は無事に守られ、正義のヒーローズはご家族マートの売り上げに貢献したのであった。
いいぞ悪の組織チッキンズ!
次こそ頑張れ正義のヒーローズ!
君達の戦隊ショーが今日も
【了】
**************************************
お読み頂きありがとうございました。
今回は『ルミエール』や『おに、ひとひら』と同じ世界観の東方で戦隊ものもどきのプロトタイプストーリーを公開いたしました。
本当は長編にしたい……し、元々は長編の予定でした。
どんな反応が頂けるのかというのでプロトタイプストーリーを一話に纏め一話完結分として投稿してみました。
言葉足らずや説明不足があったかと思いますが、お読み頂きありがとうございます!
イノベーションズ ~戦隊モノは商店街を救う~ 詠月 紫彩 @EigetsuS09
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