後日談
「ティモシー。一つ聞きたい」
数日後、ティモシーは、アレキサンダーから声をかけられた。
「やはり、肖像画というのは特別なものか」
「なぜ、そんなことをおっしゃられるのでしょうか」
「画家にローズの絵を描かせたら、ロバートがどう思うか、お前の意見を聞きたい」
ティモシーは考えた。
難しい質問だ。そもそも画家が絵を描いている間、ローズがおとなしく椅子に座っているのだろうか。小さかったジャネットのときよりは簡単だろう。
ロバートは、画家がローズをじっと見るのを、嫌がりそうだ。大司祭が挨拶のためにローズの手をとっただけで、ロバートは嫌そうな顔をする。
ローズに近づいてロバートが嫌がらない男性は、アレキサンダーとアルフレッドくらいだ。ティモシーも、他の小姓達もなんだか遠慮してしまう。年少の、とりわけ小さい子たちは、遠慮しないが、あの子達は、相手が誰でも遠慮しない。
王太子宮によくいらっしゃる、アラン様もレオン様もよほどのことがない限り、距離を保っておられる。
毎回、ローズの手をとる大司祭は、随分とご高齢なのに、本当に度胸がある。あれは悪戯をしているだけだというのがアルフレッドの意見だ。
本当に悪戯だとしたら、王太子宮の小姓よりも、子供っぽい方ということになってしまう。
「ローズちゃんを描くには、画家もローズちゃんをじっと見る必要があります。ロバートさんに睨まれて、画家が怖がるのでは」
アレキサンダーに笑われて、ティモシーは、ローズを見る画家がロバートに睨まれるということを前提に話をしていたことに気付いた。
「ロバートは自分が描かれるときも、画家を威圧している。観察されて居心地悪いらしい。画家にとっては大して変わらないだろう。父上も呆れておられたくらいだ」
王太子宮にあるアレキサンダーの絵の何枚かには、ロバートも一緒に描かれている。画家という仕事も大変なようだ。
「アリアの絵がない。父上の部屋に、アリアが兄弟達と一緒にいる絵があるそうだが、それ一枚だけだ。せめてローズの絵があれば、ロバートが喜ぶと思ったのだが」
「絶対に喜ぶと思います」
ロバートが喜ぶに決まっている。苦労するのは画家だ。ティモシーではない。ティモシーは、いずれ呼び出される不幸な画家に心の中で詫びた。
「そうか」
アレキサンダーは嬉しそうに笑った。
「ティモシー、その時は、お前も協力しろ」
ティモシーが一瞬返事をためらうと、アレキサンダーが笑い出した。
「そう嫌がるな。ロバートは遠慮するだろうが、欲しいに決まっている。ちょっと説得に付き合え。さほど難しくないはずだ」
「それは確かにおっしゃるとおりですね」
ティモシーもつられて笑った。
「ローズちゃんだけのと、ロバートさんとローズちゃん二人のと、二枚の肖像画があれば良いと思われませんか」
「確かにいいが、画家は苦労するだろう」
「アレキサンダー様、苦労するのは画家です」
ティモシーは、会ったことのない画家に心のなかで、もう一度謝罪した。お詫びに、休憩時間にお茶やお菓子を給仕して、許してもらおうと思う。ついでに、描かれている間の、ロバートとローズの様子も見てみたいとか、ちょっと思っているが、別にそれくらいは良いだろう。
「ティモシー、お前は、なかなか良いことを言う」
アレキサンダーが、人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
ティモシーは、自分も同じような顔をしているはずだと思った。
「アレキサンダー様、僕も一つ質問をしてもいいですか」
ティモシーは、前から気になっていたことを口にした。
「なぜ、あのとき助けてくださったのですか」
アレキサンダーは、周りを見た。
「こっちだ」
空いていた一室で、アレキサンダーと、ティモシーは向き合っていた。
「ロバートには言うなよ」
そういうと、アレキサンダーは微笑んだ。
「お前は、自分の助命をしなかった。妹の助命を嘆願しただけだ。ロバートと、重なった。ロバートは、いつも私を助けようと、無理ばかりする。あの頃、ロバートは、まだ目を覚ましてすらいなかった。二度と目を覚まさないこともある、覚悟しろと言われていた。私を助けて、重症を負ったロバートと、お前が重なった。お前たちを助けてやったら、ロバートが助かる気がした。子供っぽい感傷だ」
ティモシーは、息を呑んだ。ロバートがあの頃、それほど重症だったとは知らなかった。
「慣例どおりすべきだと、わかっていた。ロバートもそう言うだろうと思っていた。だが、子供が好きなロバートが、目を覚ました時、子供達が親の罪で死んだと聞いたら、悲しむと思った。口には出さないだろうが」
アレキサンダーは、窓の外を見た。
窓からは、今は誰も居ないが、ロバートとローズがよく二人ですごしている庭が見える。
「あの頃、周りでは人が死んでばかりだった。誰か助かってほしかったのかもしれない。今の穏やかなときが、続くといいが」
「はい」
アレキサンダーの言葉に、ティモシーも心からそう願った。
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