第5話 俺たちの王太子様
王太子様の狩の成果は、昨年ほどではなかった。それでも他の貴族を圧倒するには十分だった。
「随分と頑張って二本足を捕らえてくれた。今日の礼だ。獲物は全てお前たちが持ち帰ってくれ。村の冬越しの助けになるだろう」
他の貴族を圧倒するだけの獲物を狩ったのに、王太子様は浮かない表情だった。お付きの二人も暗い顔をしていた。
「おぉ、有り難てぇ」
「馬鹿野郎!」
パーカーよりも先に、お調子者を叱ったやつがいた。
「王太子様、去年、病気してたうちの母ちゃんにと頂きました。母ちゃんは元気になったから、今年は受け取るわけにはいきません」
「俺も、ガキどもにって、もらったんで」
「今年までもらったら、婆ちゃんに叱られます」
王太子様も、お付きの二人も、目を丸くしていた。
「あの、あと、これ、その、よかったら」
さっきのお調子者が、腰袋から草の束を取り出した。
「あの俺たちが怪我したときに使う薬草で、そんな、あの、王太子様のところじゃ、役に立たねぇかもしれねぇけど、森で見つけたんで」
特に示し合わせたわけでもないのに、仲間たちが、次々と薬草を差し出した。
「これは、確かに有り難いが、お前たちにとっても貴重なものだろうに。薬草など、探さねば見つからないはずだ」
今までこんなに、自分たちのことを解ってくれる人などいなかった。言葉を掛けてくれる人も、獲物を分けてくれる人も、冬越しの事を考えてくれる人もいなかった。
パーカーは仲間たちを背に立ち、王太子様に頭を下げた。
「王太子様、今まで俺等に声をかけてくださるような方も、獲物を分けてくださる方もいらっしゃいませんでした。犬が戯れついても、蹴飛ばさない方も初めてでした。俺等に礼を言ってくださる方は、王太子様が初めてです」
貴族たちはいつも、勢子に命令するだけだった。話などしてくれなかった。犬や馬と、何ら変わらない扱いしかしてくれなかった。
「ですから、これはその、俺等からの見舞いです。怪我をなおして、しっかり食べて、あの、その」
パーカーとは生きる世界が、身分が違うお方だ。図々しかったかもしれない。恐る恐る顔を上げたパーカーの目に、泣き笑いのような表情の王太子様が映った。
「ありがとう。本当に、お前たちには感謝する。薬草は貴重なものだろうに。医者も喜ぶだろう。獲物はありがたいが、こんなに持って帰ったら、厨房の迷惑になってしまう。ロバートにも言われているから、半分はお前たちが持ち帰るといい」
「あの、具合は」
パーカーがずっと聞きたかったことだった。エリックと名乗った少年は、大怪我だと言っていた。王太子様の話しぶりでは、喋れるようだが、パーカーは心配だった。
「そうだな。私に、父上主催の狩猟会に行けと、叱るくらいにはなった。これ以上はいえない。」
そういった王太子様の顔から、泣き笑いが消えた。
「お前達、今日は良い働きをしてくれた。来年もまた、お前たちの働きを期待している」
「はい」
パーカーと仲間達は頭を下げた。
雪がちらつき始めた頃、パーカーや仲間たちの村に、珍しい二本足の獲物を捕らえた褒美が届けられた。村の冬越しが随分楽になった。どこかの貴族が取り潰しになったとか、噂が聞こえてきたが、パーカー達には関係はない。褒美の品にあった酒は、その貴族の酒蔵にあったそうだ。うまい酒だった。
翌年の狩猟会で、また、パーカーと仲間は人を探していた。
「パーカーさん」
見覚えのある青年がいた。背丈が随分と伸びていた。
「おぉ、ロバート。元気になったか。しかしまぁ、伸びたな」
「えぇ。昨年は、大変珍しい二本足の獲物を生け捕りにしてくださったそうで、ありがとうございました。他にもお気遣いいただき、ありがとうございました」
ロバートの丁寧な言葉遣いでお礼を言われると、パーカーはなんだか気恥ずかしかった。
「俺達は狩人だからな。何本足でも獲物は獲物だ」
自慢するように胸を叩いたパーカーに、仲間たちの笑い声が起こった。
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