『怪物』の成れの果て

ユリィ・フォニー

第1話

「ここ…何処?」

1分前。

11時59分まではこんな景色何処にもなかった。

コンクリートで出来た街『東京』の景色は何処にもなかった。

あるのは倒壊した建物に、灰や塵が舞い上がった空気に、何処から吹いているのか、冬の風。

風の威力が強くて今にも凍えそう。

何処からか、『唸り声』が聞こえる。

とっても怖い、誰が出しているのかわからない声。

「さ、逃げるのよっ!」

「わっ!」

佇んでいた私の腕を引いていく名も知らない少女。

走る。

知らない世界を何も考えずに引かれるままに走る。

さっきまで知っていたかもしれないこの景色をしっかりと目に焼き付ける。

「痛い…」

引かれた腕が、走る脚が、景色を焼き付ける瞳が。

「私も…痛い……でも、あの『怪物』から逃げなきゃ」

『怪物』?

そんなのこの世界にいてたまるか。

この平和な世界にそんなもの…。

「『怪物』は今何処に…?」

「わからない。でも、あいつらは空から降ってくる。自分の身を犠牲にして、爆発して、みんなの命を刈り取る。それが『怪物』。人が手にしたその時、あいつらは制御できなくなる。本当は生まれてはいけないもの。人の手によって生まれた悲しみの産物。それを使う人間も哀しみの産物。神が創造した哀れな存在。自分らで平和を願って、争って、呪って、憎んで、死んでいく生き物」

「あなたも…?」

「・・・ええ。私も哀しい人間。でも、『怪物』を使うことのない悲しい人間の方。哀しい人間は私たちじゃない」

「そっか…」

「さ。こっちに走って」

手を引かれたまままだ形が残っている建物の中に。

「此処は……?」

「此処は…私が両親といた長いタワー。今は上の方が『怪物』に壊されて低いけど…さっきまでは沢山の人がいた場所」

「へ?それはそういうこと…?」

「・・・みんなね…食べえられちゃったの。私以外みんな。ちょうど私がエレベーターに乗ってた頃だったかな。上の階から降りてくる時に停電して止まっちゃって。暗くて、寒くて、怖かったから私天井から出たの…。お父さんの肩を借りてね。出ると高い天井と深い…それこそ、底知らぬ沼みたいな感じで…。それからお父さんたちを助ける前に出口を探したの。そしたら少し上の方に奥に続く道を見つけてね。それをお父さんたちに伝えようとしたらね…。既に遅かったの」

「え?」

「『怪物』の唸り声がしたの。私がちょうど道を見つけた時に。その時多分お父さんたちは殺されたんだと思う。『怪物』がうるさくて聞こえなかったけど、哀しい人間がお父さんたちを殺してたの…。私が顔を覗かせた時にはもう生きてなかった。お父さんたちは…血の海に顔を浸して仰向けに倒れてた。私は声も出ずに見つけた道から外に出た…そして、あなたと出会った」

「それじゃあ…今…」

「哀しい人間は何処かにいるかもしれないし、『怪物』はまた唸り声を上げるかもしれない。だから、一緒に逃げよう。此処に安全な場所はない」

「・・・嘘だ」

「嘘じゃない」

「嘘だ!」

「嘘じゃない!」

「だって、だってだってだってだって!さっきまでお母さんは私の手を握ってたもん!あなたと走る前まで、灰に包まれた世界になる1分前まで…そんなの…嘘だ。嘘じゃないなら…夢だ!」

「夢でも、ない。みんなもういないの」

「嘘だ…夢だ…嫌だ…嫌だよぅ…」

「・・・だから私たちは生きよう。私たちならきっと生きられる。だって私たちは哀しくないから。私たちはなら…大丈夫だから」

「・・・」




そう言っていた彼女の名前も遠い昔に忘れた。

その言葉通り私たちは生き残って、さまざまなところで見え物にされて、結果彼女は私の前から消えた。

「嘘つき…」

廃れた赤い塔で私は一本煙草に火をつけた。

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