第4話 暴露するハロルド
ロバートは目を覚ましたあとも、会話ができるほど回復するまでには、日数を要した。体を起こされただけで、失神することも繰り返したが、支えがあれば起きていられる程度には回復した。
その日も、ハロルドは、ロバートの体を支え、口元に薬湯を入れた器をあてがい、ゆっくりとロバートに飲ませてやっていた。
「駄目かと思ったけど、まぁ良かった。手当はしましたよ。でも、全く動かないし、呻きもしないし。極めつけは、薬湯すら飲み込めなかったですからね。流石にその時は、俺も無理だ、助からないと、思いましたよ。まぁ、しばらくしたらなんとか、飲むようになって、ほっとしましたけどね」
ハロルドは手元で繊細な作業をしながら、豪快に笑っていた。とんでもない打ち明け話を始め、大口をあけて笑うハロルドに、エリックは呆れた。
ハロルドの打ち明け話に、ロバートは顔をしかめた。
「切られた直後から、体の自由が、きかなく、なりました。おそらく、剣に、塗られていた、毒の、影響だったのでは、ないで、しょうか」
ロバートの言葉遣いは普段と変わらない。その分、言葉が続かず、声に力がないことが際立っていた。
「あぁ。結局、何の毒か今ひとつわからなかった。随分と厄介な毒だった。まぁ、お前が若かったから何とかなったようなものだ。次は無いと思え、次は」
明け透けで気遣いのない物言いのハロルドだが、ロバートの体を支え、無理ないように少しずつ、薬湯を飲ませてやっている。この男は、全ての心遣いを仕事だけに、捧げているのだろうか。医者とはそういうものなのか、それともハロルドだからこうなのか。エリックはハロルドに戸惑っていたが、アレキサンダーは違ったらしい。
アレキサンダーは蒼白になってから、真っ赤になり、怒り出した。
「ハロルド、お前、なんでそのときに、私に報告しなかった」
アレキサンダーが怒鳴っても、ハロルドは飄々としたままだった。
「いや、ほら、アレキサンダー様がちゃんと着替えて、食事もして戻ってこられた頃に、なんとか一口飲んだのですよ。だったら、まぁ、なんとかなりそうだから、言わなくても良いかと思いましてね。あのまずい薬湯のあとですよ。私だって、口直しに朝食を食べたいじゃないですか。食べたら食べたで、また薬湯を作って、まずい薬湯を飲ませて、傷の手当もして、忙しかったですし。他にも怪我人がいましたし」
ハロルドは言い訳をしながらも、薬湯を飲み終わったロバートに、水を飲ませはじめていた。
口調の乱暴さと、看病する手の丁寧さが釣り合わないハロルドを、エリックは、最早そういう人物なのだと思うことにした。
「私も、まずい、薬湯ばかりは、いやなのですが」
「飲むのがやっとの怪我人が、なにか我儘を言っているが、俺も耳が遠くなったらしい。聞こえないな」
ロバートが、ハロルドを遠慮なく睨んでいた。エリックは、ロバートがこんなに表情豊かとは知らなかった。
「飲むならいいのか」
アレキサンダーは何かを思いついたらしい。
「そりゃそうです。座ってもいられないのに。食事だけで疲れ果てますよ」
ロバートがますます剣呑な顔になっていた。腹が空いているのだろう。
「ハロルド、意地の悪いことを言うな。エリック、厨房に行って、マシューのチキンスープをもらってきてくれ。調理長に言えばわかる」
アレキサンダーの言葉に、ロバートの表情が明るくなった。
「お二人とも好きですねぇ」
「故郷の味だからな」
アレキサンダーの言葉に、エリックは、アレキサンダーとロバートが王都育ちでないことを思い出した。
エリックが、頼まれたスープをもらってきた頃、ロバートは寝台に横になり、寝息を立てていた。
「ほら、ロバート、マシューのチキンスープだ」
アレキサンダーが、ロバートの頬をつついた。
「アレキサンダー様、せっかく休んでおられるのですから」
怪我人を相手に遠慮のないアレキサンダーを、エリックは注意した。
「エリック、お前がせっかく持ってきてくれたし、このスープなら、ロバートは、相当体調が悪くても口にできるからな。起こしてくれなかったと、文句を言われるのは嫌だ」
アレキサンダーは、ロバートの頬をつまみ、引っ張った。
「ほら、起きろ」
アレキサンダーは、ロバートの口に、スプーンで無理矢理スープを流し込んだ。ロバートの目が、開いた。
「マシューのチキンスープだ。飲めるだろう」
アレキサンダーが、ロバートを助け起こそうとするかのように背に手を添えていた。
「アレキサンダー様、私がやります」
エリックの言葉に、アレキサンダーは首を振った。
「エリック、おまえ、やったことはないだろう。私がする。ロバートの看病は初めてじゃない」
アレキサンダーの言葉に、エリックは驚いた。乳兄弟とは言え、近習の看病を王太子であるアレキサンダーが、自らするなど、思ってもいなかった。
「あの時は、申しわけ」
ロバートの言葉をアレキサンダーは遮った
「前も、今回も、私を庇ってのことだ。謝るのは私だ。だが、ロバート、おまえはもう少し、自分を守りながら、私を守れ」
アレキサンダーは、口を開いたロバートにスープを飲ませた。まるで、ロバートの反論を封じようしているかのようだった。
エリックは思い切って頭を下げた。
「私も、精進します。申し訳ありませんでした」
エリックは叱責覚悟だったが、アレキサンダーとロバートに、不思議そうに見つめられただけだった。
「なにかあったか」
二人には、本当に思い当たることはないらしい。
「あのとき、私がもう少し距離を取ることが出来ていたら、アレキサンダー様は、ご自身で避けることが出来たかもしれません。そもそも、もっと早くに、無理矢理にでも、アレキサンダー様に下っていただくべきでした」
エリックは頭を下げ続けた。もっと早くに謝罪すべきだった。己の保身に走ったことが情けなかった。
「それはそうでもないだろう。ここにおられるアレキサンダー様が、さっさと下がればよかっただけだ」
ハロルドが、アレキサンダーの頬をつついた。
「医者の暴力は反対だ」
「嫌だなぁ、アレキサンダー様、暴力だなんて。親愛の表現ですよ」
ハロルドは笑いながら、アレキサンダーの手からスプーンを取り上げた。
「あとは、私がやります。アレキサンダー様、そろそろ執務に戻られませんと。仕事が溜まっているとなると、倒れているはずの誰かさんが、無理矢理起き上がりかねません」
ハロルドは冗談めかしていっているが、それが冗談で済まないことを、エリックは、先輩にあたる近習から聞いていた。その男もすでに故人だ。
「わかった。あとは任せた。その代わりハロルド、ロバートをしっかりベッドに貼り付けておけよ。怪我が治るまで、部屋から出すな。執務室には出入り禁止だ」
「もちろんでございます」
ハロルドが恭しくお辞儀をした。
「出入り禁止とは、アレキサンダー様」
「怪我人は黙ってスープを飲むのが仕事だな」
ハロルドに、口封じ代わりにスープを飲まさせられたロバートが、またなにか言う前に、アレキサンダーとエリックは部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます