スナッフフィルムのアイドル

虎山八狐

寿観29年7月13日

 テレビには無表情な少年の顔だけが映っていた。

 真っ白な背景に負けない程肌は透けるように白い。顎まであるワンレンの髪と長い睫毛に縁どられた大きな黒目がちな狐目の黒が際立っていた。

 小さい唇が動き、甘い声がスピーカーから漏れる。

「はじめまして」

 カメラがひき、少年の全身を映し出す。白いレインポンチョに白いスラックス。長靴まで真っ白。少年は後ろ手にして立っていた。顔はカメラに向けられているが、瞳だけは下に向けられていた。

 少年の足元の白い床には裸の青年が倒れていた。

 白いロープで亀甲縛りにされて、余分についた贅肉が強調されている。腕も足も縛り上げられ蠢いていた。口には白いテープが貼られている。彼は自身の状況が分かっていないのか、目を見開いて少年を見上げてくぐもった声を上げていた。

 青年の焦燥を前にしても、少年の表情に変化は無い。ただ、また言葉が紡がれる。

「さよなら」

 少年が両手を前に持ってくる。その左手には刃渡り30センチ程の剣鉈があった。青年のくぐもった悲鳴が響き渡る中、少年は剣鉈を両手で構える。

「さよなら」

 二度目の別れの言葉と共に青年の首へと正確に振り落とされ、即座に抜かれる。青年は血と小さな悲鳴を零した。それを掻き消すように少年は繰り返し首へと剣鉈を振り落とす。

 真っ白な床も、真っ白な少年の服も真っ赤に染まった頃、青年はぴくりとも動かなくなった。

 カメラが二人に歩み寄る。少年は血で汚れた顔を拭うことも無く、カメラを瞳だけで見上げている。カメラはゆっくりと降りていき少年の体を舐めるように映していく。少年は矢張り顔を動かさず、瞳だけでカメラを追っていく。

 カメラは少年の赤い長靴を映した後、青年の屍を見せていく。

 安藤あんどう巳幸みゆきは堪らずリモコンのボタンを押した。

 画面に全国の明日の天気予報が映し出される。

「さて梅雨も明けましたが、来週のお天気はどうでしょうか」

 女性アナウンサーの朗らかな声に安堵しながら、安藤はテレビに近付く。

 大きく薄い液晶テレビの下の床には不似合いな古びたビデオデッキが置かれていた。安藤はそこからビデオを取り出すと、躊躇なくビデオテープを引き出した。

 黒いテープをどんどん出しながら、先程座っていた革張りのソファへと戻る。

 勢いよく座ると、目の前の硝子のローテーブルに置いていた鋏とごみ袋を掴み取った。袋を大きく広げ、自分の股の間に置く。それから、ビデオテープを神経質に細かく刻んで入れていく。

 一定のリズムで鋏を動かしながら、安藤巳幸――情報屋は情報を整理していく。

 先程の映像は二十三年前に撮影されたものだ。少年は薬師神子やくしみこざい。後の桜刃組三代目組長で、当時は五歳。撮影をさせたのは二代目組長であり、彼の父だった。殺させたのは父だったが、被害者を殺すことに賛同したのは被害者の親だ。借金苦のあまり、引き籠りだった彼を差し出した。

「それだけでも酷いのに、スナッフフィルムなんて商売道具にされちゃうんだから最低だよね」

 安藤は呟いて溜息を吐く。

「更に最悪なことはこのビデオがダビングされたものだってこと。三つ目だよ。いったいいつになったら無くなるんだか」

 自分の言葉に無力感が襲い来る。――それでも諦める訳にはいかなかった。

 現在の在の姿が浮かぶ。彼の左右には今年入ったばかりのヤクザ二人が並び立っている。安藤の頭の中で三人は朗らかに話し出す。桜刃組の現在の日常だ。これが壊れないように防ぎたいのだ。その為には不穏分子は減らしておくに越したことはない。

 安藤は先程の映像で出た言葉を思い出す。

「はじめまして」

「さよなら」

 テレビの中、女子アナウンサーが向日葵の造花をもって笑みを零す。

「これから夏本番ですね」

 季節が移ろう。桜刃組だって変化していく。

 これから桜刃組に入るかもしれない人達を思い、安藤は唇を強く結んだ。

 ――在の口から出る次の「はじめまして」は死の演出にさせない。

 強い決意を胸に安藤は在の罪の記録を壊していくのだった。

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スナッフフィルムのアイドル 虎山八狐 @iriomote41

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